第22話:食事会〔1〕
「マルクス様とお食事?」
上がった息を整えて落ち着いてきたところで、それを見計らったかのようにセレナが話し掛けてきた。
「はい。先ほどダラス様がこちらにいらっしゃって…三日後の夜だそうです」
「そ、そう…わかったわ…」
今日でなくて、三日後というのがせめてもの救い。
思わず言ってしまった言葉を彼は忘れてくれてるといいんだけど…。
でも、何でまた急に食事をする事になったのだろうか?
理由はどうあれ、一緒に食事できる事は嬉しかった。
「今からお召し物をどうするか決めましょう!」
「え?今から!?」
「そうですよ!せっかくのお誘いですよ?ここは殿下をぎゃふんと言わせましょう!」
「…うっ…」
何故か気合入りまくりのセレナ。
それに便乗してクラリスまで参戦し、ドレスはこれだのアクセサリーはあれだのと言い出した。
エルマは対照的に落ち着いた様子で二人の選んだ物を指摘している。
ミレーヌはもちろん蚊帳の外だ。
呆れながらそれを遠巻きに見ていてふと気が付いた。
「あれ?リリーは?」
「え…先ほど洗濯物を持って出て行きましたよ」
「そう」
「何かあるんですか?」
「ううん、最近顔を見てない気がして…」
今頃気が付くなんて…。
(これじゃ、主人失格ね…)
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朝から着せ替え人形のようにされていたミレーヌは疲れきっていた。
どんな事を話そうとか考えている余裕すらなかった。
ただ食事をするだけなのに…そんな思いすら抱いたほどだ。
ボソリとそれを言ってしまった為に説教までされてしまった。
「ねぇ…本当に食事するだけなのにこんなに着飾っておかしいんじゃないかしら?」
最後の足掻きと、遠慮がちにそう言っては見たものの、セレナとクラリスにすごい勢いで睨まれた。
そんな様子をリリーとエルマは眺めているだけで助けようとはしてくれない。
いよいよ諦めるしかなくなったミレーヌはため息を吐き出して立ち上がった。
その姿をみて満足しているのはやはり二人だけ。
しきりに「いいですねー」「やっぱりこれだわ!」などと言って頷き合っている。
今日二人に着せられた物は、赤いマーメードタイプのドレス。
大胆に開いた胸元がとても恥ずかしいったらない。
それに合わせる様に、首元にはこれまた大きな赤い宝石のついたネックレス。
髪の毛は何十にも編みこみ結い上げたセレナが言うには最高傑作なんだとか。
その他ジャラジャラとブレスレットやらイヤリングなど、これではとても食事も喉に通りそうに無い。
「では、参りましょうか」
そう言って向かった先は何十人も一緒に食事できそうなぐらい広い部屋だった。
どうやら先に来てしまったようでマルクスは居なかった。
通された席に着席すると、すぐに配膳係が色々と並べていく。
ぼーっとそんな様子を眺めていると、「マルクス様が参りました」と声を掛けてきた。
その言葉にハッと我に返ると急いで立ち上がりドキドキしながらマルクスを出迎えた。
部屋へ入ってきた彼の姿はいつもの格好をしていて、余計恥ずかしさが増した。
(やっぱり、こんな格好するんじゃなかった!)
そう思っても”今から着替えるのでちょっと失礼します”だなんていえる空気ではない。
どうしようと考えている間にも、マルクスはさっさと席へと着席していた。
「……どうぞ、座って…」
「は、はい…」
向かい側に座ったマルクスは腕を組んで何やら考え事をしているようだった。
表情もなんだか厳しい。
やっぱり、別に食事なんてしたくなかったんだという思いが胸に突き刺さる。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「あ、あぁ…」
勇気を振り絞って述べた感謝の言葉にも彼は上の空。
次々と運ばれてくる食事を黙々と食べている感じで、会話もほとんど無かった。
これでは一人で食べているのと変わらない。
話しかけようにも、何と声を掛けていいのか分からず、結局ミレーヌも黙々と食べ物を口に運ぶしかなかった。
食事も終盤に差し掛かったところで突然マルクスが口を開いた。
「ちょっと話がある…」
まさか話しかけられるとは思っていなかったミレーヌは、口に運ぼうとしていた物を危うく落としそうになった。
しかも、話とは何なのか?
もしかしてさっさと国に帰れと言われてしまうのだろうか?
どう考えても頭の中には悪いことしか浮かばない。
その間にも、彼は配膳係やその他付き添っていた者達を部屋の外へと促し、ついに広い部屋で二人っきりになってしまった。
ミレーヌは高鳴る鼓動を抑え、持っていたナイフとフォークをカチャリとテーブルに戻すとマルクスを見据え言葉を待った。
話があると言ったのに、黙り込んでいるマルクスに不安がどんどん増していく。
手に汗が滲み、喉がカラカラになってきた。
彼は一体どうしたのだろうか?
心配になってきた所でついに彼は口を開いた。
「話というのは…これからの事で…」
「は、はい」
「今から言うことは他言無用にして欲しい」
「え?」
「約束できるか?」
他言無用、約束?それはどういう事だろうか?
どう受け止めていいのか迷っていると、真剣な表情をしたマルクスがもう一度言った。
ミレーヌは静かに頷いた。
「今の王妃は後妻だという事は知っているか?」
「…?はい。つい先日侍女の者に聞きました」
「では、前の王妃の事は?」
「亡くなったという事だけで…く、詳しいことは…知りません」
なんだかよく分からない方向に話が進んでいる気がする。
何故、今そんな話をするのだろうか?
そう心の中で考えていると、マルクスは衝撃的な一言を口にした。
「そうか…では単刀直入に言おう。俺の母は…現王妃に殺されたと考えている」
「えっ!?」
「そして今回の縁談に関しても何か考えている節がある…そこで君に頼みたいことが…」
只でさえ殺されただなんて衝撃的な話を聞いて混乱しているというのに、今度は頼みごと?
一体何を頼みたいというのか?
そこでまたマルクスは黙り込んでしまった。
「頼みとは…なんです?」
「……こんなことを頼める立場でないのは十分理解しているつもりだ。一度は君を拒否した身…だが…」
「………」
「俺と結婚する事にして欲しい…」
「え……?結婚…?」
「あぁ…実際に結婚するわけではない。ただ、周りにそう思わせたい」
その言葉を聴いた瞬間、悲しみより何よりも怒りがミレーヌの心に広がり思わず立ち上がっていた。




