第36話:忍び寄る危険
「ちょっと、本取ってくるわね」
見終わってしまった本を手に、ミレーヌは部屋を出ようと扉に手を掛けた所でリリーに呼び止められた。
「一緒に行きましょうか?」
「ううん、場所もわかってるし大丈夫よ」
「でも…」
きっと、一人で行動すると危険だと言いたいのだろう。
「心配しなくても、直ぐ戻ってくるから」
そう言って、リリーの返事も聞く事無く部屋を出て行った。
暇つぶしにと読み始めた本はシリーズ物で、五巻まである。
これがなかなか面白くてすでに四冊目を読み終え残すはあと最終巻のみ。
早く続きが読みたくてリリーの言葉も聞かずに出てきてしまった。
(リリーったら心配しすぎなのよ…)
ミレーヌは足早に書庫へと入り、目的の物を探す。
本を誰かが移動させたのか、なかなか見つからず自然と奥へ奥へと足を向ける。
しばらくして目的の物が本棚の上の方、手を伸ばせばギリギリ届きそうな場所にあるのを見つけた。
(もうっ!あと少しで届きそうなのにっ!誰よ…こんな所に移動させたのは!!)
心の中で悪態を付きながら必死に手を伸ばしてた時だった。
背後に何かが動く気配がしたと思った次の瞬間、口をハンカチのような物で塞がれ、凄い力で背後から押さえつけられた。
「ふうっ……っん!!」
(やっ…やだっ!何!?)
いきなりの事にミレーヌは若干パニックになりながらも抵抗を試みる。
だが、相手はそれよりも強い力で抑えようとする。
「騒ぐな!」
低くても威圧感のある知らない男の声。
相手が全く知らない男だという事に恐怖感を抱く。
更に次に発せられた言葉でミレーヌはピタリと抵抗をやめた。
「少しでも騒いだらこのナイフがお前に突き刺さる事になる」
恐る恐る視線を下に持っていくと自分の腰の辺りに光るナイフが目に入り、冷や汗が背中を流れた。
少しでも気を抜けば崩れ落ちそうなほど足が震えてしまう。
男は更にナイフをミレーヌの首元へと移動させ、耳元で囁いた。
「いいか、良く聞け…殺されたくなければ早く自分の国に帰るんだな」
そう言うと、男は素早い動きでもって後ろへ引っ張った後、ミレーヌを突き飛ばした。
「きゃっ!!」
ドンッと、凄い力で背中を押されたミレーヌは本棚へと倒れこみ、勢い良く肩をぶつけ、あまりの痛さにその場に蹲る。
肩を手で押さえながら顔を見ようと振り返る。
だが、書庫の中は薄暗く、フードを目深に被っているせいでよくわからない。
なのに、男がニヤリと笑った気がしてミレーヌはゾッとした。
そして次の瞬間、ナイフを振り上げたのを見て、ミレーヌは目を見開いた。
勢い良くミレーヌ目掛けて振り下ろされるナイフがスローモーションの様に目に映る。
「いやぁっ!!」
咄嗟にミレーヌは目を瞑ると、次に来る痛みを待ち構えた。
ガンっ!!!
しかし、痛みがやってくることはなく、物凄い音が足元に響いただけだった。
恐る恐る瞑っていた目を開き、そちらに視線を向けると、男は持っていたナイフをミレーヌの足のすぐ横へと突き立てていた。
あまりの恐怖に震え上がり、ついに涙がこぼれ落ちる。
「……っ!!」
男はミレーヌの怯えた顔を見て満足したのか、足早に書庫室を出て行った。
そして静寂に包まれる書庫内。
誰も居なくなり、恐怖は去ったというのに一向に震えと涙が止まらない。
今回は肩を痛めただけだった。
だけど、一歩間違えれば自分は刺されていただろう。
そう考えると、余計恐怖が込み上げる。
先ほどの事が嘘だと思いたかった。
だが、肩の痛みと、足元に突き刺さるナイフが嫌でも嘘でも何でもなかったのだと言う事を物語っている。
あの時なぜリリーの言う事も聞かず出てきてしまったのか…。
つい先日、マルクスからも一人になるなと注意されてたのに、それを無視するような事をしてしまった。
激しい後悔がミレーヌを襲う。
と、その時だった。
「おい、そこに居るのは誰だ?」
背後から声を掛けられ、ミレーヌは飛び上がりそうなほど驚いた。
だけど、聞こえたのは良く知った声。
「マ…ルク…ス様…?」
そう呟き、涙でぐちゃぐちゃの顔のまま振り返ると、思った通りマルクスが立っていた。
彼はミレーヌの顔を見て、動きを止めた。
ミレーヌは少し離れた所で立ち止まっている彼の元へ駆け寄ると、その胸へと飛びこんだ。
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書庫に行って来るとダラスに言った手前、適当に何か取って戻ろうと思っていた。
中は本が陽に焼かれないようにとカーテンが引かれ薄暗く、いつもなら明かりが灯っているのに今日はそれが無い。
不審に思ったが別に困るほどでもなかったし、まぁいいかと奥へと向かうと、棚の間に蹲る女を見つけた。
誰だ?と声を掛けてみれば、それはミレーヌで。
彼女の泣き顔を見た瞬間、何かがあったのは明白。
自分の腕の中に飛び込んできた彼女を抱きとめると震えているのがわかった。
泣いていては話を聞けないだろうと、とにかく気持ちが落ち着くまで彼女を抱きしめたまま待つことにした。
しばらくすると、落ち着いてきたのかミレーヌは「ごめんなさい」と言って胸から顔を上げて離れた。
「何があった?」
なるべく優しくそう声を掛けると、ミレーヌは先ほど蹲っていたと思われる場所を指差した。
視線を彼女からそちらの方へと移すと、床に突き刺さるナイフ。
ミレーヌから一旦離れ、それを手に取ってよく見ても、どこにでもあるナイフで、もちろん誰のか分からない。
「い…きなり、男の人に…う…後ろから襲われてっ…」
「一人でここに来たのか?」
「………はい」
「全く…自分がどれだけ危険に晒されているか分かってたはずだろ?」
何かを言えば言うほど浅はかな行動をしたミレーヌに腹が立ってくる。
そして、もう少し自分が早くここに来ていれば、彼女を襲った男を捕まえられたと思うと悔しかった。
「それに!あれほど一人になるなと言っただろう!!」
そう大声で叱り飛ばすとミレーヌは「ご、ごめん…なさい…」と言って俯いた。
彼女に近づくと手が震えているのが目に入り、マルクスは大声を出してしまった事に心の中で舌打ちをした。
持っていたナイフを床へと転がすと、その音に驚いたのかミレーヌが顔を上げる。
その顔にはいく筋もの涙…それを見た瞬間、無意識の内に彼女の手首を掴むと自分へと引き寄せ、もう一つの手を背中へと回すと抱きしめていた。