星醒のアマテラス番外ハクレン/レイヴン編
番外編「光の娘」
第一話「小さな家族」
――アマテリア聖王国。
光の星。
まだ七つの星が戦火に包まれる前の時代。
王都から少し離れた場所に、一つの孤児院があった。
そこには、身寄りのない子供たちが暮らしていた。
その中に――
一人の少女がいた。
白蓮ハクレン。
十歳。
白い髪を揺らしながら、庭を走っている。
「ハクレン、危ないよ!」
声をかけたのは、五歳ほど年上の少年だった。
「大丈夫!」
ハクレンは笑う。
「転ばないもん!」
「そう言って昨日転んだだろ」
「昨日は昨日!」
少年の隣には、同じくらい年上の少女がいた。
「ほら、ハクレン」
少女が手を差し出す。
「おいで」
「お姉ちゃん!」
ハクレンは嬉しそうに駆け寄った。
三人は血の繋がった兄妹ではない。
それでも。
この孤児院で暮らすうちに、三人は本当の兄妹のようになっていた。
少年はハクレンにとって兄のような存在。
少女は姉のような存在。
「今日は何して遊ぶ?」
「お兄ちゃん、木登り!」
「また?」
「だって楽しいもん!」
「じゃあ、俺が下で見てるからな」
「私も!」
姉も笑う。
ハクレンは二人の間に入って笑った。
――小さな家族。
それが、ハクレンにとっての世界だった。
その日。
孤児院に、一人の男が訪れた。
黒い髪。
落ち着いた眼差し。
白衣をまとった研究者。
男の名は――
天城レイヴン。
アルカディアに所属する研究者だった。
「この子ですか?」
孤児院の職員が尋ねる。
「ああ」
レイヴンは庭を見る。
その視線の先に、ハクレンがいた。
「白蓮ハクレン」
「はい」
「少し、手を見せてもらえるか?」
「……?」
ハクレンは首を傾げながら手を差し出した。
レイヴンが魔力測定器を近づける。
――ピッ。
数値が表示される。
レイヴンの目が僅かに細くなった。
「……これは」
通常の光属性適性ではない。
異常なほど高い。
光の魔力。
その奥に眠る、巨大な何か。
「この子は……」
レイヴンはハクレンを見る。
「特別な才能を持っています」
職員が驚く。
「本当ですか?」
「ああ」
レイヴンは静かに答えた。
「アルカディアで、正式に研究と教育を受けさせたい」
ハクレンは二人の兄姉を見る。
「……行かなきゃダメ?」
姉がしゃがみ込む。
「ハクレン」
「……うん」
「怖かったら、いつでも帰ってきていいんだよ」
兄も笑った。
「そうだぞ」
「……お兄ちゃん」
「俺たちは、ずっとここにいる」
ハクレンの目に涙が浮かぶ。
「……うん」
姉がハクレンを抱きしめる。
「頑張っておいで」
「……うん!」
ハクレンは涙を拭った。
「私、頑張る!」
こうして。
十歳の少女は、アルカディアへ向かうことになった。
第二話「師匠」
アルカディア。
巨大な研究施設。
そこには、七つの星から集められた魔力技術とMAS技術が集積されていた。
ハクレンはレイヴンの弟子となった。
「魔力は力じゃない」
レイヴンは教える。
「扱い方を間違えれば、自分自身を壊す」
「はい!」
「もう一度」
「はい!」
ハクレンは必死に学んだ。
魔力制御。
古代文献。
守護獣。
星の歴史。
MAS理論。
そして――
光の魔力。
ハクレンは驚異的な速度で成長していった。
「……やはり」
レイヴンは研究データを見ながら呟く。
「この娘の光属性は異常だ」
通常の光属性能力者とは明らかに違う。
まるで。
何かに守られているようだった。
ハクレン自身は知らない。
その身に宿る光が――
後に「アマテラス大巫女」と呼ばれる存在と深く繋がっていることを。
年月が流れる。
十歳だった少女は。
やがて少女から、一人の女性へと成長していった。
レイヴンとの関係も。
師弟という言葉だけでは表せないものへと変わっていった。
しかし。
それでもハクレンにとって、レイヴンは特別な存在だった。
そして。
ハクレンが十六歳になった頃。
一つの命を宿した。
その子の父親は――
レイヴンだった。
ハクレンは、自分の腹部に手を当てる。
