第五話「魔法の艦隊決戦」
六月一日早朝、伊豆諸島、鳥島周辺海域。
晴嵐作戦発動後、沖縄、徳山沖、柱島の三箇所から進発した連合艦隊の各戦力は、それぞれ韜晦行動をとりつつ進撃し、丸二日をかけて伊豆諸島南方へ到達。三方向から鳥島周辺海域に展開中の英艦隊主力へと襲いかかった。
その戦力内訳は。
揚陸指揮艦ひたちを旗艦とする連合第二艦隊。
揚陸指揮艦一、強襲揚陸艦二、通常型戦艦二、ミサイル巡洋艦三、ハイパーイージス護衛艦四、高速潜水艦四、所属する魔女っ子の総数、八名。
魔法戦艦むさしを旗艦とする第三魔法戦隊。
戦艦一、ハイパーイージス護衛艦二、魔女っ子九名。
魔法戦艦きりしまを旗艦とする第四魔法戦隊。
戦艦一、ハイパーイージス護衛艦二、魔女っ子七名。
航空母艦あかぎを旗艦とする第四航空戦隊。
空母二、防空巡洋艦二、ハイパーイージス護衛艦四、艦上戦闘機「烈火」四十機、艦上早期警戒管制機「天眼」二機。
航空母艦ずいかくを旗艦とする第五航空戦隊。
空母二、防空巡洋艦三、ハイパーイージス護衛艦四、艦上戦闘機「烈火」八機、艦上戦闘機「轟雷」二十一機、艦上早期警戒管制機「天眼」二機。
これを動員総数で見ると、艦艇三十九、航空機七十三、魔女っ子二十四、となる。
現代の海戦は魔女っ子の独壇場となっているが、その前段階として、いち早く彼我の情報を得るのに偵察機の存在は未だ不可欠であり、これを護衛する戦闘機も重要な存在であった。
ミサイルや機銃、ビーム砲といった通常火器類や、それら搭載艦艇も、魔女っ子には歯が立たぬにせよ、牽制程度にはなるということで、現在でもしぶとく用いられている。
一方、日本海軍を迎えうつ英海軍側の戦力は以下のとおり。
魔法戦艦レナウンを旗艦とする、東洋太平洋第二艦隊。
戦艦二、重巡洋艦四、駆逐艦八、空母一、艦上戦闘機「グリフォン」十六機、艦上偵察機「ヒポグリフ」八機、魔女っ子二十二名。
この時点で、英艦隊では最多数の魔女っ子を擁していた魔法戦艦ロドネーが、巡洋艦二隻ともども戦線離脱しており、その基幹戦力は大幅に減少している。
ただ通常兵器はともかく、魔女っ子の総数においては、なお日本側と拮抗しており、艦隊司令官ガーランド中将は互角の勝負が可能と判断。その指揮のもと、厳重な迎撃態勢を整え、連合艦隊の襲来を待ち受けていた。
「……ま、ヤンキーどもの手前、少しは真面目に戦ってみせんとな」
旗艦レナウンの艦橋で、ガーランド中将は、そう肩をすくめてみせた。
今次の日米英戦争は、もとより日米の外交のもつれからアメリカの対日宣戦へと至ったもので、イギリスは米英同盟の規約にもとづいて戦力を派遣したにすぎない。いわば巻き込まれた立場であった。
「だが、せっかくやるからには、勝たねば意味がない。各員、全力でガールズを援護! ジョンブルの意地を見せてやれ!」
中将の飛檄に、艦橋の将校らは皆、おおうっ、と潮のごとく応え、士気いよいよ盛んに、それぞれの仕事へ取りかかった。
午前五時五十五分。連合艦隊は、索敵のため出撃させていた第四、第五航空戦隊の全艦載機をいったん収容し、天眼二機、烈火四機のみを再出撃させた。
天眼は哨戒管制機兼モニター機であり、ひとたび戦端が開かれた後は、高高度から戦場を観察し、データを旗艦へ送信する役割を持つ。烈火はその護衛機である。いずれにせよ、魔女っ子どうしの戦闘に関与することは一切ない。
午前五時五十九分。英艦隊旗艦レナウン、及び英魔法戦艦ネルソンより、魔女っ子たちが続々と出撃を開始する。
惜しむらくは、東洋太平洋艦隊最強を謳われる「クリティカル・アン」を欠くことで、やや戦力不足の感は否めなかったが、それでも、かつて七つの海を制したロイヤル・ネイビーの誇りを胸に、少女たちは勇壮に暁天へと舞い上がり、戦場めざして駆けてゆくのだった。
「そういえば……ロドネーの連中は、まだ戻ってこんのか」
ガーランド中将が副官に尋ねた。
「動力がやられて艦が動かんというから、わざわざ輸送艦を差し向けてあるのに、チャーチウッドのじじいめ、何をもたついておるのだ」
「あそこのガールズは、先日の戦闘で全員ダメージを負って加療中だと聞きますが、それと何か関係があるのでは」
「それも、考えてみりゃ妙な話だ。ロドネーにゃ十人ものガールズが乗ってたんだぞ。それが、たった一度の戦いで全滅して、全員、身動きひとつ取れんなどと。いったいどんな敵とやりあったら、そんなことになるんだ」
中将に詰め寄られ、副官は困惑したように首を振った。
「はあ……。なにせ情報が不足しておりまして、そのへんは、まだなんとも」
「……ま、過ぎたことをどうこう言ってもはじまらんか」
中将は、不意に踵を返し、艦橋前面の大窓へと歩み寄った。
艦隊所属の魔女っ子たちは、すでに全員出撃を終え、眼下に集う艦艇すべてがAMC――アンチマジックコーティングの展開をはじめている。
それぞれの艦の周囲に特殊な粒子が散布され、金とも銀ともつかぬ複雑な燐光が海面上に生じて、次第に、艦隊全体を覆うようにゆっくり拡散してゆく。
このAMCとは、艦艇や建造物の周囲に特別な力場を形成する兵器で、魔法の効果を中和し、魔法攻撃を遮断する防壁として機能する。
長年の魔法少女研究の成果として、ごく近年、一般化されたばかりの技術だが、ただ実際に中和できるのは、よほど単純、かつ低威力の魔法に限られており、まだせいぜい気休め程度の代物でしかなかった。
AMC展開後の艦隊の姿は一見、金銀の絢爛たる輝きをまとい、なにやら幻想的な美すらたたえているが、内実を知る者にとっては、ぼろきれの上に錦織を一枚かぶせたくらいのもので、単なる飾りという認識しかない。
「我々凡人じゃ、どうあがいても魔法使いにゃかなわないってこった。あんなものを、いくら撒いたってな」
中将は、手を後ろに組み、顔をあげ、口の端をつりあげた。
「戦争の行方は、魔法使いたちが決める。我々ができることは、せいぜい、あいつらの勝利を祈ることくらいさ」
午前六時一分、魔法戦艦むさし、きりしまの両艦より、それぞれ所属の魔女っ子たちが出撃。
六時二分、日英両艦隊の布陣からほぼ中間点にあたる海域にて、日本側十六名、英側二十名の魔女っ子が正面より激突。高度二千メートル付近に空中戦を展開する。
「はじまりましたね」
第二艦隊旗艦ひたち艦橋。
艦隊司令長官、池澤秋菜中将は、指揮座に端然と腰を据え、傍らに立つ副官をかえりみた。
「陸戦隊はどうしていますか」
