第十五章 もうすぐ
暫く千春も寮に住む事になり、寮も少しはにぎやかになりつつあった。
朝が騒がしいのは何時もの事だが・・・・。
「どわー!ち、遅刻だ!」
「お前が、風呂場で寝てるからだろ。」
祐二が呆れた表情で、天地の部屋のドアの前に立ちながらそう言った。その時、部屋のドアが勢いよく開き、制服のボタンを全開で天地が出てきた。
ドアの前に立っていた祐二は、勢いよく開いたドアに顔をぶつけた。
鼻を押さえながら、祐二はうずくまった。
「いって〜っ!」
「何やってるんだ?」
うずくまっている祐二を見下ろしながら、天地がそう言った。
「あのな!」
「おっ!こんな事してる場合じゃなかった!急ぐぞ!祐二!」
何かを言おうとした祐二の言葉を遮り、天地はそう言って走り出した。
走り出した天地を追いかけて、階段の途中で呼び止めた。
「ちょっと待て!」
「な、何だよ!急がないと遅刻だぞ!」
「遅刻は、お前が風呂場で寝てたせいだろ!
大体、俺がドアの前にいるのに、勢いよくあけるなよ!」
鼻の真っ赤な祐二の顔を見て、天地は笑いを堪える事が出来ずふきだしてしまった。
天地の笑い声が寮内に響き渡った。堪忍袋の緒が切れた祐二は大声で怒鳴った。
「お前な!!」
階段の途中で立ち止まり、一向に動き出さない二人を、階段の下で待つ魁人はため息を吐き、呆れ顔で二人を見ていた。
時間は刻々と過ぎていき、結局この日も三人は遅刻だった。
相変わらずの学校生活。
変わった事は特に無い。
ただ、教室内は中間テスト前となって、少しギクシャクしていた。
そんな中、天地は机にうつ伏せになって寝息をたてていた。
その横で歩美が深いため息を吐き呟いた。
「中間前なのに居眠り何て・・・・。」
その声が聞こえたのか、天地はチラッと目を開き歩美の方を見た。しかし、すぐに顔を伏せた。
「あんた、起きてたの?」
「いや。寝てる。」
歩美の質問に天地は素っ気無く言った。呆気にとられた歩美は、さらに深いため息を吐いた。
「あんたさ・・・・。やる気あるの?」
「やる気は無いな・・・・。」
「テスト、どうするつもりなの?」
「どうするって?」
天地は顔を上げて歩美を見た。歩美は数学の教科書を見ながら天地に言った。
「赤点とったらどうするの?」
「赤点は採らないさ。何なら、勝負するか?」
「いいけど、カンニングでもするつもり?」
天地はまた机にうつ伏せになり、少しこもった声で答えた。
「カンニングしなくても、お前には勝てる。」
「いいわよ!私だって負けないわよ!」
そう言うと歩美は乱暴に数学の教科書を机に置いた。
そんな事はお構いなしに、天地は眠りについた。
授業の殆どがテスト勉強のため、天地は昼休みまでずっと目を覚まさなかった。
祐二と魁人もお互いに、教えあいながらテスト勉強をしていた。
苦手な科学の教科書をひろげて、三色ペンを右手でクルクルと回している祐二。
それに対して、魁人は英語の教科書を読んでいた。
勉強が一向に進まない祐二は次第にイライラしてきていた。
それに気付いたのは、昴だった。昴は体を横に向けて祐二の方をみた。
「どうかした?」
「いや・・・・。全く進まなくてな・・・・。」
「苦手な教科からやるより、得意な教科からやった方がスムーズに進むわよ。」
「そうなのか?」
「そうよ。得意なを終わらせると気分が乗ってくるじゃない?」
そう言って微笑んだ昴の顔を見ているとそんな気がしてきた。
そして、科学の教科書を閉まって、数学の教科書を出して勉強した。
時間も過ぎ昼休みになり、天地・祐二・魁人の三人は何時もの様に、屋上で弁当を食べていた。
