第19話:逃げ出したミレーヌ
「ミレーヌ様、どうされたんですか?」
部屋へ戻る途中にセレナにバッタリ出くわした。
彼女はミレーヌの姿を見つけると駆け寄って来た。
髪の毛からは雫がポタポタと垂れ、男物のマントを羽織っているのを見て何とも言い難い顔をしている。
「それが…庭に出たら雨に降られてしまって…今部屋へ戻る所なの」
「そうだったんですか。でも、部屋へ戻るよりそのままお風呂へ入られた方がいいかと…ミレーヌ様は私とこのまま浴場まで行きましょう」
「え?でも…私だけ行くのは…」
「大丈夫ですよ。エルマとクラリスも侍女用の浴場へ行って、温まって来た方がいいでしょうし」
確かにセレナの言う通り部屋へ戻るよりこのままお風呂に入って身体を温めた方がいいかもしれない。
自分も寒いのだから、きっと二人も寒いはずだ。
「そうね。二人ともそうした方がいいかもね」
「…そうしようか?エルマ」
クラリスはエルマにそう問い掛けると「では、これで失礼します。また後で」と言って別の道へと去って行った。
「では、参りましょうか?」
「えぇ」
二人になったセレナとミレーヌは浴場へと向かったのだった。
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夕食も食べ終わり、夜着に着替えたミレーヌはベッドの中に入り、昼間クラリスに取り上げられた本を読んでいた。
目は字を追ってはいるものの、内容は全くと言って良いほど頭に入ってきてはいなかった。
さっきから別な事が頭を過ぎる。
読む事を諦めて視線を本からベット脇に置いてある長椅子へと移した。
そこにはマルクスのマントが折りたたまれて置いてある。
今日のマルクスはやけに優しかった。
思い出しただけで口元が緩んでしまう。
だが、それを払拭するかのように頭を左右に振って邪な考えを追い払う。
ちょっとマントを貸してくれただけで、変に勘違いして期待なんかしたら後で傷つくのは自分だ。
マルクスはただ、ミレーヌを見て寒そうだったから…理由はそれだけだ。
(でも…)
考えは堂々巡り。
期待する自分とそんな期待はしちゃダメだという自分が心の中でせめぎあう。
いつまでもこんな事を考えていては眠るに眠れない。
とりあえず、明日はあのマントを持ってお礼を言いに行こう。
会う口実が出来た事を喜ぶべきか否か…。
(とにかく早く寝なきゃ…)
ただ字を追っていただけの本を閉じるとベット脇の棚に置き、ミレーヌは布団の中に潜ると瞼を閉じた。
あれだけ色々と考えて眠れそうもなかったと言うのに、少し心の整理が出来たからか数分も経たないうちに規則正しい寝息をたててミレーヌは眠りについていた------。
次の日、ミレーヌは朝食を取ると早速マントを抱えて部屋を出た。
行き先はもちろんマルクスが居るであろう執務室だ。
一度訪れているので迷うことなく辿り着いた。
そこまでは良かったのだが、いざ部屋へ入るのを躊躇してしまう。
前回ここでマルクスと対峙した時の事を思い出すと…どうしても扉をノックする手が上げられないのだ。
そんなミレーヌに、扉の左右に立っていた護衛が不審な目を向けてくる。
いよいよ不審な視線を寄越す護衛に何か言われる前に、ミレーヌは一度深呼吸をすると扉をノックした。
緊張がピークに達する。
だが、いつまで経っても扉が開くどころか返事すら無い。
(居ないのかしら…?)
それなら護衛の人が最初からそう言うはず。
何も言わないという事はきっと中に誰か居るはずだ。
もう一度ノックしようと手を上げようとしたところで突然扉が何の前触れも無く開いた。
「誰だ?」
扉を開けたのはマルクスだった。
突然開いた扉にだけではなく、マルクスが自ら出てきた事にビックリしてしまった。
「何の用だ?」
「え、えーと…」
「悪いが、忙しいんだ。早く用件を…」
いきなりの事に頭が真っ白になってしまっていたミレーヌは、自分が何をしに来たのか視線を下に向けた時に思い出し、マルクスの言葉を遮った。
「あ、あの!これを返しに来たんです!」
「は?」
そう言って大事に抱えていたマントを差し出す。
いきなり突き出されたマントに目を丸くしたマルクスは「あ、あぁ…」と言って受け取った。
「それと…ありがとうございました」
「……別に礼を言う程の事じゃない…」
「いえ。でも、嬉しかったです」
思わず言ってしまった気持ちに顔がかぁっと赤くなるのが分かった。
急に恥ずかしくなったミレーヌは「お忙しい時にごめんなさい…わたくしはこれで…」と言うだけ言ってその場を一目散に逃げ出した。
「あっ、おい!」
後ろではマルクスが引き止めていたのも気づかずに…。
そして---------
いきなり「ぜぇ、はぁ」と息を切らしながら部屋に飛び込んで来たミレーヌに侍女たちは首を傾げたのだった。