池澤中将は、連合艦隊で唯一、二十代の女性提督として国民の絶大な人気と支持を誇る、海軍きっての才媛である。
「まだ、連絡ありません」
副官が答える。
池澤中将は、軽くため息をついた。
「仕方ない人たちね……どうせ、今回は出番なしと踏んでるんでしょうけど」
「通信、送りますか?」
「そうですね。せめて、待機しておいてもらわないと、肝心なときに間にあわなくなってしまいますから」
池澤中将は、表情を消して、沈着な声音で命じた。
「揚陸部隊宛に発光信号、陸戦隊に待機命令。……天眼の映像、まだ来ませんか」
「――いま来ました! パネルに出します」
係官が告げると同時に、上空の天眼から転送された複数の映像が、九枚のホログラフ・パネルと化して艦橋前面に浮かびあがった。
個々の映像のなかでは、すでに日英魔女っ子たちの死闘が始まっている。
少女たちが身を翻すたび、杖を振るたび、剣をかざすたび、火焔、稲妻、奔流のごとく空を駈け、炸裂する無数の閃光がオーロラのごとく天へ広がり、戦場を極彩色に染めあげてゆく。
この時点では、まだ彼我の魔力はまったく拮抗していると見え、互いに烈々と旋風を巻いて、激突の火花を散らし続けていた。
「意外に……やりますね、あちらも」
池澤中将は、パネルを注視しつつ、指揮卓上の操作盤へ指先を走らせ、何事か情報を打ち込んだ。
幾行かにわたる数式が指揮卓のモニタに表示される。
池澤中将は小さくうなずき、ハンドマイクを手に命令を下した。
「はりま、かい、両艦に伝達。十ノットに増速、六十秒後、仰角六十五度にて前方へ主砲斉射。さらに速度を保ち、三十秒後、仰角五十五度、左舷二十度へ主砲斉射」
池澤中将の意図するところは、戦艦主砲による援護射撃である。
彼我の魔女っ子らの位置、動きを計算し、最善のポイントへ最善のタイミングで遠距離から牽制の砲撃を加え、敵の挙動にわずかな隙を作り出す。
一瞬の間隙が死命を制する魔女っ子どうしの戦場において、これは決定打とまではいかぬにせよ、有力な援護となる。
池澤中将は、これを艦隊規模で、誰より迅速に、かつ誰より緻密にやってのける、連合艦隊でも稀有な将帥であった。
やがて指図に従い、戦艦はりま、かいの二隻が、水上を滑り、艦隊の前面へ出る。
二隻の主砲、四十センチ重加速粒子砲塔三基九門、計十八門が一斉に咆哮し、十八本のビームの束が放たれた。
たちまち乳白色の光条一閃、蒼空を切り裂き、天をめがけて伸びてゆく。
三十秒後、仰角と方向を修正し、第二射の砲撃。
「あおば、きぬがさ、左右両翼に弾幕展開、位置はそのまま……はりま、かい、五ノットに減速、二十秒後、仰角六十度……」
池澤中将は、絶えず戦況をモニターし、新たな計算を繰り返しては、矢継ぎ早に指示を出し続けている。
艦橋のホログラフ・パネル映像は、これらの支援砲撃が、わずかながら、味方の魔女っ子たちに有利な状況を創出しつつあることを模式図によって示した。
「まだまだ……後がひかえていますから。ここで負けるようなわけにはいきません」
池澤中将の額に、わずかな汗が滲む。
後にひかえる敵とは、アメリカ太平洋第七艦隊である。
報告によれば、晴嵐作戦発動後、しばらく動きを見せなかった米艦隊が、昨夜来、急に硫黄島付近を離れ、この戦場へ向かっているという。
もし米英の両艦隊が合流すれば、その戦力比から、連合艦隊はきわめて劣勢となる。そうなる前に、英艦隊を各個撃破し、米艦隊の来襲に備えねばならなかった。
午前八時二十分。
戦闘開始から二時間が経過しているが、高度二千メートルの空中戦はなお延々と続いて、終熄の気配が見えない。
むしろ時間が経過すればするほど魔力の衝突はいっそう熾烈に、より激しさを加えてゆくようだった。
この時点で、日本側七名、英側十六名の魔女っ子が撃墜もしくは戦線離脱している。その後、英側が予備戦力四名を追加投入したため、現在、戦闘を続けているのは日本側九名、英側八名となっていた。
長期戦にも関わらず、お互い気力も体力もまだまだ旺盛と見え、寄れば閃々、風を巻いて斬り結び、距離あらば轟々と魔力を炸裂させ、青雲たなびく今日の朝空も、はや薄暮の茜に染まったかのような感がある。
ただ全体として見れば、日本側はより戦力の損耗少なく、もとの戦力比からすれば、ここまで、まず圧倒的優勢のうちに戦局を推移させている。
「こいつぁマズいな」
英艦隊旗艦レナウン艦橋。
ガーランド中将は、続々送信されてくるデータを前に、頭を抱えた。
「完璧に押されてるぜ……向こうの砲撃、ありゃ一体何だ? 適当に撃ってるだけかと思ったが、奴らが砲撃してくるたびに、こっちのガールズの態勢が崩されちまう。あれを計算ずくでやってるとすれば、こりゃ正直勝てねえぞ」
「おそらく、キャプテン・ツカグチかアドミラル・イケザワの指揮によるものでしょう。噂には聞いたことがありましたが」
副官が言う。
「誰だそいつらは」
「近頃頭角をあらわしてきたという、日本の指揮官たちです。いずれもまだ二十代だそうですが、ガールズの援護にかけては天才的なものがあると」
「二十代……俺たちゃそんな若造どもに、いいようにあしらわれてるのか……。もういい、勝敗は見えた。このままいけば、ヤンキーどもと合流する前に、わが艦隊は全滅する」
ガーランド中将は嘆息一声、指揮座から立ち上がった。
「敵艦隊へ打電! われ撤収す、しばしご猶予ありたい、とな」
淡路島条約の戦時規定では、いずれかの陣営が戦況不利を悟り、敗北を認めた場合、相手側へ撤収準備を通達できる。
相手側がこれを受理すれば、以後停戦状態となり、双方とも負傷者の収容や損傷艦艇の応急修理などを行う。しかる後、敗北側は全面撤収を実施、当該戦域より去ることとなる。
ただ、この戦場手続きを踏みながら、実際には周知を徹底しきれず、かえって被害を拡大させてしまう例も少なくなかった。戦闘中の魔女っ子たちは実質、暴走状態に近く、いくら大人たちが規定にのっとって停戦を呼びかけても、肝心の魔女っ子たちがそれを受け付けず、結局、限界まで暴れ続けることも珍しくないからである。
「子供ってのは加減を知らんからな……。どうなるかわからんが、いちおう手順は守っとこう。運良く、お互いのガールズが聞き分けてくれりゃ、こっちも最小限の損害で済むんだ」
ただちに英艦隊旗艦から電文が発され、ひたちの艦橋へ伝達された。
池澤中将はおだやかに微笑した。
「受理しましょう。そのように返事を」
ほどなく、英艦隊から上空へ向け、無数の赤色レーザー光が照射されはじめた。ルーズレッドと称される停戦信号である。
