第28話:嫌な予感 (リリー視点)
リリーがミレーヌの部屋にある花を交換していると、何やら思案顔をしたセレナが話しかけてきた。
「ねぇ…ミレーヌ様ちょっとおかしくない?」
「なに?おかしいって?」
「いや、なーんか悩んでるような…リリーは何か知らない?ほら!今も上の空って感じで…」
そう言ってセレナが指を指した先に視線を移してみると、確かにぼーっと外を眺めるミレーヌの姿があった。
(きっと昨日の事とか考えてるんだと思うけど…)
リリーは事情が事情なだけに、なぜミレーヌがああなのか勝手に言うのは躊躇われた。
それに、ミレーヌが他の侍女達に何も言わないなら自分が言ってしまっては良くはないだろうし。
「さ、さぁ?私にも…それよりこの花瓶のお水換えてくるから、あとお願いね!」
「えっ!ちょっと!?」
これ以上追求されても困るので、セレナが何か言っているのも構わず、リリーは水の入った花瓶を抱えると部屋から出て行った。
本当は朝に水を入れたばかりだから花瓶の水なんて換える必要はないのだけど…。
(絶対セレナは怪しいって思ってるんだろうな…)
はぁっとため息を付き、水がたっぷりと入って、重量の増した花瓶を抱え直すと行く当ても無く歩き出した。
しかも、大きい為前方が見えにくいので慎重に歩かなくてはならずすぐに疲れてしまった。
(とりあえずどこかにこの花瓶を置いて一休みしよう)
「おや?君は…」
「きゃあっ!!ダラス様!?」
-----びしゃっ!!
「…ああっ!!!」
突然話しかけられてビックリしたリリーは花瓶を落としそうになってしまった。
なんとか持ちこたえ、花瓶は落とさずに済んだのだが、水を廊下の床にこぼしてしまい、その上ダラスの足に水がかかってしまった。
「も、申し訳ございません!」
顔を真っ青にさせたリリーは、持っていた花瓶をその場に急いで降ろした。
両手が空いた彼女は、慌ててポケットからハンカチを取り出した。
床はそのままに、水が染み込んだズボンの裾を拭こうと手を伸ばしかけたその時、突然ダラスに手を掴まれリリーは狼狽えた。
「いや、急に話しかけた僕が悪かった。そんなに濡れてないから大丈夫だよ」
「いえ!ですが…」
「それより床を早く拭いたほうがいいと思いますよ?あぁ、君!」
たまたま通りかかったのだろう他の侍女をダラスは呼び止めると「悪いが床を拭く物を急いで持ってきてくれるかい?」と頼み、リリーの手を離すと床に置いてあった大きな花瓶をひょいっと持ち上げた。
その一連の動作に全く無駄が無く、ぼーっとしていたリリーは慌ててダラスから花瓶を取り上げようとした。
「ダラス様!私が持ちますので…!」
「え?こんなに重いのに、女の子が持って歩くのは危険ですよ?」
「ですが…」
持つ、持たせないと言い争っている間に先ほどの侍女がモップを持って立っていた。
「あの…、拭く物をお持ちしましたけど…」
「あぁ。ありがとう。この子に渡してくれるかな」
「は、はい!どうぞ…」
リリーより年下と思われる侍女は顔を赤らめてモップを手渡すと、「では、これで…」とそそくさとその場を去って行った。
モップを手渡されてしまったリリーは、「ほら、早く拭いて」と急かされてしまい、仕方なくダラスから花瓶を取り返すことは諦め、水浸しになってしまった床を大急ぎで拭いた。
一通り拭き終わったのを見て、ダラスは話しかけてきた。
「で、この花瓶はどこに持って行くつもりだったんですか?」
「えっと…あの…特にどこにとは決めてません…で…した」
「は?」
じゃあ何でこんな重い花瓶なんて持って歩いてたんだ?という痛々しい視線を浴びせられ、リリーは慌ててセレナとの事を話した。
「あぁ…そういう事ですか…あなたも大変ですね」
「そんな事無いです。まぁ、只の自己満足です」
「そう……それより、これ、本当に重いからどこかに置かないと…」
「そ、そうでした!でも、どうしよう…」
ミレーヌの部屋に戻る事は出来ないし…それより、花瓶を置いたとしてその後自分はどうしよう…と考えを巡らせている間にダラスは辺りを見渡し、目星をつけたのか彼はすぐ近くの扉の前に歩み寄った。
「ここの扉開けてくれるかな?」
と、リリーに声を掛けてきた。
その声にハッして慌てて扉まで近づくと、指示通りに扉を開けた。
そこは使われていない客室のようで、カーテンが引かれており中は薄暗く少し不気味な部屋だった。
何の躊躇いも無く彼は中へ入っていくと、扉の近くにあった背の低い戸棚に持っていた花瓶を置き廊下へと戻ってきた。
「花瓶はとりあえずあそこに置いておこう。ここは誰も使ってないから出入りもないしね。後で取りに来ればいい」
「どうも、ありがとうございます」
「ところで、今暇かな?」
「え?」
もちろん、暇だよね?と言いたげな視線を向けられ、リリーは困った。
確かに暇と言えば暇だが…。
なんだか嫌な予感がした。
「暇だったら、ちょっと僕に付き合ってもらえないかな?」
「えーと、ど、どこに…」
「書庫室」
「し、書庫?」
「えぇ。確か、君は文字を読み書き出来たよね?」
「え!?なんでそれを!?」
「そりゃ経歴書を見れば書いてあるしね。で、一緒に行ってくれるかな?」
ダラスの言い方は「別に忙しければいいんだけど…」とも取れるが、目はまるで「つーか、一緒に来るよね?」と言っている様だった。
さすがにそんな目を向けられてしまっては、とても「嫌だ」と言える度胸はさすがにリリーには無かった。
「わ…わかりました」
「よかった。じゃあ行こうか」
そう言って歩き出したダラスの背中を見て、気付かれない様にため息を吐き出したリリーは後を追った。
次回もリリー視点です。