第17話:丸め込まれたマルクス
夏から開始する王都南端に位置する橋の修繕計画がついに始まった。
これは前の年から出ていた案件だ。
橋は古く至る所に亀裂が入っており、いつ崩れてもおかしくは無い状態。
崩れてしまえば貿易にも支障が出てしまう。
だが、度々議題に上っては先延ばしになっていた。
そして今回別の案件で忙しい陛下の代わりに、マルクスが指揮を執り行う事になったのだ。
ハッキリ言って今は多忙で、本来縁談がどうのと言っている場合ではない。
「これに…サインをお願いします…」
執務室へとやってきた大臣がサインの必要な書類を差し出している。
恐る恐ると言った感じで話しかけられ、マルクスは忙しなく動かしていた手を止めて、ちらりと大臣へと目を向けた。
父より歳のいった大臣だ。
何故かビクビクしながら受け取るのを待っている。
「大臣よ…」
「はい。なんでしょうか?」
「この案件は父が担当していたはずだが?」
「えっ!?そうでしたか?いやー間違えるなんて歳ですかな?はっはっはっ」
そう言って大口を開けて笑っている。
マルクスはそんな事は無視をして書類を突き返した。
大臣は受け取ってすぐにでも部屋を出て行くと思っていたのに、何故かマルクスの前で突っ立っている。
「大臣……まだ何か?」
「あっ…えー…、いやぁ最近マルクス様に縁談があるようですね?」
マルクスの眉がくいっと上がった。
(大臣の目的はそれか……)
「それが何か?」
「いやっ、どうなっているのかと皆も気にしてまして…」
「……気にせずとも、結婚などする気など無い」
「そ、それでは…この塔に今も滞在されている姫君は?」
「勝手に居座っているだけだ関係無い」
「そう申されましても…一度お食事などなさってみてはいかがです?」
関係ないと言っているのに、永遠に続きそうな話にマルクスはうんざりしてきた。
そんな様子のマルクスを無視して「贈り物をされてはどうです」だの「食事じゃなくても、お茶を一緒に」だの勝手に話をしているのだ。
大体贈り物などして、あの姫に勘違いなどされたらどうするつもりなのか?
それを狙っているのかどうなのか分からないが、こんな事を言われては面倒でしょうがない。
だが、ここで話に乗ってしまえば大臣…いや、父の思うつぼだ。
「……仕事が忙しいのだ。そんな暇は無い」
「それでは……」
「いい加減にしたまえ!忙しいと言っている!もうお帰り願いたい」
「で、ですが…」
「ダラス!大臣がお帰りだ」
そう言うと隣の書斎に篭っていたダラスが顔を出した。
「マルクス様、どうしたんですか?」
今まで隣にいて大臣とのやり取りが聞こえず、状況を把握できていないダラスだったが大臣の姿を見てなんとなく想像できた。
「どうしたも、こうしたも無い!只でさえ仕事が立て込んでいる今、大臣の話には付き合いきれん!」
「まぁまぁ…マルクス様の言い分も分からなくないのですが、大臣も陛下に頼まれたんじゃありませんか?」
先の言葉はマルクスに、後の言葉は大臣に向けられた言葉だった。
「え、ええ…そうです。陛下は姫君の事を気にされてます」
「………だったら、俺にどうしろと言うんだ」
「ですから、先ほども申し上げたように姫君と一度食事の席を設けてみてはと…」
「そんな時間は無い」
「食事の時間ぐらいなら何とかなりますよ?」
「何を言ってるんだ、ダラス!!」
いい加減にこの話を終わらせて仕事に戻りたいのに、自分の味方であるはずのダラスまで大臣の話に乗ってしまった。
「マルクス様…ミレーヌ様がそんなにお嫌いなんですか?」
「嫌いとかそういう問題じゃないだろ」
「じゃあどういう問題なんです?」
「………」
「お答えになれないのですね…」
このままでは何を言っても墓穴を掘ってしまいそうで、マルクスは押し黙ったまま答えようとしなかった。
それをどういう風に捕らえたのかダラスは満面の笑みを向けてきた。
全く何を考えているのか分からない。
腹立たしいやつだ。
ミレーヌの事を嫌いだなんて思った事はない。
正直気になる存在ではあるのだが…。しかし、それだけだ。
好きとかそういう感情は無い。
それを言っても余計ややこしくなるだけだ。
「では、ミレーヌ様との食事の時間も調整しなくては……いいですね?逃げ出すなんてことはしないで下さいよ」
「俺は子供じゃないんだ。そんな事するか!」
”食事の時間も”と言ったのはあの侍女との話し合いの時間も調整するからだろう。
「では、大臣…ミレーヌ様と食事をする事にしたと陛下にお伝えください。これであなたの面目も立つでしょう」
「そうですね。やはりダラス殿に最初から頼むべきでしたな。では、私はこれで…」
そう言うと大臣は来た時とは対照的な笑みを浮かべながら帰っていった。
なんだかんだ言っていつの間にか、丸め込まれて食事する事になってしまった。
自分の意志とは関係なく事が進んでいるような気がしてならず、マルクスは無意識にため息を吐いていた。