「では、こちらも。全艦隊、ウイニングブルー照射」
池澤中将の指示に従い、すべての戦艦と巡洋艦の高角砲が一斉に青いレーザー光を放った。これも淡路島条約の規定で、勝利側は青、敗北側は赤の信号レーザーを、お互い同時に空へ照射することで、彼我の魔女っ子たちに、戦闘の終結とその勝敗とを伝達するのである。
「さて……これで両方、うまく退いてくれれば、めでたく停戦成立なのですけど」
日英とも、大半の魔女っ子たちは、すぐさま停戦信号を認識し、戦闘行為を中断した。
途端、これ幸いと、早々に戦場を離れる者もいれば、疲れはて呆然とたたずむ者、互いの健闘を称えて敵味方で肩を抱き合ったり、握手をかわしている者たちもいる。
戦いを終えた少女たちは、局地的勝敗に関わりなく、いずれも、ようやくこの激闘を乗り切ったという安堵の表情をのぞかせはじめていた。
――ただ、二人だけ、例外的に、まるで周囲の状況なぞ気にもとめず、なお元気に魔力の応酬を続けている一組がある。
池澤中将は、スクリーンを前に小首をかしげた。
「困った子たちね」
「いかがいたしましょう」
副官が尋ねると、池澤中将は「どうもしません」と、にべもなく応えた。
「どちらもずいぶん興奮しているようですが、能力的にみて、限界に近いはずです。ほっといても、じきに疲れてやめますよ」
その観察どおり、五分後には、最後の一組も互いに精魂尽き果て、同時に気絶したあげく、二人仲良く海面へと落下していった。
「あらあら、どっちも頑張りすぎですね」
池澤中将は軽く苦笑をひらめかせつつ、救助隊の出動を命じた。
「現時刻をもって、停戦合意成立とみなします。揚陸部隊は命令あるまで待機。敵艦隊の撤退開始と同時に、鳥島への上陸作戦を開始します」
伊豆諸島最南端の鳥島は、アホウドリの繁殖地として知られ、島それ自体が国指定天然記念物となっている。もともと無人島だが、現在はイギリス陸軍の占領下にあり、通信設備やトーチカなどが造営されていた。
「で、陸軍部隊のほうですが」
レナウン艦橋。
副官に問われて、ガーランド中将は深い溜息をついた。
「連絡は来てるのか」
「はい。一刻もはやく輸送艦をよこしてほしい、と」
「意気地のねえ奴らだ、戦わずに逃げ出すのかよ。ジョンブル魂はどこにいったんだ」
「しかし、放置できんでしょう」
「……わかってるよ、どうせ勝ち目なんざありゃしねえからな。一隻よこしてやれ。あと、チャーチウッドのじいさんはどうした」
「まだ連絡はありません」
「まったく、どいつもこいつも。しょうがねえ、こっちから出向いて、帰りに拾っていってやるか」
午前九時三十五分。
イギリス海軍東洋太平洋第二艦隊は、伊豆諸島付近の陸軍部隊をも引き連れ、一斉に総引き揚げを開始した。
米英両艦隊の合流前に英艦隊を各個撃破するという池澤中将の目論見は、ともかくも成功したのである。
柱島、連合艦隊旗艦「しなの」艦橋。
伊豆諸島の捷報は、電文をもって、すみやかに連合艦隊総司令部へともたらされ、たちまち首脳部は歓呼に沸きかえった。
「さすがは池澤中将。天才の名に違わぬ、見事な手際ですな」
出崎先任参謀が興奮気味に感想を述べる。
「まだ敵は残っておるぞ、ここで気を緩めてはいかん」
小沢長官は、少々ほろ苦い笑みを浮かべて言った。
「ここを最後まで勝ち抜けば、あとは虹十字がうまく調停してくれるだろう。そのためにこそ、これまで海軍あげて、水面下の交渉を重ねてきたのだからな。だが負けてしまえば、すべては水泡に帰す。講和しうるにせよ、条件の不利は免れえまい。それでは意味がない」
「……確かに。戦力比では、相変わらず我がほうが圧倒的に不利です。いまの戦闘で、子供たちもかなり消耗したでしょうし。アメリカ第七艦隊との接触までに、どれだけ回復できるか」
出崎先任参謀は指揮卓のパネルを操作し、小さなホログラフ・スクリーンを手許に呼び出した。
現時点での米艦隊の推定位置、連合艦隊との接触予想時刻がスクリーンに模式図で表示される。
「接触まで二時間か」
小沢長官はうなった。
「まともにぶつかれば勝ち目は薄いな。いかに池澤くんの指揮が神業を誇ろうとて、肝心の子供らが疲れて動けんとなれば……あとは、塚口くんの出方次第ということになるか」
「はい。昨夜の定時報告では、あの艦の子供たちは、いずれも万全の状態にあるとのことです。彼らなら、きっとうまくやってくれるでしょう」
伊豆諸島、鳥島南方、約五海里。
時刻は正午過ぎである。
第二艦隊、第三、第四魔法戦隊、第四、第五航空戦隊の各艦は、この海域にて合流集結をはたし、池澤秋菜中将の指揮下、次なる敵の来襲へ備えはじめた。
今次作戦における戦略目標のひとつであった鳥島への上陸も、すでにつつがなく完了し、二百名の陸戦隊員が、おのおの手分けして各施設の接収に乗り出している。
旗艦ひたち士官室。
池澤中将は、ライ麦パンにチーズ、グリーンサラダという、ごく簡単なメニューで昼食を済ませ、コーヒーカップを手に、同席の軍医長へ尋ねた。
「子供たちの様子はどうですか」
軍医長は手許のファイルを開きつつ答えた。
「あまり芳しい状態ではありませんな。全員が負傷しています。さすがに重傷者はいないようですが、むさし、きりしまの両艦からそれぞれ寄せられた報告をまとめますと、どうにか再出撃可能と思われるのは七名ほど。あとの子供たちは、いずれも消耗甚だしく、戦闘には耐えられないということです」
「……さすがに苦しいですね、それは」
カップをテーブルに戻し、池澤中将は小さく吐息した。
現在、アメリカ太平洋第七艦隊は、小笠原諸島からゆっくりと北上を続けており、数時間後には、ここ鳥島南方へ到達するものと見られている。
情報によれば、米艦隊が擁する魔女っ子の総数は、少なく見つもって四十名以上。これへ対するに、連合艦隊の戦力は総勢わずか十六名、しかも半数以上が出撃不可のうえ、どうにか戦闘可能な者たちも、みな負傷している。
池澤中将は静かに座をたって、テーブルを離れた。
――艦橋へ戻ると、第二艦隊副司令官たる田村由香少将が出入口へ駆け寄ってきた。
「ああ、ちょうどよかった。たった今、閣下あてに電文が入ってきまして」
「電文? どこからですか」
「それが、発信者不明でして。いったい誰がこんなものをと、……これですが」
池澤中将は、不審げな顔して紙片を受け取り、そっと開いた。
――ワレ、コレヨリ赴カン、宴ノ準備ハ万全ナリヤ?
