第27話:謝罪と感謝
「アリス様、先ほどあの姫がマルクス様に接触しました」
優雅に紅茶を飲んでいたアリスは口に運ぼうとしていたカップをピタリと止めて報告にやって来た使いの者に鋭い目線を送った。
「それで?」
目線と同様冷たい声で目の前に居る男に先を促すと、彼はそれに怯むことなく報告を続けた。
一通り聞き終えたアリスは拳をわなわなと震わせながら立ち上がり、足元に跪く男をこれでもかと睨み付けた。
「こしゃくな真似を……」
「………」
「どうしてくれるかしら?」
「…では、やはり…」
アリスを見つめ、男は“まるで悪魔のようだ”と心の中で呟いた。
それほどまでに、アリスはイライラしていた。
夫であるアレクの気持ちが最近離れている気がしてならない。
表面上は変わりない風を装っているが、他の側室の元へ夜な夜な通っているのを侍女が目撃している。
その上これまでは、どんなに意見をしても何も言わなかったのに、ここ数ヶ月前からは口出し無用とばかりに全く話をしてくれず、取り合ってはくれなくなったのだ。
もちろん、息子であるマルクスの事となると余計だった。
その苛立ちをミレーヌへと向けることでアリスの精神はギリギリ保たれていと言っても過言ではなかった。
「そうね…まずは脅しを掛けなさい。それでも引かないようだったらその時は…わかっているわね?」
「……はい。承知いたしました」
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その頃、三人はというとマルクスの寝室へと移動していた。
ミレーヌは初めて男性の寝室、しかもマルクスの寝室に足を踏み入れたのだと思うと、どうしても落ち着けず手に汗まで掻くほど緊張していた。
そんなミレーヌに気が付くこともなく男二人はさっさとベッド脇に置かれた椅子に座り込むと口を開いた。
「ここなら誰も話を聞く事は出来ないだろう…」
「えぇ。まさかこんなにも簡単に引っ掛かってくるなんて」
「??ど、どういうことでしょうか?」
二人の会話が一体何の事なのかわからないミレーヌは動揺を隠せない。
「アリス様です」
「??」
「さっきの会話を王妃の使いの者に聞いてもらってた」
「使いの者?それって?」
「マルクス様…それだけだとミレーヌ様はわからないと思いますが…」
「ならどう言えばいいんだ?」
首を傾げるばかりのミレーヌにダラスが説明する。
「今朝、あなたに謝りに行くと言っていた私に、マルクス様はいつか気が変わってミレーヌ様が話しに乗る事があれば、いつでもいいので執務室に連れて来るように言われていたんです」
「えっ…そ、そうだったんですか…?」
「えぇ。もし万が一話しに乗ってくるようなら、あなたを危険な事に巻き込むことになるのは100%わかっていましたから、私は考え直すように説得しようとも思っていました」
「………」
「ですが、あなたは断る所か自らマルクス様の元へ行くとおっしゃった。そこで、私は考えたんです。もし、私とあなたが一緒に居る所を誰かが見ればマルクス様と会うと思うのは当然と考えるべきでしょう。ですからわざと人目の付く場所を通って執務室へと連れて行きました。アリス様の使いの者に執務室での会話を聞かせるために。そうすればアリス様が動くと思った…そうですよね?」
「あ、あぁ…ダラスの言う通り…で、思惑は見事的中したってわけだ。だが、昨日の今日でお前が会いにくるとは思わなかった…寧ろ避けられてもおかしくは無いことを自分はした。……アリスの事も何も説明しないでいきなりあんな話をして悪かったと思っている。本当にすまない…」
真剣な表情で謝るマルクスに、ミレーヌは驚きで目を見開いた。
まさかここで謝罪の言葉を聞くとは思わなかった。
確かにあの時は腹が立ったし、しかもマルクスの前で涙まで見せてしまった。
その事に気が付いたミレーヌは急に恥ずかしさが込み上げてきて顔を赤く染めた。
「い、いえ…あの後リリーに話を聞きました…それで、わたくしでもお役に立てるならと…」
ダラスの言ったようにきっと危険なことが待ち受けているのだろう。
もし、大きな怪我や、それで命を落とすことになったとしてもこの人の為に死ねるならそれでもいいと不思議と思えた。
きっと、ここまで思わせてくれる人がこの先現れるとは思えない…今なら断言できる。
それほどまでに、ミレーヌのマルクスへの思いは大きなものになっていた。
「…ありがとう…俺なんかの為に…」
すんなりと出てきた感謝の言葉にマルクスは戸惑うのと同時に、恥ずかしさから思わず二人から顔を逸らした。
(うわっ!俺今何て言った!?)
そんな事をマルクスが考えてるなんて露知らず、感謝を述べられたミレーヌはというと嬉しさの余り更に顔を赤らめ俯いてしまった。
一方ダラスは耳を赤くして顔を逸らすマルクスを見て、珍しいものを見たと微かに口の端を上げたのだった。
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