第十一章 生死
冷たい雨にうたれ髪も服もビショビショの由美に裕二が駆け寄った。
疾風丸を由美に差し出したが、由美は受け取ろうとしなかった。
「葉山さん!どうしたんだ!」
「・・・・。」
返事は返ってこなかった。うつむいたまま動かない由美の腕を掴んだ。
その腕は冷たく、冷え切っていた。驚いた表情の裕二を見て絶鬼が言った。
「彼女からは力を感じないよ。きっと、僕に負けた時に精神を壊したのかな?
無意識の内に阿修羅の力に引き寄せられたみたいだけど・・・・。
まぁ、どの道、彼女はもうハンターには戻れないね。」
絶鬼はゆっくりと裕二と由美の方に歩み寄ってきた。裕二は由美の前に立ち絶鬼を睨み付けた。
しかし、絶鬼は歩みを止めずドンドン近付いてきた。その時、天地の声が響いた。
「由美を連れて逃げろ!」
天地は首筋に向けられた槍の刃を左手に持った五龍神で払い距離をとった。阿修羅は槍を右脇に立てると余裕の笑みを浮かべた。
雨で濡れた足場はすべり易く、動きにくかった。
「裕二!急げ!!」
「お前はどうする気だ!」
「俺は、時間を稼ぐ!」
五龍神を左手で抜くと、右手に持ち替えて包帯で固定した。両手で五龍神をしっかりと握った天地は、右腕の痛みに顔をゆがめた。
五龍神を構えたが、右腕は痛みで小刻みに震えていた。
「その傷で我に挑むか。片腹痛い!」
そう言って阿修羅は大きな声で笑い出した。その声は辺りに響きわたった。もちろん、寮の前まで聞こえた。
寮の周りのオウガを倒し終えた魁人と昴は、その笑い声でやっと天地と由美が近くに居ない事に気付いた。
「天地の奴、あの傷でオウガと戦ってるんじゃないでしょうね!」
「わからないけど、彼ならやりかねないよ!」
「急ぎましょう!」
魁人と昴は雨の中を走りだした。
右腕の痛みを堪えながら、必死で阿修羅の槍を防いでいる天地だったが、一撃一撃が重く右腕に巻かれた包帯からは血しぶきがまっていた。
「ぐっ!目覚めよ!火龍神!!」
五龍神が赤く輝き一瞬にして火龍神になった。火龍神の刃に付いていた水滴が、火龍神の熱で蒸発し白い蒸気を上げていた。
阿修羅は天地と距離をとり、火龍神を見ていた。
「ハァ・・ハァ・・・・。どうした?」
「それが、火を司る龍か。」
「それが、どうしたって言うんだ!!」
火龍神の回りに燃え盛る炎が集まった。天地は火龍神を振り上げて叫んだ。
「燃え盛れ!!炎裂弾!!」
火龍神を振り下ろすと集まった炎が阿修羅に向って飛んで行った。そして、分裂して一気に阿修羅に襲い掛かった。
阿修羅の体は一瞬にして炎に包まれた。しかし、すぐに雨によって消化された。
「貴様の炎はこの程度か?」
「何だと!」
右腕の痛みに顔を歪めながら阿修羅を見た。阿修羅の体は傷一つついてなく、天地の攻撃が全く効いていなかった。
絶鬼はニコニコしながら阿修羅と天地の方に体を向けた。
阿修羅の槍の刃が真っ赤に染まった。
そして、次の瞬間には天地の体が炎に包まれ吹き飛ばされていた。
「ぐっ・・・・。」
雨ですぐに火は消えたがその威力が凄まじく、天地はすぐに立ち上がる事が出来なかった。
何が起こったのか、全く目で終えなかったが、阿修羅の持っていた槍が突き出されている事から、槍から何かが発射されたのはわかった。
立ち上がろうとする天地の前に阿修羅が立ち止まった。
「あれを喰らってまだ動けるか。人間にしては中々だ。だが、もう終わりだ。」
阿修羅はそう言って槍をひいた。動く事の出来ない天地は死を覚悟して目を瞑った。
一向に槍は天地を貫かなかった。恐る恐る目を開いた天地の前には由美が立っていた。
背中からは阿修羅の槍の刃先が血をたらしながら突き出ていた。
目の前の光景に天地も裕二も驚きを隠せなかった。
「由美!」「葉山さん!」
天地と裕二が同時に叫んだ。阿修羅は槍を抜くとその場を離れた。それと同時に由美の体が崩れ落ちた。
天地は由美の体を受け止めた。裕二もすぐに駆け寄った。
