第九章 取り囲まれた寮
絶鬼との戦いの傷が未だに癒えぬ天地の右腕には白い包帯が何重にも巻かれていた。
傷の浅かった由美の方はすでに完治しているがオウガとは戦いっていない。
魁人と昴はその二人の分も頑張り、オウガと戦っていた。
「ハァ・・・ハァ・・・・。」
公園の裏の森林で魁人と昴はオウガを倒し終わった。今日、四匹目の鬼とあって二人の息遣いは荒かった。
水鮫神を地面に着き体を支えながら魁人は苦しそうに息をしていた。
そんな魁人の方に息を整えた昴が話しかけた。
「やっと片付いたわ・・・・。今日は、今ので何匹目?」
「今日は4匹目だね・・・・。最近、オウガの出現率が高くなってきたね・・・・。」
「そうね。昨日は7匹だったし・・・・。」
「やっぱり、あの絶鬼って奴の仕業かな?」
「そうかもね。憎の鬼はまで出てきて無いけど、一日に何匹も憎の鬼が出てきたら終わりよ。」
武器をしまった二人は公園の裏道から寮に向って歩き出した。
連戦で体中が重かった。寮に着いた時には日が暮れて街灯が灯っていた。
寮の入口では右手に包帯を巻いた天地が立っていた。
「ヨッ!今日も遅かったな。」
「今日は4匹出たわよ・・・・。」
「そんなんで、体がもつのか?」
心配そうに天地はそう言った。
天地の右腕の包帯を見ると、魁人はとても罪悪感があった。
自分の放った技を受けて、あれ程の怪我をしてしまったのだから。
そんな魁人の気持ちが表情に出ていたのか、天地が言った。
「そんなに、気にするなって。
俺の傷も大分癒えてきたし、由美ももう時期復活するだろうし。
俺もすぐに傷を治して一緒に戦うから、それまで任せるぞ!」
優しく魁人に微笑みながらそう言った。
だが、その右腕に巻かれた白い包帯には薄らと血が滲んでいた。
それを、隠すように天地は左手で押さえた。
「それじゃあ。俺は部屋に戻るから・・・・。」
天地は二人の返事を聞かぬまま階段を駆け上って行った。
やはり、右腕の傷口は塞がってないのだろう。
暗い部屋に戻った天地はテーブルの前に座った。
窓から見える空には満月が浮かんでいた。
「くっ!!」
天地は右腕をテーブルに叩き付けた。
すると、真っ白だった包帯がジワジワと赤く染まり始めた。
何度も何度も叩き付けた。
「くっ・・・・。俺は・・・・。」
テーブルは包帯から染み出した血が飛び散っていた。
力の入らない右腕に天地の涙がこぼれた。
自分の無力さと悔しさで涙が止まらなかった。
その日の食卓に天地と由美の姿は無かった。
食事を終えた裕二と魁人は大浴場で湯船に浸かり話をしていた。
「天地君の腕・・・・。」
「大丈夫だって、あいつは不死身だから。」
裕二は魁人が言いたい事が何となくわかった。
しかし、それを聞きたくなかった。
「でも・・・・。」
「天地はすぐによくなる。」
そう言って笑って見せた裕二だが、その目はやはり不安そうだった。
その時、昴の声が大浴場の入口からした。
「天地は良いとして、問題は由美の方よ!」
「昴!?」
湯煙で下としか見えないが、昴が裕二たちの方に近付いていた。
焦った二人は同時に湯船に潜った。
湯船に潜っている裕二と魁人を服を着た昴が見ていた。
「何してるの?」
「バッ!お前こそ、ビックリさせるなよ!」
「そ!そうだよ!!」
「何?私が裸で来ると思ったわけ?」
「ウッ!」
二人は固まったまま動かなかった。
桶の上に座って湯船に浸かる裕二と魁人に昴に言った。
「それより、さっきの話だけど。」
「さっきの話?」
顔を見合わせた裕二と魁人の頭に風呂桶が飛んできた。
桶は見事に二人の頭に当たり粉砕した。
二人の頭には大きなコブが出来ていた。
「そ、それで・・・・。さっきの話とは?」
二人は正座をしながら昴の方に体を向けた。
もう、これ以上コブを増やさないためだった。
「由美の事だけど、彼女の傷は完治してるのよ。」
「完治してるって事はもう戦えるのか?」
「そうらしいね。でも、それなら一緒に戦ってくれるでしょ?」
