第38話:言い争い
マルクスは大きな音を響かせ扉を開け放つと、会議中の部屋へ躊躇する事無く足を踏み入れた。
細長いテーブルの一番奥にアレクが座り、その周りを取り囲むように大臣や貴族らがずらりと並んで座っていた。
突然現れたマルクスに何事かと驚いた表情を見せ、立ち上がる大臣や貴族もいる中、そんな事にも目もくれず彼は父親の前へとやって来た。
周りが騒然とする中、王アレクはマルクスがやってくる事を予想していたのか、驚きもせず一人平然としていた。
「マルクス、会議中だぞ」
「父上、話が…」
「陛下…申し訳ありません。マルクス様、ここは一旦下がりましょう」
マルクスが何かを言う前に、後からやって来たダラスがそれを遮り、腕を引っ張って外へと連れ出そうとする。
「ダラス、離せ!!」
「いいえ!離しません!!…いいから出ましょう」
「俺は話があってここに来たんだ!」
どうにも興奮しているマルクスに、アレクは「やれやれ…」とため息を吐き出すと椅子から立ち上がると口を開いた。
「マルクス…お前が言いたい事はわかっている。だが、今は会議中だ。話がしたければ後で私の所に来なさい」
「………」
「ダラス、連れて行きなさい」
「すみません…失礼しました…」
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「で?話を聞こうじゃないか…」
王の執務室へとやって来たマルクスは不貞腐れた表情で応接用の椅子へと座り込んだ。
せっかく忙しい中、時間を割いてやっているというのに、マルクスはというと出された茶をわざとゆっくり飲んでいるようだった。
一向に口を開かない息子にアレクは眉を寄せる。
「おいおい…会議中に乗り込んで来るぐらい話がしたかったんじゃないのか?」
「……父上こそ、私に何か言う事があるんじゃ?」
「なんだ、どうせ舞踏会の事だろ?各国に招待状も出したんだ。もう取り止めには出来んぞ」
「なんでそう勝手なことを…」
「婚約を祝って何が悪い?」
「………」
「何も言い返せないなら文句を言うな。アリスも楽しみにして……」
バンッ-----
マルクスは義母の名前が出た途端、口へと運んでいたカップをテーブルへと叩きつけると父親を睨み付けた。
アレクはマルクスの突然の行動に驚きもせず、そんな息子を無表情で見つめると、徐に立ち上がり背を向けた。
「…何が気に食わない?」
「………父上は…」
「なんだ…」
「なぜあの女と結婚したんですか…?」
「………」
唐突な質問をしたからか、アレクが振り返るとまた椅子に座り込んだ。
しかし、先ほどと同じ無表情で、マルクスを見つめると黙り込んでしまった。
「どうなんですか?父上」
「………仮にも母親をあの女と言うのはやめなさい」
「ははっ…あれが母親?笑わせないで下さい」
「………」
「あの女を母親だなんて思ったことは一度だってありませんよ。父上はあの女に騙されてるんですよ。いい加減目を覚まして下さい」
「黙れ…」
「父上は母上の事を忘れたん……」
「黙れと言っている!!これ以上私を怒らせるな!いいか、お前にとやかく言われる筋合いは無い!!舞踏会は二週間後だ。わかったら早く出て行け!!」
どうやらマルクスはアレクの逆鱗に触れてしまったようだ。
これ以上何か言えば、幾ら息子でも只じゃ済まされないかもしれない。
咄嗟にそう判断したマルクスはアレクの顔も見ずに立ち上がると、無言のまま執務室を後にした。
「マルクス……すまない…今はまだ…」
執務室では閉まった扉を見つめ、アレクは苦渋の表情を浮かべていた。
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ダラスが扉横の壁に寄りかかりながらマルクスを待っていると突然中から聞こえてきた怒声。
マルクスかと思いきや、普段温和で滅多に怒鳴らない王の怒声だった事に驚いた。
中に入ろうか迷っている間に執務室の扉が開き、マルクスが出てくる。
「マルクス様!今の怒鳴り声は!?」
そう聞いても、マルクスからは何の反応も無くスタスタと歩き出す。
いつもの彼なら悪態でも付きそうなものなのに余程アレクに怒鳴られたのが堪えたのだろうか?
こういう時は何も話し掛けないのが一番だろうと、ダラスはマルクスの後ろを黙って歩いた。
中央塔の回路までやって来ると、突然マルクスは歩みを止めた。
危うくぶつかる所だった。
「おっと!どうしたんですか?」
「ダラス……舞踏会は予定通り二週間後だ」
「陛下にミレーヌ様の事はお話にならなかったんですか?」
「あの親父に何を言ったって意味無いって事がよーくわかった」
「しかし…」
「いいから、予定通りだ。ついでにミレーヌの所へ行って伝えて来い。俺は執務室に戻る」
「……かしこまりました」
そう答えるとダラスはマルクスと別れ、ミレーヌの元へ向かった。