第4話:嫌いにはなれない
勘違いするな…俺はまだお前を妃として認めたわけじゃない
彼は話は終わったとばかりに、乱暴にミレーヌの肩から手を離すと一度も振り返ることなく部屋を出て行った。
マルクスが出て行った扉をじぃっと見つめながら、ミレーヌは呼吸するのを我慢していた事に気が付き慌てて息を吐き出した。
そんな事言われたって、だったらどうしろと?
ここまで来て「はい。そうですか」と逃げ帰ることなど出来るわけが無い。
とりあえず、これからの自分の身の振り方を考えなくてはならないな…とミレーヌは思った。
別れ際の父と母の姿を思い出す。
これ以上悲しい顔はさせたくない。
それに-------
(一度、陛下に面会してみようかしら)
コンコンと扉が控えめにノックされる音に気が付いたミレーヌは、ようやっと長椅子から立ち上がると、扉の前に移動した。
「どなた?」
「ミレーヌ様、リリーでございます」
「どうぞ…お入りなさい」
そう言って扉を開けてあげると、リリーは部屋へ入ってきた。
扉を閉めて振り返った彼女は、ミレーヌの顔を見て眉をひそめた。
「ミレーヌ様…顔色が優れませんね。いかがなさいました?」
「なんでもないのよ…大丈夫」
何とか笑顔を作ってリリーを安心させようとしたけど、ちょっとぎこちない笑顔になってしまった。
「本当ですか?もし気分が悪ければ言ってくださいね」
「わかったわ」
城へ到着したのが日が暮れてからだった為、すぐに食事の時間となった。
食事を持ってきたのは、セレナという自分よりも年上と思われる女性だった。
彼女は食事をテーブルに並べ終わると「失礼いたします」と一礼して去って行った。
もう遅い時間だからか、簡単なスープにパン、サラダのみ。
リリーは傍らに立ち、必要に応じてお茶などを入れてくれている。
正直あまり食欲が無いから簡単な物で助かった。
「リリー…わたくし今度、陛下に会ってみようかと思うの」
「陛下に…ですか?」
「えぇ。もしかしたら、忙しくて会えないかもしれないけど…」
「…わかりました……では、そのように手配しておきますね」
「ありがとう。お願いね」
入浴を済ましたミレーヌは、寝室へ移動し、ベッドに腰掛けると自分自身を抱きしめ、ふぅっとため息をついて、今日の出来事を思い返していた。
いまだ、肩に残るマルクスの手の感触、今まで受けたことも無い冷たい眼差し。
マルクスという人間を恐ろしいと思った。
だけど、瞳の奥はとても寂しそうで、そして…悲しそうだった。
あんなに憎悪を表に出す人間に会ったのは初めてだ。
だけどあの一瞬、人を嫌悪しているようで、それでいて悲しそうな彼をどうしても嫌いにはなれなかった。