第10話:謁見の間にて
謁見の数時間前-----
「陛下は一体何を考えているのかしら…?」
「さぁ…わかりません」
ここは王妃の私室。すべてのものに贅を凝らした部屋。
そこに居るのは王妃アリスともう一人。
「わたくしは、姪である貴方をマルクスの許婚としようと周りの者に根回しまでしたと言うのに…」
「………」
「これではわたくしの計画が台無し…今まで忌まわしいあの女の息子を自分の子として育てたのは貴方を妃に迎える為…なのに…」
王妃はギリギリと音がしそうなほど歯をかみ締めた。
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ミレーヌはセレナに伴われて陛下が待つ謁見の間へ連れて来られた。
「こちらが、謁見の間になります」
ついに、陛下との面会が叶う。
大国の王様とはどんな人なのか?ミレーヌは緊張した面持ちで、両手を胸の前でぎゅっと握り閉めると、扉の前へ一歩足を踏み出した。
「よろしいですか?」
「えぇ」
うんと頷き、握っていた手を元に戻すと、まもなくセレナによって扉は開かれた。
長い長い玉座への道のりをゆっくりと進む。
ようやく陛下の前へ辿り着き丁寧に膝を折って挨拶をする。
「お目にかかれて光栄です。国王陛下…わたくし、アナタリアから参りましたミレーヌと申します」
「まぁまぁ、顔を上げなさい」
そう言われて初めてミレーヌは顔を上げて周りの状況に意識を向けた。
王座のそばには側近らしき人が2人、腰にある剣に手を添えて立っている。
陛下へ視線を移せば、マルクスに似た顔が目に入った。
やはり親子…それほど、陛下はマルクスが歳を重ねたらこうなるんだという事を主張しているようだった。
父も同じ国王だが、どこかが違う。大国の王としての威厳だろうか?
次に陛下の隣に視線をやれば王妃という存在感をこれでもかと表し、座ってこちらを睨む様に見ていた。
(え……?)
その目を見た瞬間ミレーヌは咄嗟に不自然にならないように、目を逸らした。
心臓がドクドクと鼓動を早めた。
「姫、よくわが国にお出でくださった」
「は…はい」
「まぁ…そう緊張するでない。挨拶が遅れてすまなかった」
「いえ!そんな…」
緊張するなといわれても、王妃の冷たい視線に更に緊張は増してしまっている。
おかげで微かに手が震えてしまい、頭は真っ白だ。
「で、息子には会ったのかね?わしに似ていい男だろう!あっはははは」
「陛下…冗談はおやめください」
「あ、あの…その…」
これから話す内容にどう陛下と王妃がどう反応するのか考えただけでも恐ろしい。
陛下の方は今はとても機嫌が良いみたいだが、怒らせたりなんかしてしまったりしたら、両親はどうなってしまうのか…。
そんな事ばかりが頭によぎってしまい、うまく言葉が出てこない。
でも自分から面会を申し込んでおいてこのまま何も話さないという訳にもいかない。
ミレーヌは勇気を出して口を開いた。
「こ、国王陛下…わたくしは…」
「何だね?何なりと申してみよ」
「……マルクス様との縁談を…一時保留にさせていただきたいのです」
一瞬王妃の眉が上がったがそれを見ていたものは誰もいない。
ミレーヌはどうしても顔を上げて言う事ができず、うつむき加減で言葉を発したため2人が今どんな顔をしているのか見る事ができなかった。
「………」
「勝手な言い分だと、重々承知しております。ですが、このままマルクス様に妃として認められないまま結婚するのはわたくしが嫌なのです」
「………」
「マルクス様がわたくしという人間を知って、それでも無理だという時は…」
「今すぐに縁談を破棄するという考えはないのですか?」
ずっと黙って聞いていた王妃が話を遮り、冷たい声で問いかけた。
突然の事にビクっと肩を揺らしミレーヌは顔を上げた。
