第25話:理解しがたい言葉
「ダラス…冗談も休み休み言え」
「冗談?私は冗談など言いませんよ」
確かに彼は普段から真面目であまり冗談を言う男ではない。
だが、今の発言はどうしても信じられなかった。
いや…信じたくなかった。
一方ダラスは「全く頑固というか…なんというか…」と少し呆れていた。
ミレーヌはダラスから見ても美しい娘で、少し変わった所はあるが…まぁ見劣りするところなどないのだ。
むしろ、今まで一人だったことの方が不思議でならない。
あれだけの美貌なら縁談なんてさぞかし多かっただろうに…。
「とにかく、また改めて話をするから、時間の調整をしてくれないか?」
「まだそんな事を頼もうって言うんですか?それだったらいっその事結婚してしまえば良いのに…それだったらミレーヌ様も話を聞くかもしれませんよ?」
「…お前まで結婚しろだなんて言うのか」
「そもそも私は反対した覚えはありませんよ?まぁ初めは妃選考までして急ぐことはないと思ってましたが……言うなればこれは政略結婚ですよ。そんな事どの国でもやってることじゃないですか?どうしてそこまで頑なに拒否しているんだか分かりませんよ」
「……それは…」
彼だっていつまでも独身を貫こうなどとは考えていない。
だだ、過去に囚われたまま前に進んではいけないような気がするのだ。
今思えば…当時の自分がもっとしっかりしていれば、母もユーリも死を迎えることは無かったのではないかと…。
ユーリの日記を発見し事実を知ったときからもう何年も眠りに付き夢を見れば、初めは自分の隣には歳を重ねたユーリが微笑みながら佇み、それを優しい眼差しで見守る母と父がいる幸せな夢。
だが、その夢は途中で自分を責め醜い顔へ変化していく母とユーリ…まるで、自分だけが幸せになるなんて許せないと言うかのように…。
そして父は勝ち誇った顔をしたアリスへと取って代わり高らかに耳障りな声で笑うのだ。
『私が殺したんじゃない、お前が殺したんだ』と…。
暑くもないのに汗をびっしょりと掻き、飛び起きるともう朝で…熟睡したことなどここ数年でほとんど無い。
それを目の前に居る彼に言った所で何の解決にもならないし、今更と、マルクスは黙り込むしかなかった。
そんな無表情で黙り込むマルクスに何かを感じ取ったのか
「まぁ、無理に理由を聞きたいわけでも、結婚しろと言いたいわけでもないですから…あまり気になさらないでください。それよりも……明日にでも私からミレーヌ様に謝罪しておきますから、もうそんな馬鹿な話はなさらないように考え直して下さい」
「…あ…いや、でも…」
「でもは無しです!いいですね?」
「わ、わかったよ」
彼の有無を言わさぬ物言いに反論し損ねたマルクスは渋々頷くことしか出来なかった。
「橋の件も早急に対策を練りたいところですが今日はもう遅いので明日朝一にでも会議を開く事にしましょう。ですからマルクス様も自室に戻って早くお休みになって下さい」
「あ、あぁ…そうだな…」
二人で執務室を出て自分の部屋へ向おうとした所で後ろから声を掛けられ足を止めた。
「なんなら部屋までお送りしましょうか?」
「あのな…俺を誰だと思ってる?女子供じゃないんだぞ」
「冗談ですよ」
「……さっき冗談は言わないって言ってなかったか?」
「あれはあなたが冗談として捕らえたからですよ。私は冗談だとは思ってません」
「はぁ…もういい。とにかくあれは聞かなかったことにする…じゃあな」
そう言うとマルクスは手をひらひらと振り歩き始めた。
第三者の自分からしてみれば、マルクスは認めたくないだけでミレーヌを気にし始めている事は丸分かりだというのに。
ダラスはそんな彼の背中に向かってボソッと呟いた「過去に囚われてばかりだと本当に大切なものを見失いますよ?」と。
そんな事を言われている事も気づかないマルクスは自分の部屋へ戻りながらダラスに言われたことを考えていた。
彼はミレーヌが自分を好きだから泣き、怒ったのだと言った。
好きだからという部分は理解しがたいが、怒った事だけを取って見れば何となく理由は分かったような気がした。
あの時の事を冷静に思い返してみれば、すべてを話せば分かってもらえるのではないかと侍女のリリーは言っていた。
にも関わらず、結局自分の都合のいい様にしか話をしていなかったかもしれない。
(…馬鹿だな…俺は…)
はぁっ…とため息しか出てこなかった。