傷口からは血が止まる事無く流れ出て、そこら一体は赤くそまった。
由美は天地の顔を見ると弱弱しく微笑み言った。
「私・・・。役に・・・たてた・・・・グフッ。」
「もう、話すな!血が!」
そう言いながら傷口を塞ごうとするが、そうすればするほど血は流れ出てきた。
「・・・私。邪魔・・・じゃないよ・・・・ね・・・・。」
由美はそう言って動かなくなった。
「うそ・・・だろ・・・・。」
疾風丸を落とし、裕二は由美の横に座り込んだ。
冷たい雨が三人に容赦なく降り注いでいた。
阿修羅は槍を右脇に立てると、ゆっくりと言い放った。
「命拾いをしたな。その女に感謝するんだな!」
阿修羅の笑い声が降りしきる雨の中響き渡った。
うつむきながらゆっくりと立ち上がった天地は裕二に言った。
「由美を頼む・・・・。」
裕二は何も言えなかった。と、言うより何を言っていいかわからなかった。
天地の右手に固定された火龍神はいつの間にか五龍神に戻っていた。
そして、刃の龍の色が青く変わり始めていた。
「今度は、貴様が死にたいのか?」
ゆっくりと近付いて来る天地に阿修羅がそう言った。その時、絶鬼の声が響いた。
「来るよ!」
絶鬼の声とほぼ同時に天地が阿修羅に詰め寄った。阿修羅はその勢いに飲まれ、槍を出すのが遅れた。五龍神の刃が阿修羅の右肩から左脇腹までを切りつけた。
黒い阿修羅の体に赤い線が出来た。阿修羅は距離をとり天地を睨んだ。
「くっ!貴様!!」
「お前はゆるさねぇ!!」
右腕の痛みなど忘れ天地は阿修羅に斬りかかって行った。先程と全く違う動きの天地に、阿修羅は驚きを隠せないでいた。
この様子を見ていた絶鬼はゆっくりと阿修羅に言った。
「今日は退くよ。ここで、君を失うわけには行かないからね。」
「わかった。」
阿修羅は絶鬼の横に移動した。すると、ニコヤカな笑顔を残しながら絶鬼は消えて行った。
荒い呼吸の天地は大声で叫んだ。
「ウオオオオオッ!!」
そこに、魁人と昴がやって来た。二人とも雨に濡れてびしょ濡れだった。二人は血塗れ由美を見て驚いた。
「由美さん!」「由美!」
二人は同時にそう呟きゆっくりと由美に歩み寄った。由美の側まで来ると腰を下ろした。
昴の目からは涙が雨と一緒に零れ落ちた。魁人も涙を堪えていたが、薄らと涙を流していた。
「何で・・・・。何でこんな事に・・・・。」
昴は泣きながらそう呟いた。雨音のせいでその声は誰にも聞こえなかった。
冷たい大粒の雨のさらに激しさを増していた。
裕二達から離れた場所に立っていた天地は、崩れるように座り込んだ。
「俺に・・・・。力があれば・・・・。
大切な・・・・。仲間を護る・・・・。力が・・・・。
大切な・・・・。人を護る力が!!」
天地がそう叫んだ時、五龍神の刃の龍が青く輝いた。その青い光に裕二も魁人も昴も目をやった。光は優しく彼らを包み込んだ。そして、光の中に彼らは青い龍を見た。
青い龍は水の様に透き通り、美しかった。
彼らが龍を見ていると、何処からとも無く声がした。とても美しく優しい声だった。
『私は、五龍神に封じられし、蒼き龍。水龍神。』
その声は目の前に居る龍のものだとわかった。言葉はさらに続いた。
『あなたがたの想いはわかりました。
私は紅き龍と違い、強い力などもって降りません。
私に出来る事は癒す事だけです。』
龍はそう言って横たわる由美の方に近付いていった。他の四人はその龍の動きを目で追った。
『彼女はまだ、蘇る事が出来ます。』
「それじゃあ!」
それを聞いて、天地が叫んだが龍がさらに言葉を続けた。
『ただし、時間がかかります。その間、彼女は私が預かります。
いいですね。それから、疾風丸も・・・・。』
「どれくらいかかるんですか!」
『それは、わかりません。ですが、彼女は必ず蘇ります。
それから、彼の右腕は私が癒しておきました。それでは・・・・。』
そう言うと、蒼き龍は消えて天地達は元の場所に居た。雨は上がり、太陽が四人を照らした。
由美の姿は無く、天地の右腕の傷も消えていた。