ここで顔を合わせてから、冷たい目でこちらを見ていたが、今はさらに凍えるような目で見ている。
王妃はこの縁談が最初から反対だったといわんばかりの態度だ。
対照的に陛下の方はとくに怒ってはいないようで何とも言えない表情を浮かべたままだった。
ミレーヌは静かに首を立てに振った。
「まぁ、アリスよ…こちらから縁談を進めたのだ。姫がそう言うなら無理に縁談を破棄にと申す事はできんだろう。そうだな…三ヶ月…三ヶ月間姫にはこの城に滞在していただき、その間にお互い納得できるよう勤めるとよかろう」
「…っ!陛下!何を言い出すのです!?大体わたくしはこの縁談は反対だと申したではありませんか!マルクス本人も結婚しないといっているのです。なら、縁談を破棄すればいいじゃありませんか!?」
やはり王妃はこの縁談に反対だった。
ミレーヌだって馬鹿ではないし、王妃のあの態度でわからないほうがおかしい。
きっと自分があまり権力の無い小国の出だからではないのか…そんな気がした。
「何を言っておる。これで縁談を破棄すれば、また一からやり直しだ。それではいつまで経ってもあいつは結婚しないではないか!」
「ですが…他にも、もっとふさわしい相手が…」
「ここに居る姫がマルクスの妃にふさわしくないと申すのか?」
「………」
一段と低くなった陛下の声は怒りを含んでいて自分が言われたわけではないのに恐怖を覚えた。
王妃も同じなのか口を噤んでいる。
「わしが、決めた事だ。お前は口を出すんじゃない」
いきなり始まった国王陛下と王妃の口論にどうしたら良いのかわからない。
というか、王妃の「他にもふさわしい相手が」と言う言葉にミレーヌは内心打ちのめされていた。
周りの側近だろう人達も視線を泳がし何かを述べる事は無さそうだ。
ここで自分が何か発言すればさらに王妃からの反感を買いかねないし、得策じゃない。
「姫よ…」
「……はい、国王陛下…」
「他に話は無いかな?」
先ほどとは打って変わって穏やかな口調だった。
だけど、目は笑っていないのがわかった。
言いたい事は取り合えず言ったので、他に話はない。
それに早くこの場を立ち去りたい。
「はい…。お忙しい中ありがとうございました。それでは失礼いたします」
口早にそう言って、礼を取り立ち上がった時に一瞬視界に入った王妃は、怒りと悔しさからか顔を歪ませていた。
入ってきた時と同様、焦る気持ちを抑えてゆっくりと扉まで歩き、謁見の間を後にした。
扉を静かに閉めると緊張の糸が切れたかのようにその場に座り込んでしまった。
それを見たセレナと、リリーが慌てて近寄ってきた。
リリーはここに後からやってきたのだろう。
そして二人はずっとここで待っていたのだろうか…。
「ミレーヌ様…」
扉の外にまで、陛下と王妃であるアリスの言い合いが聞こえていたみたいで二人とも顔面蒼白だ。
きっと自分も同じような表情をしているに違いないと思った。
本当はあまり心配を掛けたくは無いのだけど、さすがに気疲れをしてしまったようだ。
「大丈夫よ…ちょっと疲れてしまったから、部屋に戻って休みたいのだけど…」
そう言った瞬間二人は顔をしかめた。
「あの…ですが…」
「…何かあるの?」
何故かセレナは言い辛そうにしている。
早く部屋へ戻って休みたいのだが、何かあるのにそれを聞かない訳にもいかず、ミレーヌは先を促した。
「それが…先ほど、マルクス様がこちらへ。話が終わったら、自分の執務室にミレーヌ様を連れてくるようにと…」
「え…?」
正直今は誰にも会いたくないのが本音なのだが、相手が相手だけに来いと言われて無視するわけにもいかない…。
ミレーヌはため息を一つついて「わかったわ…案内して」と言うと長い廊下を歩き出した。
今回は陛下だけでなく、王妃も登場となりました。
王妃はこれから話に大きく関わってくる事になるかと…
次回はマルクス登場です。