第十章 黒いオウガ 阿修羅
寮から居なくなった由美を探すため、裏口から外に出た天地と裕二だったが、町のあちこちからオウガの気配を感じ由美の気配を感じなかった。
裏口を出て暫く林の中を走った。
林を抜けると空き地に出た。何も無い空き地を横切り一気に街道にでた。
住宅街の細道を走りながら微かに感じる由美の気配を追っていた。
いつの間にか空には雨雲がかかっており、いつ雨が降ってもおかしくなかった。
右腕の痛みを堪えながら必死に由美を探す天地だったが、一向に見つける事が出来ないでいた。
住宅街を抜けて、市街に出ていた二人は交差点で立ち止まった。
何処の店も看板が光り、住宅街に比べて明るい市街は人通りが多かった。
こんな所にオウガが現れたら確実に半数は食われてしまうだろう。
そんな事を考えながらも人波をかき分けながら走り出した。
一方、寮でオウガに取り囲まれた魁人と昴はオウガの集中攻撃を受けていた。
直撃は避けているが、さすがに体力の方が限界に近付いていた。
額から大量の汗があふれていた。
結空陣を張ったが、それも消えかかっていた。
「くっ・・・・。」
「固まっててもやられるだけね・・・・。」
「そうだね・・・・。」
背中合わせに立っている魁人と昴は小声で話していた。
話をしている二人に向って魁人の前に居たオウガの大きな爪が振り下ろされた。
その時、魁人と昴が同時に叫んだ。
「スタート!!」
二人は一斉に別方向に走り出した。昴は寮の中に走り出し、魁人は寮の門を出て街道を走り出した。
大きな体の怒のオウガは寮に入る事が出来ず、怒のオウガにとっては狭い街道を歩き出した。
魁人は振り返り水鮫神を構えた。一列に並んだ怒のオウガを鋭い目で睨んだ。
水鮫神の刃先に水が集まり渦巻いた。
「噛み砕け!!」
そう叫ぶと怒のオウガ達が慌てて逃げ出そうとした。しかし、もう手遅れだった。
「水牙鮫!!」
水鮫神を突き出すと、水の渦が鮫の形になり三体のオウガの胸を貫いた。
三体のオウガは消滅した。それと、同時に雨が降り出した。
息を切らせながら、地面に膝をついた。魁人の背中に雨の雫があたった。
その雫はとても冷たく、重く感じた。
昴は寮の中で哀のオウガと戦っていた。
矢を放とうとするが、哀のオウガはそれをさせなかった。
不気味な声で笑いながらオウガは刀を振っていた。
それを、風鳥神で払いながら昴は矢を放つタイミングを見計らっていた。
後ろに下がりながら、オウガの攻撃を避けていた昴はいつの間にか廊下の置くまで追い込まれていた。
(しまった!)
追い込まれた昴にオウガは刀を振り下ろした。
しかし、刀は空を切り、そこに昴の姿は無く、扉が開いていた。
昴の後ろには大浴場に続く扉があり、昴はとっさに大浴場に逃げ込んだ。
オウガは昴を追いかけて、大浴場に入った。大浴場は湯気で真っ白だった。
何処に昴がいるかわからないオウガは入口でキョロキョロとしたいた。
その時、矢が真っ白な湯気を取り巻きながらオウガに飛んできた。
「くっ!」
矢はオウガの右肩に突き刺さった。矢は無差別にオウガに向って飛んできた。
昴を追い詰めたはずのオウガだったが、いつの間にか自分が追い詰められていた。
開けていた入口から湯気が出て行ったおかげで、ようやくオウガはようやく昴を見つけた。
だが、その時すでにオウガの全身には風の矢が何本も刺さっていた。
そして、昴の手には風鳥神が構えられていて、それには大きな風の矢がセットしてあった。
「射抜け!大燕!!」
昴の手から大きな風の矢が放たれた。矢はオウガの胸を貫いた。
オウガは消滅し、跡形も無くきえさった。
