第6話:愚かな考え
数日後、のらりくらりとマルクスとの面会を避けていた父アレクは、又してもいきなりマルクスを呼びつけた。
王の執務室は東塔の奥にあり、マルクスがいる南塔と反対側に位置している。
ちなみに、王や王妃が住まう宮殿は城の隣に建てられ、マルクスは南塔で暮らしていた。
執務室へ入ると重厚な机がまず目に入る。壁一面を本棚で埋め尽くされているのはマルクスの執務室とそう変わらない。
父親は書類に埋もれるように机の前に座っていた。
「おー待っていたぞ、マルクスよ!」
片手を上げながら立ち上がり、何故かウキウキした様子の親父を見るなりマルクスは嫌な予感がした。
「用件は何でしょうか?こう見えて忙しいんですよ…」「まーまー、そんな焦るでない。取り合えず、茶でも飲むか?」
「……いえ、結構です」
「なんだ連れない奴だなぁ…まぁ、いい。今日はお前の妃についての話があるのだ」
「父上…それなら先日お断りさせていただいたはずですが?」
ため息混じりにそう言うと、アレクは机を叩くと大声を張り上げた。
「なーにを言っておる!お前も、もう25だ…そんなんではいつになっても孫の顔一つ見れやしないではないか!」
「それは父上の都合でしょう…僕には関係ない…」
「関係無いだと!この親不孝者めが!!」
アレクはマルクスの言動に顔を赤くしながら叫んだ。
しかし、ハッと我に返ったのか咳払いを一つすると椅子に腰掛けた。
「マルクス…孫の顔はまぁ百歩譲ったとして…とりあえずは結婚しろ」
「別に今すぐでなくてもかまわないでしょう?」
「そんな事言って、このままでは結婚すらいつになるかわからん…この間の娘たちは尽くお前が断ってしまった手前、今更縁談には持ち込めまいし」
「じゃぁ…」
マルクスは焦ってそう言うと、アレクはニヤッと口の端を上げた。
その一瞬を見逃さなかったは彼は眉をしかめた。
また何か思いついたらしい…まったく憎たらしい親父だ…。
「いや?ちょっと待て…この間一人だけ姿を現さなかった娘が居たな!」
「は?」
「小国の王女で20歳の少し歳がいった娘だったが…そうだ!その娘に縁談を持ち込もうではないか!」
「ちょ…父上!?何を言い出すんですか?来なかったという事は、別に結婚したくなかったからじゃ…」
「そんな事調査してみなけりゃわからんだろう?」
(頭が狂ったのか?そこまでして俺を結婚させたいのか?)
マルクスは、ほとほと呆れた。
「もう…勝手にしてくださいよ…でも、妃にするなんてまだ認めてませんから。話は以上ですか?忙しいので失礼させてもらいます。では」
そう言うが早くマルクスは、まだ何か言っている父親を無視して執務室を出て行った。
(どうせ小国の姫君だ…大陸一のわが国からの縁談なんて、怖気付いて断ってくるに違いない)
南塔へ続く回廊を急ぎ足で歩きながら、そう決め付けたマルクスはこの件はもう忘れようと、自分の執務室へ戻るとすぐさま仕事に没頭した。
2日後……マルクスは自分の考えが愚かだったと思い知ることになる。
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「はぁ!?なんだって!!」
「ですから、マルクス様の縁談が滞りなく決まったと」
「………」
昼下がり、用があるとどこかへ行っていたダラスが執務室へ戻ってくるなり報告した内容に、マルクスは驚きそして2日前の自分を呪った。
(俺は馬鹿か?なんであの時もっと強く親父の事を止めなかったんだ!そしたらこんな事には…)
「マルクス様…聞いてらっしゃいますか?」
「……あぁ、聞いている…くそっ!」
思いっきり悪態をつくマルクスにどうしたものか?とダラスは頭を悩ませた。
付き合いが長く、女嫌いの原因も知ってるだけに何と言葉をかければ良いのか…?
下手な事を口にすれば、いくらダラスとも言えど首が飛びかねない。
それほど怒り狂ったマルクスは手に負えないのだ。
「とりあえず、その姫君に一度お会いしてみてはどうです?結婚するしないは別として」
「そんな必要がどこにある?」
「まぁ…そうでしょうけど、あ、そういえば、もう一つ陛下が申してました。よろしいですか?」
まだ何かあるのか?と眉をしかめながらマルクスは先を促した。
「調査の結果、従者は崖から転落して怪我を負ってましたが、命に関わるほどではないと……って調査とはいったいなんです?」
「あぁ…その事か…父上が勝手に縁談を進めた娘がなぜ妃選考の日に現われなかったのか調べると言っていた」
「そういう事だったんですか…」
「ダラス…やる事が溜まってるんだ。早く仕事に戻れ」
もうこの話は終わりだと言わんばかりに書類に目を通しながらマルクスは言った。
ここまで書き終え、シリアスな話を目指してたんですが、マルクス視点にすると若干コメディのようになってしまったなと。
まぁ、あの父親のキャラがあんな感じなので仕方が無いのでしょうか?