と、ある。
池澤中将は一瞬、首をかしげかけたが、すぐに何やら思いあたったらしい。薄紅の唇に微笑をたたえた。
「……さすがね」
「は?」
「ああ、いえ、ともかく事情は了解しました。詳しい説明はあとでしましょう」
表情をあらため、池澤中将は、もとの沈着な顔つきで指揮座へついた。
「敵の現在位置は……接触まで、あとどの程度かかりますか」
副官へ尋ねる。
「敵は移動速度を増しているようです。すでにこちらの早期警戒網は突破されました。あと一時間後には、交戦領域まで侵入してくると思われます。天眼からの情報は、そちらのモニターに」
池澤中将はうなずくと、手もとの端末を操作し、指揮卓上にホログラフ・パネルを浮かびあがらせた。
彼我の距離と陣形、付近の地形、天候、風向きなどが、模式図で表示される。
それらの情報を眺めやりつつ、池澤中将は、誰にも聞こえないような小声で呟いていた。
「なんとか時間を稼がないと……」
午後十二時三十五分、急報がもたらされる。
「レーダーに小型飛行物体群を確認! 一時方向、高度二千から三千、数……およそ三十!」
旗艦ひたち艦橋にどよめきが生じた。
むろん米艦隊の魔女っ子たちであること疑う余地もないが、それにしても想定外の速さである。
「接触までの時間は?」
池澤中将が尋ねるのへ、レーダー手は「あと十分ほどです!」と、冷静さを欠く顔つきで応えた。
池澤中将は指揮座から立ちあがり、凛たる声音で号令を発した。
「全艦隊、第一級臨戦態勢! 第三、第四各魔法戦隊へ伝達、空戦隊、緊急発進! 全艦隊アンチマジックコーティング展開、対空戦用意!」
警報が鳴り響き、艦内の人々は、そのけたたましさに背を押されるごとく、しかるべき配置へと急ぎはじめた。
ただちに魔法戦艦むさしから四名、きりしまから五名、計九人の魔女っ子たちが、それぞれ母艦より飛び立ち、艦隊上空三千メートル付近に散開する。
皆、先の戦闘での疲労や負傷がまだ癒えておらず、なかには無理をおして出撃したものの、高度を保つのにさえ苦労して、肩で息をしている者もあった。
ふと、はるか前方。
閃光一燦、瞬いたかと見えたとき、驚異的な速度で、青空を切り裂くように此方へと迫り来る姿がある。
どうやら、一人だけ集団を離れて先行してきたものらしい。
見れば、自分の身長の倍ほどもある巨大な戟――ハルバードを右手にひっさげ、青き長衣に輝く金髪ふり乱し、白い顔には、いかなる事情か、吼えるごとく凄絶な気迫をたたえ、到底、尋常な様子とも思われない。
連合艦隊の魔女っ子たちも、これは容易ならざる相手――と肌で感じとったようで、誰もが身ぶるいしつつ武器をつがえ、その接近を待ち構えた。
が、意外にも、青衣金髪の少女は急に進路を変えて、海面めがけ、降下を開始する。
「――いけない! あの子、艦隊を狙ってる!」
誰かが叫んだ。
迎撃側の魔女っ子たちは慌てて高度を落とし、いままさに連合艦隊上空へ突入せんとする少女の前面へ、一斉に立ちはだかった。
「邪魔……」
青衣金髪の少女は、やや速度を緩めつつ、右手なる巨大なハルバードを高々と振りかぶった。
「――するなァーッ!」
大喝一閃、豪刃を振り下ろす。
たちまち猛烈な衝撃波が迎撃側へ襲いかかり、九人のうち二人まで、耐えきれず、その場から吹き飛ばされてしまった。
そうと見るや、不意に青衣金髪の少女は前進をやめ、やや冷静さを取り戻したように、残る七人の連合艦隊の魔女っ子たちの姿を静かに眺めわたした。
「ここの司令官に直接尋ねるつもりだったが、まあいい。先に、おまえたちに聞いておこう」
青衣の少女は、内心の苛立ちを無理に抑え込んででもいるような、複雑な面持ちで、迎撃側へと声をかけてきた。
「メル姉さまは、いまどこにいる。……教えろ」
「……?」
迎撃側の魔女っ子らは、皆、戸惑い気味に首をかしげ、お互い顔を見合わせた。
そのうち一人が答える。
「いったい、なんのこと?」
「とぼけるなッ!」
金髪の少女は、激発寸前という表情で、その手のハルバードを上天へ掲げた。
「おまえたちが、姉さまを――メル姉さまを、さらっていったんだろうがッ! 知らないはずがない! あくまでとぼけるなら、力ずくで聞き出してやる!」
凄まじい剣幕で一気に言い放つや、もはや問答無用とばかり、ハルバードを左右に振り回した。
途端、四方に旋風が吹き荒れ、その衝撃でまた一人、迎撃側の魔女っ子が彼方へ弾きとばされる。
「覚悟しろ、卑怯者どもッ!」
金髪の少女は、残る連合艦隊の魔女っ子たちへ、猛虎のごとくとびかかった。
続々繰り出される戟刃は音速をはるかに超えており、迎撃側の魔女っ子たちは、身をかわすもままならず、かろうじてその場へ踏みとどまり、激しい攻撃を受け止め続けた。
このときようやく、艦隊から援護砲撃が開始されたものとみえ、幾条ものビーム砲が金髪少女の足もとに次々炸裂しはじめる。
が、青衣金髪の少女は、まるで気にするふうもなかった。というより、頭に血がのぼりきって、逆上のあまり何も目に入らぬ様子で、なお巨大なハルバードを縦横に振り回し、傍若無人に暴れ続けている。
その荒れ狂う戟先にかけられて、さらに一人、迎撃側の少女が海面へと叩き落とされた。
「どうも、様子がおかしいですね」
旗艦ひたち艦橋。
天眼からの映像を前に、田村副司令が首をかしげた。
「なにか喚き散らしながら、ひどい暴れようですが……音声までは拾えませんから、何がどうなっているのか」
「あの子は多分、ルーシー・トケイヤーでしょう。見憶えがあります」
池澤中将が呟く。
「トケイヤー……というと、ユタの剣姫とかいう……」
「ええ、第七艦隊のトップエース、あのメル・トケイヤーの妹だと聞いています」
「なるほど……ですが、なぜこうも荒れているんでしょう。どう見ても普通の状態ではなさそうですが」
「さあ、そこまでは……ともかく、援護を続けましょう。我々は、まだ全滅するわけにはいきません」
レーダーを見ると、遠く先行したルーシー・トケイヤーを追うように、三十余の光点が急激に交戦域へとなだれ込みつつあり、なお後方から、大小二十隻ほどの艦艇群が続いている。おそらく第七艦隊の本隊であろう。
連合艦隊側は残り五名。いずれも強力な魔女っ子たちではあるが、消耗甚だしいうえ、ルーシーひとりをさえ扱いかねている現状で、後続を迎えてなお戦線を支え続けるのは、もはや至難といわざるをえない。
「はりま、かい、全照準を前方上空、ルーシー・トケイヤーにロック、ただちに主砲斉射。あおば、きぬがさ、前進し、艦隊前衛にて弾幕展開しつつ、主砲照準をルーシーにロック……」