風の矢を何本も放った昴は目眩をおこし、その場にうずくまった。
市街を抜けた天地と裕二は人気のないボロボロのビルの前に辿りついた。
今まで感じていたオウガの気配がこのビルに集まっていた。
そして、由美の微かな気配も・・・・。
ビルに集まった沢山のオウガの気配は、徐々に一つにまとまり始めた。
とても、嫌な感じだった。絶鬼の時と似ているが、少し違った。
何が違うのかは、わからないが天地にはそう感じた。
天地と裕二はビルの入口で立ち止まった。
ドアのガラスは割れて木の板が貼り付けられていて、立ち入り禁止の札が貼ってあった。
「ここに、由美が居るのか?」
「たぶん・・・・。微かに感じるんだ・・・・。」
「でも、嫌な感じがするぞ・・・・。」
「お前も感じるのか・・・・。」
ゆっくりと頷きながら裕二はビルを見上げた。
雨に討たれたせいで服はビショビショになっていた。天地の右腕の包帯からは赤い血が滲み出していた。
ビルの中は暗く、嫌な臭いが漂っていた。天井と壁の隅にはくもの巣が張ってあり、廊下も傷んでいた。
きしむ廊下をゆっくりと歩きながら奥へと進んで言った。雨の音と廊下のきしむ音が響き渡りとても静かだった。
「本当にここに由美がいるのか?」
「あぁ・・・・。たぶん・・・・。」
「自信ないのか?」
「微かにだから、よくわからないんだ。」
真剣な表情で天地はそう言った。裕二は今来た廊下の後ろを見てため息をついた。
暫く、黙ったままビルの中を歩いていた。古びた階段を上がり、廊下を進み何とか四階までたどり着くことが出来た。
屋上に続く階段の前で二人は立ち止まり息を整えた。
「次は屋上だぞ。本当に居るのか?」
「あぁ、確かにここに居る。行くぞ!」
天地は階段を上り始めた。その右腕の包帯から赤い雫が滴れ落ちた。
右腕の傷が開き、血が出始めているのだろう。
裕二は止めようとしたが、止めても聞かないとわかっていた。
だから、止めずにゆっくりと後からついていった。
屋上には白髪の色白の絶鬼と大きな黒いオウガが立っていた。
黒いオウガは2mほどの体格で大きな牛の様な角が二本生えていた。
雨で濡れた黒い体は、黒光りしているようだった。
右手に大きな槍を持っていて、鋭い目で絶鬼を睨んでいた。
「貴様が、我を呼び起こしたのか?」
「えぇ。」
ニコヤカに微笑みながら絶鬼は頷いた。その絶鬼に向って黒いオウガは槍を突き出した。
その刃は絶鬼の鼻先でピタリと止まった。
表情を変える事無く、絶鬼は笑みを浮かべていた。
「どうしました?」
「・・・・。よかろう。我はお主に従おう。」
「そう。よろしく、阿修羅。」
「よろしく頼む・・・・。お主、名前は?」
「僕は絶鬼。全てを破壊する鬼だよ。」
「良い名前だ。それでは、邪魔なハンターを始末しよう。」
阿修羅はそう言って槍を後ろに居る由美の方に向けた。
ゆっくりと笑みを浮かべたまま絶鬼は由美を見た。
「武器も持ってない様だし、君に任せるよ。」
その言葉に阿修羅は笑みを浮かべて由美に向って走り出した。
その時、勢いよく屋上の扉が開き、天地と裕二の二人が飛び出してきた。
阿修羅の槍の刃は由美の目の前で止まり、阿修羅は天地達の方を見た。
絶鬼は天地の右腕を見て言った。
「おや。君の右腕は酷い傷のようですね?」
「絶鬼!」
「名前、覚えててくれたんですね?」
「ふざけるな!!」
絶鬼に向って走り出そうとした天地の前に黒い壁が現れた。
天地は立ち止まり距離をとった。その黒い壁は阿修羅だった。
阿修羅は鋭い目で天地を睨みつけていた。
「我が主には指一本触れさせぬ!」
阿修羅の槍が天地の首筋に延びた。雨で濡れた槍の刃先からは雫がたれた。