「……この子」
小さく微笑む。
「私が守る」
第三話「光の娘」
一年後。
ハクレンは十七歳になっていた。
そして。
一人の女の子が生まれた。
白い肌。
小さな手。
静かな寝息。
ハクレンは、その赤ん坊を腕に抱いた。
「……アオイ」
それが、その子の名前だった。
「あなたの名前は、アオイ」
ハクレンは微笑む。
しかし。
その隣に立つレイヴンは、違うものを見ていた。
赤ん坊から放たれる微弱な光。
それは普通の光属性とは違った。
古代の文献に記された――
アマテラス大巫女。
その魂。
その器。
レイヴンの表情が変わる。
「……まさか」
アオイが小さく手を動かす。
その瞬間。
室内の光が僅かに揺れた。
レイヴンは息を呑む。
「アマテラス……」
ハクレンが振り向く。
「……何?」
「いや」
レイヴンは笑った。
「素晴らしい子だ」
しかし。
その笑顔の奥に。
黒いものが蠢いていた。
それから。
ハクレンは、レイヴンの変化に気づき始めた。
以前とは違う。
アオイを見る目。
研究対象を見るような目。
いや。
それ以上だった。
「……レイヴン」
「何だ?」
「この子に何をするつもり?」
「何もしない」
即答だった。
だが。
ハクレンには分かった。
何かがおかしい。
そしてある夜。
ハクレンは見てしまった。
レイヴンの背後に浮かぶ――
黒い影。
人の姿をしている。
だが。
人間ではない。
「……誰?」
ハクレンが震える。
影は答えない。
レイヴンの身体へ溶け込むように消えていく。
「レイヴン……?」
男はゆっくり振り向いた。
「どうした?」
その瞳の奥に。
一瞬だけ、黒い光が宿った。
ハクレンはアオイを抱きしめる。
「……怖い」
このままでは。
この子が危ない。
「逃げなきゃ……」
しかし。
十七歳の少女が、一人でアルカディアから逃げ出すことなどできない。
まして。
生まれたばかりの赤ん坊を連れて。
そんなハクレンの前に。
一人の少年が現れた。
第四話「少年」
夜。
施設の通路。
ハクレンはアオイを抱きしめながら歩いていた。
「……誰?」
暗闇から少年が現れる。
黒い髪。
十五歳。
腰には一本の剣。
黒羽クロウ。
「静かに」
クロウは周囲を確認する。
「ここから出る」
「……え?」
「今夜しかない」
ハクレンはクロウを見る。
「どうして……」
「時間がない」
それ以上は言わなかった。
クロウは隠し通路を開く。
「アオイを連れていけ」
「あなたは?」
「俺も行く」
ハクレンは驚いた。
「でも……」
「早く」
クロウが先へ進む。
ハクレンはアオイを抱きしめる。
そして。
少年の後を追った。
三人は施設を抜けた。
追手の目を避け。
暗い森を進み。
夜明け前。
光の星北部。
人里離れた山間へ辿り着いた。
小さな家があった。
古びた屋敷。
三人は中へ入る。
クロウが扉を閉める。
「……ここなら、しばらくは大丈夫だ」
ハクレンはアオイを抱きしめる。
「……ありがとう」
クロウは答えなかった。
ただ。
窓の外を見る。
静かな夜。
星空。
ハクレンは疲れ切った身体を壁に預ける。
アオイは腕の中で眠っている。
「……この子だけは」
ハクレンが呟く。
「絶対に守る」
クロウは何も言わない。
ただ。
腰の剣に手を添えた。
その瞬間だった。
――ゴォォォン!!
屋敷の壁が吹き飛んだ。
黒い魔力が流れ込む。
「……!」
ハクレンがアオイを抱きしめる。
クロウが前へ出る。
煙の向こう。
人の姿に見える黒い影が立っていた。
その存在から。
異常な闇の魔力が溢れている。
「……闇影」
クロウが呟く。
第五話「闇に堕ちた剣」
「光の器を渡せ」
闇影が言う。
ハクレンは震える。
「嫌……」
クロウが剣を抜く。
「断る」
闇影がクロウを見る。
「お前が守るのか」
「そうだ」
「その子が何なのか、理解しているのか」
クロウは答えない。
ただ。
一歩前へ出る。
「関係ない」
剣を構える。
「この子は渡さない」
闇影の黒い魔力が膨れ上がる。
次の瞬間。
クロウが地面を蹴った。
――ザンッ!!