池澤中将の指示が下る。
連合艦隊は、微妙に陣形を変化させながら、上空へ向け、果然、本格的な砲撃を開始した。照準はすべてルーシーひとりに集中している。
空の戦場に無数の白濁光が炸裂しては消え、また閃いて拡散してゆく。
百数十発にも及ぶ重加速粒子砲の直撃を浴びて、なおルーシーは平然とハルバードを振るい続けていたが、ようやく目くらまし程度には効果があらわれはじめたらしく、その戟先にわずかな鈍りが生じた。
ここまで耐える一方だった迎撃側の五人が、反撃に転じ、おのおの武器をつがえて、一斉に魔力を叩き込む。
火炎、迅雷、旋刃、閃光、爆風、一体となり渦を巻き、ルーシーの五体をしたたか打ちのめす。
さしもルーシーも、たまらずその場を離れ、身をひるがえし上昇をはじめた。
「うそっ、まだ動ける?」
迎撃側の少女たちは、ルーシーの強靭さに驚愕した。
「普通、倒れてるよ……」
「もうイヤ、あんなの相手するの」
いまや誰もが疲労困憊している。
息をきらしつつ前方を眺めやれば、いままさに殺到しつつある新手の敵影。
上空にはなお健在なルーシーの姿。先のダメージは残っている様子だが、それだけに手負いの猛獣と化して、むしろ闘志爛々たる眦を迎撃側に向け、ハルバードを構え直している。
――ちょうどそのとき。
はるか南方――米魔女っ子らが隊伍を組んで直進してくる方角、その遠く背後の空に、いくつか、時ならぬ流星のような煌きが尾を引いて、続々、海面へと降り注いでいた。
「あれ、なんだろ?」
連合艦隊の魔女っ子のひとりが、ふと、その異変に気づいて、南方の海を見はるかした。
アメリカ海軍太平洋第七艦隊旗艦、パープル・リッジ艦橋。
突如レーダーが反応し、高エネルギー群の急接近を告げた。
警報が響き、艦橋内にどよめきが走る。
艦隊参謀長ギブソン中将が席から立ち上がって叱咤を浴びせた。
「うろたえるなっ! レーダー! どこの方角から来るか!」
「六時方向! 規模、計測不能! き、来ますッ!」
「六時だと? そんな馬鹿な」
衝撃が来た。
鈍い爆音が轟き、猛烈な振動が艦橋を襲う。
たちまち要員の大半が転倒を余儀なくされ、司令官クリンスマン大将も指揮座から投げ出された。
続いて機関室から報告がもたらされる。
「メイン動力に被弾っ! 機関、停止しました!」
クリンスマン大将は、周囲を見渡しながら、呆然と、うめき声を発した。
「どういうことだ……何が起こったのだ?」
一方、鳥島南方海上。日米の魔女っ子たちの主戦場にも、新たに不思議な現象が生じている。
上空の一角が、徐々に、鮮やかな紅蓮へと染まりはじめていた。
連合艦隊の五人の魔女っ子たちは、みな顔を上げ、驚きの眼を空へと向けた。
ルーシーも、ついつられて見上げた。
この戦場へ乗り込みつつあった三十人余りのアメリカ海軍の魔女っ子たちも、異変を感じ、おのおの足をとめ、いぶかりつつ眼差しを空へ向けた。
高度六、七千メートル付近。
赤き日輪が轟々と燃えている。
もうひとつの太陽とでもいうような、天地を焦がす、灼熱の紅玉――。
それは、直径百メートルになんなんとする、ひとつの巨大な火の玉であった。
まだ誰の目にも見えていないが、この火球の中心に、小さな人影ひとつ、短杖一本を手にかざして佇んでいる。
「そろそろ、かな」
おもむろに、少女は口を開いた。
紅衣紅髪を熱風になびかせながら、連合艦隊にその人ありと謳われる「魔法の熾天使ミカ」が、いま満を持して、巨大な魔力を解き放とうとしている。
「じゃ――」
美佳は、プリンセス・バーナーを高々と掲げ、振り下ろした。
「――いっけぇーッッ!」
美佳の呼号に応じ、天に沖する小太陽が、ごぉうっと音をたて、いよいよ動きはじめた。
次第次第に高度を落とし、微妙に軌道を修正しつつ、急に速度を増して、いざ落ちかからんとするその先には、密集隊形でこれまで移動してきた米海軍の魔女っ子、およそ三十余名。
日輪は、まさにその頭上めがけ、舞い降りようとしていたのである。
「こ、こっちに――こっちに来る!」
「逃げないと! 早くっ!」
少女たちは恐慌をきたし、彼方此方と逃げ惑いはじめた。
高度約三千メートル。
唐突に、太陽は弾けた。
膨大な熱と光のエネルギーが瞬時に解放され、たちまち爆心点より半径三キロメートル圏内は巨大な焦熱の渦に覆いつくされた。
四方へ炸裂する閃光爆炎、吹き荒れる熱風の嵐――。
海面の水もたちどころ蒸気と化し、天地へ突き立つ柱のごとく、ぶ厚い白雲が上空へとそそり立ってゆく。
第七艦隊の新手たる三十余名の魔女っ子たちは、ひとりの例外もなく、この熱と光の直撃に巻き込まれた。逃がれんとはしたが、ついに誰も間に合わなかったのである。
悲鳴、喚声、絶叫――それらさえ炎の轟きにかき消されながら、少女らは次々海面めがけ、ひとり、またひとりと墜ちてゆく。
美佳の渾身の一撃は、合衆国海軍の精鋭のうち半数近くを戦闘不能に追い込んだ。
とはいえ、爆発の外縁付近にいた魔女っ子たちは、かろうじて魔法の防壁をめぐらせ、この焦熱にも耐え切っていた。結果として十数名が、ダメージを受けながらも、なお戦場へ踏みとどまったのである。
ようやく爆発も終熄し、空が本来の青さを取り戻しはじめた頃あい。
残余の米魔女っ子たちのもとへ、はるか南方上空から、新たな魔力が容赦なく押し寄せてきた。流星群のごとき光の槍が頭上より雨あられと降り注ぎ、少女らを激しく打ち叩く。たちまち二、三人、防ぐ暇もなく直撃を浴び、失神のあげく落下していった。
その魔力の源、「魔法の閃光ユミ」――このとき上空の雲間に浮かび、黒のロングドレスに星のスパンコールを輝かせつつ、右腕のコズミック・スターをかざして、優雅に微笑んでいる。
美佳、裕美の遠隔攻撃を続けざま浴びせられ、米艦隊側の魔女っ子たちは今や全面壊乱を兆しはじめている。
この好機逃すまじ――と、燃える拳をひっさげて「魔法の烈風ハルカ」が新たに戦場へ飛び込んでゆく。
続いて、妖刀荒光の煌きとともに「魔法の剣豪リン」が颯爽と交戦域へ躍りこむ。
遥と鈴は、肩を並べて手近の者どもへ討ってかかり、殴り、蹴倒し、打ちすえ、切り払い、さながら草でも刈るように続々、周囲の敵を薙ぎ倒していった。
「……なにがどうなってるの?」
ここまで奮闘を続けてきた連合艦隊の残り五人の魔女っ子たちは、みな呆気にとられた様子で、南方の空と海、そこに展開される新たな戦いの情景を眺めている。
「援軍……だと思うけど」
ひとりがつぶやく。
「……さっきの爆発、あれ、多分、ミカちゃんだよ。あんなことできる人、他にいないもん」