魁人はそう言って昴の顔を見た。昴は複雑そうな顔で語った。
「実は、由美あれから一度も疾風丸に触れてないのよ。」
「疾風丸に?」
「どうしてだ?」
「私にもわからないわよ。」
首を横に振りながら昴はそう言った。
「でもさ・・・・。」
裕二は何かを言おうとしたが止めた。
魁人と昴は何を言おうとしたのか聞きたかったが、オウガの殺気が寮を取り囲んでいる事に気付いた。
「囲まれてる!」
「大体5体は居るわ!」
「行こう!昴!」
「そうね。私は先に行ってるから、魁人は服着てすぐに来て!」
「結空陣を張るけど、その前に天地君と由美さんは裏口から寮の外に!」
「わかった。俺が二人を連れ出すから、10分くらいたったら結空陣を張ってくれ!」
「任せるわよ!」
先に大浴場を出て昴は寮を出た。魁人と裕二は服を着て同時に大浴場を出た。
魁人と裕二はすぐに別れた。寮を出た魁人は昴の横に並んだ。
目の前には巨体の怒のオウガが三体並んでいた。
ただでさえ狭い寮の前の道が完全にふさがっていた。
三体のオウガは鋭い爪と牙を持っていて武器らしいものは持っていなかった。
「これは、楽に済みそうね。」
「そうだね。」
二人はそう話武器を出した時だった。背後から鋭い刃物の様な物で二人は斬り付けられた。
「ぐっ!」
「誰だ!!」
二人が振り返ると細身の小さな哀のオウガが刀を持って立っていた。
その刀の刃先には真っ赤な血が付いていた。
哀のオウガは笑いながら二人を見ていた。
「油断したな・・・・。」
「どうする?魁人。」
二人は背中合わせに立ち、魁人が怒のオウガの方を向き、昴が哀のオウガの方を向いていた。
一方、二階に向った裕二はすぐに天地の部屋のドアをノックした。
涙もおさまった天地は真っ赤に染まった包帯を取替えながらドアを開けた。
ドアを開けると裕二が勢いよく部屋に入ってきた。
「な、何だよ!」
「オウガに囲まれてるぞ!」
「そんな事、知ってるさ。俺だってハンターだ。」
包帯を巻いている天地を見て裕二はハッとした。
「お前!まさか、戦おうとしてるんじゃないだろうな!」
「いや。包帯を替えてるだけだ。」
「それなら、いいんだが・・・・。そうだ!葉山さんにも知らせないと!」
「だから、あいつもハンターだ。オウガの気配くらい感じるさ。」
天地は笑いながら裕二にそう言った。
ホッと肩をなでおろした裕二に天地が思い出したように言った。
「それに、由美ならさっき部屋の前通ったから、きっと部屋には居ないぞ。」
「なっ!本当か!!」
そう叫びながら裕二は天地に掴みかかった。
「ど、どうしたんだよ!由美は傷も殆ど治ってるんだ、弱いオウガと戦う事くらい出来るだろ?」
「葉山さん。あれから、一度も疾風丸を持って無いらしいんだ。
もしかすると、今回も・・・・。」
「まさか・・・・。そんなはず・・・・。」
天地と裕二は顔を見合わせて由美の部屋に向った。何度もノックをしたが返事は無かった。
やはり、部屋に由美は居なかった。
仕方なく、天地と裕二は部屋のドアを蹴破った。そこには、鞘に納まった疾風丸が置いてあった。
それを見た途端、天地は自分の部屋に戻った。
部屋から出てきた天地の左手には五龍神が握られていた。
「オイ!お前、五龍神を持って何処に行くつもりだ!」
「由美を探すんだ。」
走り出そうとする天地の肩を裕二が掴んだ。
その手を振り払おうとした天地だったが、振り払うことが出来なかった。
「離せよ!」
「右腕の使えないのにオウガと戦えるのか!」
「わからない。でも、武器を持っていないハンターは、オウガにとっては都合の良い獲物なんだぞ!」
そう言って天地は裕二をにらみつけた。天地の肩を掴んでいた手の力が緩んだ。
そして、裕二が天地を見て言った。
「俺も、行くぞ!お前の腕じゃ、疾風丸も持てないだろうからな!」
「わかった。けど、危ないと思ったらすぐに引き返せ。」
天地と裕二は拳をぶつけ合わせて一階の裏口から外へと抜け出した。