第20話:予想外の訪問者
橋の修繕に関する報告書を読んでいると不意に扉を叩く音が聞こえた。
この執務室へは事前に申請などしてからでないと人はやって来ない。
そうでなければダラスか父か?
だが彼らはノックなどしない。
そもそもこんな朝早くに訪問してくるなんて…。
護衛の者も立っているはずだ。
(誰だ?一体…)
出るかどうか迷った挙句結局扉を開けて出る事にした。
少し時間が掛かってしまったから、もしかしたら相手はもう居ないかもしれない。
その場合は誰が着たのか護衛に聞こうと思った。
「誰だ?」そう言いながら扉を開けた先に立っていた人物…ミレーヌだった事に少し驚いてしまった。
彼女は侍女も従えず一人でやって来たようだった。
「何の用だ?」
「え、えーと…」
「悪いが、忙しいんだ。早く用件を…」
急かす様にそう言うとミレーヌは突然視線を下にやったかと思うと「あ、あの!これを返しに来たんです!」と言っていきなり手に持っていた物を突き出してきた。
「は?」
よく見るとそれは昨日ミレーヌに渡したマントだった。
「あ、あぁ…」
やっとミレーヌが何をしに来たのかわかった。
昨日は朝からいつ雨が降ってもおかしくない天気だった。
父の執務室から自分の部屋へ戻る途中、廊下に居たミレーヌが目に入った。
本当はそのまま通り過ぎようと思っていたのに、何故か足は勝手にミレーヌの方へと動いていた。
目の前までやってくると、ミレーヌの体が濡れている事に気が付いた。
指摘すると、彼女ではなく、その隣にいた侍女が雨に濡れたと答えた。
視線を外に移すと確かに雨が降っていた。
よく見れば震えて寒そうだった…。
「それを羽織って行くといい」
そう言ってミレーヌ身体に自分のマントで包むように渡している自分が居たのだ。
何故こんな事を…そう思ってもすでに遅い。
ここ最近の自分の行動には疑問だらけだ。
「あと…ありがとうございました」
昨日の事を思い返していると彼女は礼を言った。
「……別に礼を言う程の事じゃない…」
「いえ。でも、嬉しかったです」
嬉しかった…今、そう言わなかったか?
それはどういう事かと問いただそうと思ったところで彼女は逃げ出した。
駆けていく彼女の背に向かって急いで声を掛けたが、一度も振り返りはしなかった。
ミレーヌが去って行ってすぐに、ダラスが首を傾げながら執務室へと入ってきた。
どうしたと問えば彼はこう言った。
「今、ミレーヌ様とすれ違ったのですが、なんだか急いでいる様子で…何かあったんでしょうか?」
「さぁ…?」
マルクスは知らない振りをしてみたのだが、ダラスは何か感づいているんじゃないかと思った。
まぁ、別に知られたからといって何かがあるわけじゃないが…。
書類に視線を戻し、字を目で追っていると突然ダラスが話し掛けてきた。
「そうそう、時間の調整がやっと整いました」
「………」
「侍女のリリーとは明日午後、ミレーヌ様との食事は三日後の夜です」
「なぁ…侍女はまぁ良いとして……ミレーヌとの食事はしなきゃダメなのか?」
「何を今更言ってるんですか?先ほどあちらの侍女にも伝えてきちゃいましたよ」
「…そうか…」
相手側に言ってしまったのなら仕方ないが、今からでも食事をなかった事にしたいのが本音だ。
(まぁ、どうにかなるさ…)
心の中でそう呟くと食事の事は頭から追いやって仕事に没頭する事にした。
そして、その食事の席で彼の運命は変わっていくことになるとは知らず---------。