「それもそうね……あの子、どこに転属したのか気になってたけど、こっちの方面に帰ってきたんだ……」
うなずく少女らの鼻先に、ひとひら、ピンク色の花びらが舞った。
なぜ、と思う間もなく、突如、七色の花吹雪が、上天より勢いよく降り注ぎはじめる。その花びらの一枚一枚に心地よい不思議な魔力を感じて、少女らは一斉に顔をあげた。
およそ三十メートルほど上空。ホウキにまたがり、宙に八の字の軌跡を描いて飛び回る、小さな女の子の姿が見える。
手にしたジョウロから花びらのシャワーをふりまきつつ、満面の笑顔とともに、元気一杯に呼びかけてきた。
「みーんなーっ! もーだいじょーぶだよー!」
快活そのものの声。
みな、懐かしそうに目をほそめた。
「あれ、マリちゃんだよね」
「うん、間違いないよ。そっか、あの子も、援軍に来てくれたんだ」
およそ連合艦隊所属の魔女っ子で、「魔法の精霊マリ」の名と顔を知らぬ者はない。
海軍内外に「お友達」は数知れず。どこへ行っても人気者の真里である。
真里のレインボースコールは万能に近い魔力を秘め、当人の意思次第で兵器にも癒しの力にもなる。
これまで息も絶え絶えだった五人の魔女っ子たちは、真里の七色の花吹雪を浴びるや、みな急速に本来の体力と魔力を取り戻しはじめた。
数秒と待たず負傷は癒え、誰の顔つきにも精気がみなぎりはじめる。
「んーっ、いい気持ち。これなら、もうひと働きできそう」
「……やる?」
すっかりリフレッシュした少女たちは、手におのおの武器をとりなおし、うなずきあった。
いつの間にか、あの恐るべき金髪少女は付近から姿を消している。
真里は、元気に手を振って挨拶しながら、早々に場を離れ、降下をはじめていた。おそらく他の負傷者らの救助に向かうのだろう。
「あとは、あの子に任せて大丈夫みたいだね。あたしたちは、あっちの手伝いをしようよ」
「うん……行こう!」
五人は、南方の戦場へ向かって、一斉に飛翔を開始した。
一方、第二艦隊旗艦ひたち艦橋。
先の大爆発の影響で付近に猛烈な電磁波嵐が発生し、現在、一時的に天眼からのモニターもレーダーサーチも不可能となり、あらゆる情報収集手段を封じられて、艦橋内は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。
「天眼の映像、まだ回復しません! いったい何がどうなって……」
「スキャン不能、熱源探知できません」
「まだレーダーもソナーも映りません!」
「すべての僚艦との通信途絶!」
艦内いずれのモニターもノイズにまみれ、外部との連絡すら通じない。各部署とも混乱ひとかたならず、艦橋全体が慌しく浮き足立っている。
ただひとり池澤中将だけは、涼しい顔して泰然と座し、静かに、何かを待ち受けている様子であった。
「閣下、これでは……」
副官が焦り気味に言う。
池澤中将は軽く肩をすくめた。
「そう慌てなくても大丈夫ですよ。おそらく戦況は好転しているはずです」
悠々たる態度である。
「は、はあ」
副官は戸惑い気味にうなずいた。
ところへ、田村副司令が歩み寄ってきて告げる。
「天眼のモニターが回復するまで、あと二、三分かかりそうです。通信のほうは、もうそろそろだと思いますが……」
通信係官が叫んだ。
「つ、通信ですっ! こちらへ、直通回線を開くよう呼びかけてきています!」
「ああ、やっと来ましたね。接続を許可します」
池澤中将は、当然のように指示を与えた。何者が通信を送ってきたか、あらかじめ知っていたかに見える。
「お待ちください、まだノイズが……あ、来ました」
やがてスピーカーから、雑音混じりの音声が流れはじめた。
「……こちらは、魔法艦隊所属、第七魔法戦隊。第二艦隊、応答されたし。繰り返す、こちらは……」
池澤中将は、おもむろにハンドマイクを握りしめ、自ら応答した。
「第七魔法戦隊、聞こえますか。私は第二艦隊司令長官の池澤です。そちらの責任者と繋いでください」
「……了解」
ざらついた通信音がひとたび途切れ、やや間を置いて再び接続される。
「第七魔法戦隊司令、塚口だ」
重く、かつ厚みのある、堂々たる武人の声。
「わが戦隊は現在、敵本隊の後背にあり、貴艦隊と掎角をなしつつある。これより、貴艦隊を援――」
「来るのが遅いッ!」
池澤中将は突如、声の限りとばかり、ハンドマイクへ怒鳴りつけた。
「危なかったのよ! あとちょっとで全滅しちゃうところだったんだから! このっ……バカ、バカ、バカぁーっ!」
池澤中将は、人が変わったように、やおら激越な口調でハンドマイクへ難詰、というより怒声を叩きつけはじめた。艦橋全体を震撼させるほどの大声で。
――が。
第二艦隊の人々は、田村副司令はじめ、少々苦笑を浮かべる者が幾人かあるだけで、まるでそれが日常茶飯事といわんばかり、みな平然としていた。
面食らったのは通信先の第七魔法戦隊、わけて戦艦いずみの枢要部の面々である。
涼しい顔をしているのは、ハンドマイク片手に交信中の塚口提督本人と、湯山副指令、あとは有田少佐くらいなもので、余の人々は驚くやら呆れるやら、どういう顔をしたものか、みな一様に困惑させられていた。
艦長たる早苗に至っては、あまりのことに足を滑らせ、つい座席から滑り落ちてしまった。
「……なんで? なんで、あたしたち怒られてるの?」
早苗は、床に尻もちついたまま、目をぱちくりさせながら呟いていた。
池澤中将の声はなお、スピーカーも破れんばかり、いずみの艦橋に轟き渡る。
「だいたい修ちゃんは昔っからそう! 格好ばっかりつけて! じらして、待たせて、それがカッコいいなんて本気で思ってるし! どうせ今回の作戦だって、カッコよく出てくるタイミング、ずっと見計ってたんでしょッ! なぁーにが、宴ノ準備ハ万全ナリヤ、よ! そんなんだから、修ちゃんは……」
「しゅ、修ちゃん……って」
早苗は、腰をさすりながら、呆然と塚口提督の姿を見やった。
その当人は、よくあること、とでもいうように、常と変わらぬ悠然たる態度で指揮座に腰を据えている。
そのうち、さしも池澤提督の怒声もいったん途切れたと見るや、塚口提督は、ハンドマイクごしに「では、のちほど」とだけ告げて、さっさと通信を打ち切ってしまった。
軍令部立案による今次の小笠原海域奪回作戦、いわゆる晴嵐作戦の概要は、およそ次のようなものである。
まず、第二艦隊、第三、第四魔法戦隊、第四、第五航空戦隊の各戦力を伊豆諸島方面へ集結し、堂々たる布陣をもって米英艦隊の根拠地たる硫黄島方面へと南進させる。
