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第37話:もどかしい気持ち


抱きしめられた瞬間、夢か幻かと思った。


だけど鳴り響く胸の鼓動と、掴まれた手首や背中に回る腕の感触がそれを否定する。

彼から微かに香る爽やかなシトラス系の香りを思いっきり吸い込んだ途端、顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。

止め処なく流れていた涙もピタリと止まってしまった。


彼は一体、今何を考えているのだろうか?

どんな表情をしてるのか気になったけど、なんだか怖くて顔を上げられず彼の胸の辺りばかりを凝視していた。


どうして…抱きしめられてるんだろうか?

襲われて、泣いてて可哀想だったから?もしかして、同情してるとか?

そう考えた途端、彼の腕の中に居ることに耐えられなくなってきたミレーヌは声を絞り出した。


「あ、あの…離して下さい…」


声に反応したのかのように、マルクスは急に我に返ると慌ててミレーヌを離した。

その際に本棚にぶつけた肩が痛み、咄嗟にそこを手で押さえた。


ミレーヌの様子を見ていたマルクスは眉間に皺を寄せ「肩が痛むのか?」と聞いてきた。


「え、えぇ…本棚にぶつけてしまって」

「大丈夫か?見せて…」

「さ、触らないで!!」


そう言いながら伸ばされた手が視界に入った途端、ミレーヌは思わずそれを払いのけていた。

瞬間彼の表情が悲しみを帯びた事に彼女はもちろん気付かない。


「…ど…同情ですか…?だったら…こんな事しな…」

「ち、違う!!」


彼の手を払いのけてしまった手前怖くて顔を見れず、視線を床へと貼り付けたまま震える声で言った言葉は、マルクスの否定の言葉でかき消されてしまった。


(えっ……?)


訳が分からない。同情じゃなければなんだと言うのか?

否定された事で膨らむ期待。

ミレーヌは意を決して俯いていた顔を上げて彼を見つめる。


「……じゃ、なんですか…?同情じゃなかったら……何だって言うんですか!?」

「………」


目の前に立つ彼を見つめたまま怒鳴るようにそう言うと、彼の目が一瞬見開かれる。

だが、それも本当に一瞬で彼はすぐに表情を元に戻すと黙り込んだ。

じっと彼を見つめ、何か言葉を口にするのを待ち続ける。

その間、胸の鼓動がやけに大きく響いて、うるさく感じた。


「………今は」

「………」

「…答えられない」


勇気を出して聞いたのに…。

ドキドキしながら待ってた答えは何とも煮え切らないものでミレーヌはがっかりした。

気落ちしたミレーヌを余所に、彼はこれ以上話す事は無いとでもいうように背を向けると、床に転がっていたナイフを拾い上げた。


「…肩を痛めてるんだろ?もう…出よう」


背を向けたまま、彼女の顔も見ずにそれだけ言うと、マルクスは出口へとスタスタと歩いて行ってしまう。

慌ててその背を追いながら、ミレーヌはもどかしい気持ちで一杯だった。



---------------------------------------



ミレーヌを部屋まで送り、執務室へとやって来たマルクスは椅子へ倒れこむように座ると、持っていたナイフを机の上に転がした。

ゴトリと音を立てて転がったそれは、窓から差し込む陽を浴びてキラリと光る。

それを見つめながら、先ほどの事を思い返していた。


頭の中に浮かび上がるのはミレーヌの涙に濡れた顔と何かを訴えるかのような瞳。


なぜか彼女の涙を見た瞬間に理性など遥か遠くに吹っ飛んでしまい、気が付いた時には彼女は自分の腕の中に居て…。

本当に焦った。

肩を痛そうにしているミレーヌを心配したのに手を思いっきり払われた時には胸が痛んだ。

しかも、同情だと勘違いされるとは思わなかった。

咄嗟に違うと言ってしまったが、じゃあなんですか?と問われ、動揺を悟られないように必死だった。

ただ一言”好きだからだ”とそう答えてやればよかったのだろうが、どうしても恥ずかしさが邪魔をして、結局「今は答えられない」と言うので精一杯だった。

そんな自分に呆れてしょうがない。


(くそっ!!あー情けねぇ……)


心の中で散々悪態を付いて、今になって後悔してもしょうがないだろうという結論に行き着いた。

机の上に転がしたままだったナイフを机の引き出しへ押し込むと、何とか気持ちを切り替え仕事をし始めた。

しばらくして何か違和感を感じ、規則的に判子を押していた手を止めた。

なんだ?と考えて、ダラスが居ない事にようやく気付く。


「そういや、どこいったんだ?アイツ…」


まぁいいか…と書類へと視線を移し、何枚か書類に判子を押した所で入り口の扉が開いた。

「ここに居らっしゃったんですか?」と言いながら目の前に来たダラスをマルクスはチラリと見るだけで手は止めずに動かし続ける。


「は?てか…お前こそ、どこ行ってたんだよ?」

「私はマルクス様を探してたんですよ」

「俺もお前に話がある」


そう言いながらマルクスは引き出しの中に入れておいたナイフを取り出すとそれを机の上に置いた。

ダラスは眉をひそめてナイフを取り上げ繁々と眺める。


「これは?」

「ミレーヌが書庫で襲われた」

「!!?」

「それは犯人が残してったナイフだ」

「で、ミレーヌ様は!?」

「肩を痛めただけで他は何とも無いから安心しろ。今は部屋に居る」


そう言うとダラスは「そうですか…」と言って安堵のため息を吐き出した。


「ついに動き始めたって事ですね…それだとちょっと心配ですね…」

「何かあるのか?」

「陛下が二週間後に舞踏会を計画しているそうで…」

「はぁ!?」

「それが…ミレーヌ様のお披露目も兼ねて各国に招待状も出したそうです」


舞踏会を計画しているまでは聞き流せた。

だけど…まさか招待状まで出しているとは思わなかったマルクスは怒りに震えて拳を握り締める。


「俺は聞いてないぞ!そんな話!!」

「私も先ほど聞いたばかりで…」

「あんの糞親父!!俺の了解も無く勝手に招待状まで出しやがって!!」

「それは私もマルクス様に相談してからのほうが良いと言ったんですけど…すでに出した後だったみたいで…」

「……どこに居る」

「え?今なんて…」

「だから、親父は今どこに居るって聞いてんだ!!」


まるで噛み付くように怒鳴られたダラスは両手を胸の前に持ってきて思わず仰け反ってしまう。


「いや…でも陛下は今、会議中…」

「わかった」

「え?わ、わかったって…」

「ちょっと出てくる」


そう言ってマルクスは執務室を出て行ってしまう。


「あぁ!?ちょっ…!!」


一度言い出すと何を言っても聞かない性格のマルクス。

ダラスにとってある意味面倒くさい性格とも言える。

これで何度迷惑を被ったか知れないのだ。

今までのパターンからいって彼は100%会議中の部屋に乗り込んで行くつもりだろう。


(全く…!!)


ダラスは大きなため息を吐き出すと、慌ててマルクスの後を追った。




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