第33話:混乱〔1〕
朝目が覚めた時にはベッドはもぬけの殻。
隣に寝てたはずなのに、その場所に手を伸ばしてみても温もりすら感じられないほど。
「冷たい…」
ベッドから抜け出して応接室、洗面所や浴場を覗いてみたけど彼の姿はどこにも無かった-----。
「ははっ…当たり前か…」
ベッドに居なければ部屋のどこにも居ないだろうと予想はしてたものの、そんなに顔を合わすのが嫌なのかと思うとやっぱり悲しくなった。
肩を落としながら寝室へ戻り、姿見を覗いて自分の顔を見てみると、目も真っ赤で酷い顔だった。
(あーあ、このままじゃ皆に心配掛けちゃうよね……顔洗おう…)
こんな顔のまま侍女達に会ったら絶対何か言われるに決まっている。
さすが、王子が使う部屋なだけに、今までの部屋には無かった洗面所も付いてて本当に助かったと思う。
冷たい水で洗って、少しスッキリした顔で応接室の方へと出て行くと、丁度侍女達がやって来た。
「おはようございます!!」
そう元気よく挨拶をしながら部屋へ入って来たのはクラリスとエルマ。
この二人は仲が良いみたいでいつも一緒にいる気がする。
リリーの話を聞いてから少し警戒はしてるけど、今でも自分に何か危害を加えようとしているとは思えない。
かと言ってリリーが嘘を言うはずなんてないし…。
「ミレーヌ様、今日は何をなさいますか?」
長椅子に座って本を読んでいると、エルマが遠慮がちに聞いてきた。
さっきよりマシにはなったけど、まだ目が赤いはず。
なのに、彼女はその事に一言も触れてはこなかった。
ミレーヌは内心ホッとした。
「そうね…今日は温室へ行ってみたいかも」
「温室ですか?」
「うん、だめかな?」
落ち込んだ時には好きな花に囲まれてれば何だか落ち着くし、それに元気をもらえる様な気がするのだ。
それに前から一度入ってみたかった。
彼のお母様が建てたっていうあの温室…。
「そうですね…ヨダンさんに聞いてみないと…」
「お願いできる?」
「は、はい。それじゃあ今から聞いてきましょうか。ミレーヌ様はどうぞ御食事をなさってて下さい」
「ちょ、ちょっと待って!今行くの?」
すぐにでも部屋を出て行こうとするエルマをミレーヌは慌てて呼び止めた。
「え、ダメでしたか?早いほうがいいと思ったんですけど…」
「いやっ…あ…あの…ダメって事はないんだけど…」
「……?」
エルマがこの部屋を出て行ってしまうと、クラリスと二人っきりになってしまうと焦ってしまったのだが、首を傾げているエルマにどう言ったらいいのか分からない。
どうしようかと頭をフル回転させていると廊下へ続く扉が開き、思っても見なかった人物が入ってきた。
その事に更にミレーヌの頭は真っ白になってしまった。
扉を開けて入ってきたマルクスは、無言でミレーヌの傍へとやってくると、何故か彼女の隣へと座り込んだ。
只でさえ、いきなり現れた事にビックリしているというのに…。
(え?え?なに?しかも、な、なんで隣に!?)
訳がわからず混乱しているミレーヌをよそに、彼はすかさず出された飲み物を口元へと優雅に運び、ミレーヌに顔を向けた。
「……なんだ?」
「えっ!?」
どうやら、知らず知らずの内にミレーヌはマルクスを凝視していたらしい。
奇怪な顔でマルクスに見つめられて問われたミレーヌは更に混乱してしまい、あからさまに彼との距離を開けるように座りなおした。
「………」
その行動に彼の周りの温度が一度下がる。
だが、いつも冷たい態度を取られてきたミレーヌはそれに気が付かない。
ミレーヌ達の事を見守っていたエルマの方が内心焦りだす。
丁度その時、朝食の準備をしていたクラリスが声を掛けてきた。
「マルクス様朝食の用意が整いました」
「あぁ」
「ミレーヌ様もこちらへどうぞ…」
そう言われて初めてマルクスが何でこの部屋へやって来たのかがわかった。
すでに朝食を取り始めているマルクスを見てミレーヌも慌ててテーブルについた。
二人して無言で食べ物を口に運んでいる状況に、エルマが恐る恐るといった感じに話しかけてきた。
「ミレーヌ様…あ、あの、御食事中にすみません…」
「大丈夫よ?なにかしら?」
「温室の件なんですが…」
「温室?」
”温室”という単語を耳にしたマルクスが何の事だとでも言うように侍女に問いかけた。
もしかして怒られるのではとミレーヌは戦々恐々とする。
「あ、はい。ミレーヌ様が今日は温室に行ってみたいと…」
「母のか?」
「はい」
「なら、俺が案内する」
「えぇ!?」
怒られるのではないかと思っていたのに、まるきり反対の事を言ったマルクスに、突然何を言い出すのかとミレーヌは大声を出してしまった。
当然マルクスに睨まれてしまい慌てて俯いた。
「何か文句でもあるのか?」
「い、いえ!そういう訳では…」
「だったらもっと嬉しそうにしたらどうなんだ」
「……ごめんなさい」
「別に謝って欲しいわけじゃない…」
ため息混じりにそう言われてしまい、昨日と急に態度が変わったように思える彼にミレーヌの頭は混乱しっぱなしであった。