その一方で、第七魔法戦隊、すなわち魔法戦艦いずみを、硫黄島のさらにはるか南方の海域まで大きく迂回させる。
米英艦隊が第二艦隊につられて動き出すのを待ち、第七魔法戦隊はおもむろに北上、タイミングをはかって米英艦隊へ背後から奇襲をしかけ、これを殲滅する。
一見、第二艦隊をはじめとする北方の布陣こそ連合艦隊の本隊と見えるが、実態はそうではなく、第二艦隊は巨大な囮にすぎなかった。
本作戦における「本命」は、むしろ第七魔法戦隊であり、連合艦隊の最精鋭たる五人の魔女っ子たちの打撃力と、戦艦として世界最速を誇るいずみの快足とを最大限に活用した乾坤一擲の奇襲作戦、ここに晴嵐作戦の本懐があった。
――ようするに、キングを前面に出して敵の注意をひきつけながら、ひそかにナイトを外側から廻りこませ、おもむろに敵の背後から斬りかかり、クイーンを討つ――そういう戦術だったのである。
奇襲は図にあたり、祐美の遠隔攻撃によって米第七艦隊の主要艦艇は機関を破壊され、瞬く間に行動停止へと追い込まれた。
一方、美佳と真里の二人は、艦隊攻撃を裕美に任せて先行し、美佳は米魔女っ子本隊への攻撃、真里は味方の救助へと、それぞれ向かっていった。
さらに、鈴と遥がその後詰めとなって残敵掃討にあたり、ここに米第七艦隊の実働戦力は壊滅したのである。
これまで、あらゆる局面において、戦況は連合艦隊側の思惑どおりに展開し、いよいよこの戦場での最終的勝敗は決しつつある。
高度六千二百メートル。
漠々と広がる雲海の上、やや傾きはじめた日の光を浴びながら、距離を置いて対峙する、二つの小さな影。
かたや鮮烈な紅衣紅髪、さながら燃える炎が気まぐれに人の姿をとったような、灼熱の化身とも見える一少女。
かたや深海を思わす青き衣を気流になびかせ、物騒な長悍の戟をその手に握りしめる金髪の少女。
「私はルーシー。ルーシー・トケイヤーだ。ミカ……というのは、おまえだな」
金髪の少女が、名乗りつつ尋ねる。
美佳は小さくうなずいた。
「そうだけど……。トケイヤー、って、どっかで聞いたような。あ、もしかしてメリュの……」
「メリュじゃない! メル姉さまだっ!」
「あはは、そーいうとこ、そっくりだね。姉さまってことは、あなた、妹さん?」
「そうだ。おまえのことは、よくメル姉さまから聞かされていた」
「へーっ、メリュが? ねーねー、なんて言ってた?」
「メ・ル・姉さまだっ! ……ミカというのは、見た目は貧相でブサイクなチビだが、化物みたいに強いから、戦場で出遭ったら迷わず逃げろ、と」
「うわ、なにそれ」
驚くとともに、さしも美佳も少々頭にきたらしく、ついこう声をあげていた。
「チビはともかく、ブサイクはないでしょ! それに化物ってなに? 人を怪獣みたいにっ!」
「そう聞いた、というだけだ。私に文句を言うな」
「うう……メリュってば、インケン……」
「それはともかく。おまえに、ひとつ聞きたいことがある」
「なに?」
「他でもない、メル姉さまの居場所だ。メル姉さまは、いま、どこにいる」
美佳は、きょとんと首をかしげた。
「どこって……メリュが、どうかしたの?」
「なッ――おまえまで、とぼけるつもりかッ!」
突如、ルーシーは怒声一喝、いきなりハルバードを振り上げ、美佳へ打ってかかった。
瞬時に両者の距離が詰まる。
うなりをあげて迫る戟先を、美佳はプリンセス・バーナーの先端で受け止めた。
杖の紅玉とハルバードの刃とが激しくぶつかり、こすれ合い、おびただしい火花が周囲に散る。
「いきなり、何怒ってんの?」
美佳が尋ねると、ルーシーは、ますます気色ばんだ様子で怒鳴った。
「私はただ、メル姉さまをとりかえしたいだけだ! おまえは日本軍の士官だろう! だったら、メル姉さまの居場所を知ってるはずだ!」
「ちょっと、落ち着いてってば。何言ってるのか、ぜんぜんわかんないよ」
「とぼけるなッ、メル姉さまは、おまえたちの捕虜になってるんだろ!」
「捕虜?」
美佳は、いぶかしげにルーシーの顔を見やった。
「捕虜って、たしか条約で禁止されてるんじゃなかったっけ。前に、研修で習ったよ」
「そんなことは私も知ってる! だがそれなら、メル姉さまがずっと行方知らずなのは何故だっ! 日本軍と戦うために出撃して――それから今まで帰ってきていないんだぞ! 捕虜になったとしか考えられない!」
言いつつ、ルーシーは、いまにも噛みつかんばかりの顔して、ハルバードを握る手に一層の力を込め、前へ前へと刃を押し込んでくる。
美佳は、落ち着き払った表情で杖先を流し、タイミングをはかって弾きかえした。
「くっ、この」
ルーシーは再度、挑みかかってくる。
美佳は、ちょっと呆れたような顔つきで、面倒げにプリンセス・バーナーを振るい、超音速の戟先を軽々受け止めた。
「あたし、本当に知らないよ。もし知ってたら、ちゃんと教えてあげるけど」
「知ってるはずだ! 嘘をつくな!」
「嘘じゃないよ」
「嘘だッ!」
「あたし嘘なんてつかないもん。嘘ついたらエンマさまにベロ抜かれる、ってサナおねえちゃんが言ってたから」
「……エンマ?」
「うん。だから嘘ついちゃいけないんだよ」
「……」
ふと、ルーシーの顔つきが変わった。
どうも、美佳の態度があまり泰然としすぎているので、気が抜けたらしい。
ルーシーは静かに戟先を引いた。
「……おまえ、本当に何も知らないのか」
「ていうか、こっちがききたいんだけど。メリュの行方がわからないって、ほんと?」
「本当だ」
迷わず、ルーシーは答える。
ミカは首をかしげた。
「んー。そんなの、初めて聞いたよ。そりゃ心配だよね……」
「別に、心配なんてしてない。ただ、何があったのかと……」
「それを、心配っていうんじゃないの」
「い、いちいち突っ込むなッ。とにかく、どう考えても理由がわからない。そっちの捕虜になったとしか思えないんだ」
――五月初頭。米第七艦隊司令官ハリー・クリンスマン大将が、艦隊所属の魔女っ子たちと一部将校らを集め、突如、こう告げた。
「現在わが艦隊は、ある特殊任務を帯び、付近を捜索中である。その間、一切の戦闘行為を停止する」
たちまち第七艦隊上層部に動揺の波紋が広がった。
同時に厳重な緘口令が布かれ、付近の島嶼への上陸、外部への連絡なども全て禁じられた。
人々は黙々と命令に服したが、さすがに一月余も続くと、艦隊内の緊張と不安は次第に内圧を高めはじめた。
魔女っ子たちは無論のこと、周囲の大人たちですら、目に見えて苛立ちをつのらせている。
情報が何も入ってこない。自分たちは、いつまでこう声をひそめ、じっと待ち続けねばならないのか?