「テスト勉強は進んでる?」
「相変わらずかな?」
祐二はそう言いながらご飯を口に運んだ。その横で天地がのんびりとお茶をすすっていた。
何時もは、運動場で遊んでいる生徒の声が聞こえる屋上だが、テスト前は静まり返っていた。
風の音と鳥のさえずり、木々のざわめきだけが聞こえた。
空も蒼く澄み渡り、何だか心が落ち着いた。
「ふ〜っ・・・・。テスト前は、静かでいいな。」
「天地君はそんなにのんびりしていていいの?」
「こいつは、いいんだよ。別に・・・・。」
「どうして?テスト、諦めてるの?」
その魁人の問いに屋上に寝そべって天地が答えた。
「今更、勉強してもただ暗記してるだけ。
授業をちゃんと聞いて、家で復習してれば点は採れるって。」
「でも、天地君何時も授業中寝てるじゃない。」
少々呆れながら、天地の顔を見ながら魁人はそう言った。体を起こし、ムスッとした顔で魁人を睨み付けている天地の横で、祐二がゲラゲラと笑い転げていた。
ため息を吐き天地はもう一度仰向けに寝そべった。
蒼く澄み渡る空をゆっくりと流れる雲を見つめた。
こうしていると、なぜか蒼い龍と由美の事を想い出してしまう。
『本当に蘇るのか?』
『また、会う事が出来るのか?』
など、考えているとウトウトとしてきた。そして、何時の間にか眠ってしまっていた。
暫く、暗い闇の中に居た。どこまでも続く暗闇の奥に蒼い光が見えた。
その蒼い光に向って走ったが、一向に近づく事が出来ずにいた。
天地は立ち止まり振り替えた。背後は暗闇でどの位走ったか分からなかった。
これが夢だとわかっていたが、あの蒼い光の先に蒼い龍と由美がいるんじゃないかと思った。
夢でも会いたいと思った。
その時、蒼い光の方から由美の声がした。
『もうすぐ・・・・。戻るから・・・・。』
「由美!?」
その声を聞いた途端、天地はもう一度蒼い光に向って走り出した。
『もう、足手まといにならないから・・・・。』
声が消えた。そして、天地は目を覚ました。制服は汗で濡れていて、祐二と魁人が顔を覗いていた。
「大丈夫か?」
「うなされてたみたいだけど・・・・。」
「あぁ・・・・。」
体を起こして天地は軽く首を振った。祐二と魁人は顔を見合わせて首をひねった。
まだ、ボンヤリとする頭に夢で聞いた由美の声が響いていた。
その時、予鈴のチャイムがなった。急いでゴミをまとめる祐二と魁人の横で、天地はボンヤリしていた。
「天地君!授業、始まるよ!」
その魁人の声で天地はようやく正気に戻った。
「あぁ、わかった。」
そう言って天地もゴミをまとめ始めた。
蒼い光の中に、一人の少女がいた。艶のある黒髪が腰の辺りまで伸びていた。
身長は低く、胸はふっくらとしていた。右手には鞘に入った刀を持っていた。
その背後から優しく暖かな声が響いた。
『あれで、よかったのですか?』
「・・・・はい。」
『彼は、あなたに会いたがっていましたが?』
少し間があったが、彼女はゆっくりと答えた。
「・・・・いいんです。それに・・・・。
今、会えば・・・・。すぐに、彼の元に・・・・。行きたくなるから・・・・。」
彼女のその言葉に背後の優しく暖かな声が続けた。
『そうですか・・・・。それでは、最後の試練をあなたに与えましょう』
「・・・・はい。」
返事をして、ゆっくりと刀の柄を握った。ゆっくり息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そして、ゆっくりと刀を抜くと、顔の前に刀を持ってきて呟いた。
「・・・・いくよ。疾風丸!」