第14話:アリスからの縁談
突然義母上から部屋へ来るようにと呼び出された。
こちらとしては正直何も話す事は無い…。
あの女が今までずっと沈黙していた事が妙に気になってはいたが…。
南塔から東塔へと繋がる回廊の途中、角を曲がった所で誰かにぶつかった。
注意しようと見てみれば、相手はミレーヌだった。
彼女はなぜか侍女のような服装で土にまみれている。
マルクスは腕を払うと、相手を気遣う事もせずに睨み付けた。
一体この娘はこの城に何をしにきているのか?
別に自分の事を常に気にしろだなんて言わないが、それにしたって王女と言う自覚は無いのか…。
彼女の行動には呆れる。
それとなく指摘してやれば、顔を真っ赤にして必死に土を払っている。
そんな姿を目にして、つい嫌味を言ってしまった。
あんな言い方をすれば、何かしら言い返してくるかと思えば、彼女は俯いて表情を隠してしまい、またしても黙ってしまった。
(なんなんだ?一体…)
しばらく彼女を見つめていたが、一向に黙ったままで身動き一つしない。
「また、だんまりか…」
マルクスは心の中で舌打ちすると、何も言わない彼女の脇を通って奥へと向かう。
だが、すぐに近くの柱の影に身を隠すと、何故かミレーヌの様子を伺っている自分がいた。
(おい!何で俺は柱の影に隠れたんだ!?)
自分がしている行動とはいえ、理解不能としか言いようが無い。
大体自分で傷つけるようなことを言っておいて…。
今どんな表情をしているのか何故か気になってしょうがないだなんてどうかしている。
どれくらいそうしていたのか…気が付けばミレーヌと彼女に付き添っていた侍女の姿もなかった。
「ちっ!馬鹿馬鹿しい…」
そう悪態をつき、マルクスはため息を一つ吐くとアリスの元へ向かうべくその場を離れたのだった。
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「あら…遅かったわね?何をしていたのかしら?」
マルクスがアリスの私室へと足を踏み入れた瞬間、不機嫌な様子で声を掛けられた。
「今、仕事が立て込んでまして…」
「そう…仕事ね…」
まるで”本当にそうかしら?”とでも言いたげだ。
そんなアリスを無視すると「で、何か用ですか?」と話を切り出した。
「あの、小国の姫との縁談はどうするのです?」
「どうすると言われましても…」
(あなたには関係ないでしょう)
そう。関係ない。これは自分の事なのだ。アリスに口出しされる筋合いもない。
そんな気も知らず、アリスは更に畳み掛けるように言い出した。
「マルクスいい?これはあなただけの問題ではないのよ……さっさと破談になさい」
「は?なぜです?父上がそう言ったのですか?」
「あなたにはもっと相応しい方がいるはずよ…」
「相応しい?はっ……意味が分からない…何を持って相応しいのです?」
彼が言った事に答えもせずに、相応しい相手がいると言い出したアリスに思わず喧嘩腰になる。
「そんな屁理屈を聞きたいわけじゃないわ…」
「じゃあ何だと言うのです?」
「妃にしないと言ったのはあなたの方でしょう」
「そうですね。確かに言いました。それは認めましょう。ですが、だからと言ってあなたに何か?」
「何か?そうね…あの娘は正直目障りね」
「………」
「わざわざ陛下のお時間を頂き、話を聞けば縁談を断るどころか保留ですって?なんて図々しい…」
なにが図々しいだ…そっくりそのままあなたに返しますよと言いたいのをぐっと我慢する。
「まぁいいわ…今日はあなたに会わせたい人がいるのよ…」
「……?」
そう言ってアリスは薄く笑うと、廊下へ続く扉の前へ移動して外へと呼びかけた。
「中へ入りなさい…」
「はい…叔母様」
「--------!?」
廊下でずっと待っていたのか呼びかけに返事が返ってきた。
そして、アリスに伴われてこの部屋へ入ってきたのは見た事のある娘-------。
「マルクス…あなたはこの娘との縁談を進めなさい」
「なっ……!!」
「この子は伯爵家へと嫁いだ私の姉の子。名は知っているわね…リリーよ」
何食わぬ顔で挨拶する娘…。
それは紛れも無くミレーヌの侍女リリーだった。