そんななか、ルーシーは、姉のメルが日本軍との戦闘後、いまだに帰還していないことを姉の所属中隊の者から聞き及び、ただちにクリンスマン大将のもとへ詰め寄った。
「メル・トケイヤー特佐は現在、単独にて特殊任務を遂行中である」
クリンスマン大将の答えに、ルーシーは、かえって不審をおぼえた。
姉は任務中というが、では、なぜその目的内容を伏せるのか。第七艦隊全体にまで、あまねく緘口令を布く必要があるのか。上層部は何を隠しているのか――。
やがて答えは判明した。
ルーシーは旗艦内にて偶然、クリンスマン大将とギブソン参謀長との会話を耳にしたのである。
すなわち、メル・トケイヤーの消息が、すでに一月余も不明のままであること。艦隊あげてメルの捜索を続けていること。しかしいまだ何らの手がかりもないこと。
ルーシーは再び艦橋へ乗り込み、クリンスマン大将に事実を明かすよう迫ったが、クリンスマン大将もギブソン参謀長も、そらとぼけを繰り返すばかりで、まるで話にならなかった。
――ルーシーは、姉は日本軍に囚われているのではないかと推測した。前後の状況から、そうとしか考えられなかったのである。
ルーシーは意を決し、ひとりで艦隊を飛び出した。どうかして姉の居場所をつきとめ、連れ戻すために――。
それが、昨夜のことである。
「そうしたら、全艦隊が、いきなり全速力で私を追いかけてきた」
「え?」
「どうやら、クリンスマン提督は、私を捕まえて艦隊へ連れ戻すつもりだったようだ。私が日本軍と接触すると、いろいろと具合が悪いんだろう。むろん私も、目的も果たさずに捕まるわけにはいかないから、全力で逃げ回った……そうこうするうち、そっちの艦隊と出会って」
「あ、なるほど。そういうこと」
ふと美佳がうなずいた。
「なんか、アメリカの人たち、艦隊もだけど、みんな背中ガラ空きだったもんね。何をそんなに急いでるのかな、って」
「そうだな。まさか日本軍が背後に廻りこんで襲ってくるとは、誰も想像してなかったんだろう。味方ながら不甲斐ないことだ」
「あ……じゃ、さっきあたしが、まとめてふっ飛ばしちゃった人たちって……」
「多分、私を取り押さえるために出てきた連中だろう。もっとも、状況が状況だ。どっちにせよ、そちらとの戦闘は避けられなかっただろうがな」
「そ、そうなんだ」
「……しかし、それはそうと、困ったな。おまえでもメル姉さまの居場所がわからない、となると」
ルーシーは、嘆息まじりに髪をかきあげ、雲海へと眼差しを向けた。
そのとき。
遠く、爆音が聴こえはじめた。
少々耳障りな響きが、彼方から、次第次第に接近しつつある。
ルーシーは首をかしげた。
「ローター音? こんなところで……」
「ローターって、ヘリコプターの?」
「ああ、だがローターだけじゃない、こいつは確か」
ルーシーの言葉も終わらぬうち、爆音はいっそう激しく耳を聾し、雲海の一部に乱れが生じたと見えるや、不意に、見慣れぬ銀色の機体が、雲を突き破って、陽光のもと姿を現した。二人の対峙する位置から、わずか二十メートルほどの距離である。
「はい、そこのお二人さん! とっくに戦いは終わってるわよー!」
スピーカーを通して、女性の声が呼びかけてくる。
超音速ジェットヘリAHT-J。銀のボディに、七本の杖と二十四個の宝石を組み合わせた、有名なシンボルマークが輝いている。
「あれ、虹十字のマークだ」
美佳が不思議そうに呟く。
「なんで、こんなとこに」
「私が知るわけないだろう」
爆音響くなか、そう応えつつ、ルーシーは、ふと何か気付いたように声をあげていた。
「そうだ、虹十字のことを忘れてた……虹十字なら、ひょっとして、メル姉さまの行方を知ってるかも」
ルーシーは、つい眼差しに期待を込めて、銀色のヘリを眺めやった。それに呼応したわけでもあるまいが、ヘリのスピーカーから再度、女性の声が、ルーシーへ語りかけてきた。
「あなた、ルーシーさんでしょ。大事なお話があるから、そこのミカさんと一緒に、私たちについてきなさい」
「了解した」
一も二もなくルーシーは返答し、やにわにミカの手を掴んだ。
「ほら、いくぞ、ミカ」
「えっ、ちょ、そんな、急に言われても」
「いいから来い!」
「わ、わかったから、そんな引っ張んないでよぅ」
二人は、旋回するジェットヘリのあとについて、ゆっくりと降下し、雲海をくぐり抜けた。
プルシャン・ブルーの海面はるか、すでに南方の空にルーズレッド、北方の空にはウイニングブルーのレーザー光が、それぞれ複数、天へ向けそそり立っている。
ヘリは北方、すなわち連合艦隊側へ向かって降下を続けた。
目指す先には、第二艦隊旗艦ひたちと、周囲を動き回る複数の護衛艦。
そして、南から第二艦隊のもとへ粛々と合流しつつある魔法戦艦いずみの姿があった。
ヘリはいずみの後部甲板へ着艦し、美佳とルーシーも、その脇へと降り立った。
艦橋下部の出入口から、慌しく駆けつけてくる複数の足音。
早苗をはじめ、有田少佐ほか数名、いずみの主要な幹部たちが揃って迎えに出てきた様子である。
「あ、サナおねえちゃんだ」
美佳は、早苗の姿と見るや、プリンセス・バーナーを宙に放り投げた。
紅杖は空中たちまち姿を変じ、赤いヌイグルミのプロンとなる。
同時に美佳の変身も解け、もとの黒髪の少女にたちかえって、胸もとへ落っこちてくるプロンを両手でうけとめ、抱きしめた。
そのまま、早苗の胸へ飛び込んでゆく。
「ばーんっ! ただいまーっ」
「おかえり、美佳ちゃん」
早苗はほほえんで、美佳の背中に手を回した。
「頑張ったね。怪我はない?」
「うん、ぜーんぜん。ユミちゃんたちは?」
「みなさんはテラスで待機中です」
と、横あいから、有田少佐が歩み寄って告げる。
「美佳さん、それと、そちらのルーシーさんも、テラスへお越し下さい。私がご案内します」
このときルーシーは、着艦したヘリの傍らで、借りてきた猫のような顔して一同の様子を見渡していたが、いきなりそう声をかけられると、困惑気味に首を振った。
「え、いや、私は……」
「事情はこちらも承知しております。第七艦隊司令部にはすでに連絡をさしあげていますから、どうぞご心配なく」
「そうじゃなくて、私はメル姉さまの……」
「その件も含めて、これから重要な会議が行われます。むろん、あなたがたにもご出席いただきますが、まだ少々時間がありますので、それまでご休息ください」
有田少佐がそう説明を加えると、ルーシーもようやく「……わかった」と、素直にうなずき、一同のもとへ歩み寄った。
有田少佐が案内に立ち、美佳とルーシーを引き連れ、艦橋へと立ち去ってゆく。
早苗らは、その後姿を見届けた後、あらためてジェットヘリの様子に注意を向けた。
あれに虹十字の特使が乗ってきている、と、あらかじめ連絡を受けていたからである。
ややあって、それまで延々回り続けていたヘリのローターがようやく停止し、ハッチが開いた。
「やれやれ、やっと降りられるわ。もう、窮屈ったらありゃしない」
「なに言ってんですか部長、おもいっきりくつろいでたじゃないですか。ウーロン茶なんか飲んじゃって」
「別にいいじゃない、備え付けの冷蔵庫に入ってたんだから。どうぞ飲んでくださいってことでしょ」
「そういう問題じゃありませんよ」
うだうだ言いつのりながら、甲板へ降り立つ若い男女の二人組。
少々くたびれた白衣を潮風にはためかせつつ、男女はヘリを離れ、列をなして待ちうける早苗たちのもとへ歩いていった。
「わざわざお出迎えいただきまして恐縮です。私は魔法少女研究所、人材資源情報部長、肥田妙子。こっちは私の助手です」
「ちょっ、部長、そりゃないでしょう。ええと、人材資源情報部、分析担当主任、井上和人です。よろしく」
「は、はあ……」
早苗は、少々呆気にとられたようにうなずきながら、うわずった声で挨拶を返した。
「わ、私は、神楽早苗軍属大佐、当艦の艦長です」
「ええ、よく存じあげております。直接お会いするのは初めてですけど」
肥田部長は、何か含みのある微笑を早苗へ向けた。
「え? どういうことでしょう」
「それは……まぁ、詳しい事は、またのちほどということで」
肥田部長は、きょとんと目を見張る早苗を煙に巻くがごとく、声音をあらため、こう告げた。
「すでにご承知でしょうが、私どもは虹十字の意をうけ、そのメッセージを伝えに来た者です。まず、こちらの責任者――戦隊司令たる方へ、お取次ぎ願います」