剣が闇影を斬り裂く。
しかし。
黒い影は崩れない。
そのままクロウの腕を掴む。
「……っ!」
黒い魔力がクロウの身体へ流れ込む。
「ぐっ……!」
クロウは剣を振る。
闇影の腕を斬る。
だが。
切断された黒い腕は再び形を戻した。
「くそ……!」
クロウが後退する。
闇影が迫る。
クロウは再び踏み込む。
剣。
拳。
蹴り。
黒い魔力。
二人の肉弾戦が続く。
「ハクレン!」
クロウが叫ぶ。
「アオイを連れて逃げろ!」
「でも……!」
「早く!」
ハクレンはアオイを抱きしめる。
「クロウ……!」
「振り返るな!」
ハクレンは走った。
クロウは一人残った。
闇影が笑う。
「なぜ守る?」
「……」
「その少女に何の価値がある?」
クロウは答えない。
ただ。
剣を握り直す。
「俺が……」
黒い魔力が身体へ侵食していく。
腕。
肩。
胸。
首。
皮膚の下へ、闇が入り込んでいく。
「ぐああああっ!!」
クロウが苦しむ。
それでも。
剣を離さない。
「……守る」
闇影の声が響く。
――その少女は光だ。
「知るか……!」
――アマテラスの器。
「そんなもの……」
クロウの瞳が赤く染まる。
「……どうでもいい」
黒い魔力がさらに侵食する。
それでも。
クロウは立っていた。
「俺は……」
震える声。
「俺が、守りたいから守る」
闇影がクロウの身体を包み込む。
「ならば――」
黒い魔力が爆発する。
「その闇を受け入れろ」
クロウの身体が大きく揺れる。
「――ぐっ……!」
意識が遠のく。
それでも。
最後にクロウの脳裏へ浮かんだのは。
アオイの小さな顔だった。
「……生きろ」
その言葉とともに。
クロウは闇に飲み込まれた。
第六話「十五年前の夜」
森の中。
ハクレンは走り続けていた。
腕の中のアオイが泣いている。
「ごめんね……」
ハクレンは息を切らしながら呟く。
「怖いよね……」
しかし。
アオイは泣きながらも、ハクレンの服を小さな手で握っていた。
「大丈夫」
ハクレンは涙を拭う。
「あなたは、私が守る」
そのとき。
遠くの空が黒く染まった。
ハクレンは振り返る。
「……クロウ」
巨大な黒い魔力が夜空を覆っていた。
そして。
その中心に、一人の男が立っている。
クロウだった。
だが。
その姿は、先ほどまでとは違っていた。
身体を覆う黒い魔力。
赤く光る瞳。
手には、闇の剣。
「……クロウ……?」
ハクレンが呟く。
クロウは、遠くにいるハクレンとアオイを見つけた。
そして。
苦しそうに目を閉じる。
「……行け」
声だけは、まだクロウだった。
「ハクレン……」
「……!」
「その子を連れて……遠くへ行け」
ヤミカゲの声が重なる。
――逃がすな。
クロウは頭を押さえる。
「黙れ……!」
――その少女は、光だ。
「……知るか」
クロウの身体から、さらに黒い魔力が噴き出す。
それでも。
クロウは剣を下ろさなかった。
「……俺は」
震える声で呟く。
「俺は、あの子を守る」
ハクレンの目から涙が落ちる。
「クロウ……」
クロウは、ほんの少しだけ笑った。
「だから……行け」
ハクレンは頷いた。
「……必ず迎えに行く」
「約束する」
ハクレンはアオイを抱きしめ、森の奥へ消えていった。
クロウはその背中を見送る。
やがて。
完全に姿が見えなくなった。
クロウは一人、夜空を見上げる。
「……これでいい」
ヤミカゲが囁く。
――なぜ守る?
クロウは答えた。
「決まってる」
そして。
「俺が、そうしたいからだ」
一瞬。
黒い魔力の中に、白い光が走った。
ヤミカゲが沈黙する。
クロウは剣を握り直す。
「アオイ」
その名を、静かに呟く。
「……生きろ」
十五年前。
一人の少女の命を守るために、一人の男は闇を選んだ。
そして。
その少女が十五歳になったとき。
七つの星を巻き込む戦争が始まる。
――すべては、この夜から始まっていた。
第七話「小さな家族」
夜が明けた。
ハクレンは森を抜けた。
身体は限界だった。
それでも。
腕の中のアオイだけは離さなかった。
やがて。
見覚えのある道へ出る。
「……ここ」
ハクレンが呟く。
かつて自分が暮らしていた孤児院。
扉の前に立つ。
そして。
震える手で扉を叩いた。
「……誰?」
聞き覚えのある声。
扉が開く。
そこに立っていたのは――
かつての姉だった。
「……ハクレン?」
二人はしばらく動かなかった。
「……お姉ちゃん」
姉の目が大きく開く。
「ハクレン……!」
抱きしめる。
「ハクレンなのね……!」
「……うん」
涙が溢れる。
その後ろから。
かつての兄も現れた。
「……ハクレン?」
「お兄ちゃん……」
三人は抱き合った。
七年ぶりだった。
やがて。
姉がハクレンの腕の中を見る。
「この子は……?」
ハクレンはアオイを見る。
「私の娘」
二人は驚いた。
ハクレンは震える声で続ける。
「この子を……」
「お願い」
「私には、この子を守り続けることができない」
姉がハクレンの手を握る。
「……分かった」
兄も頷く。
そして。
アオイを優しく抱き上げる。
「この子は――」
二人が顔を見合わせる。
そして。
「私達が必ず立派に育てる」
ハクレンの目から涙が溢れた。
「……ありがとう」
姉が笑う。
「家族でしょう?」
その言葉に。
ハクレンは声を上げて泣いた。
七年前。
自分を送り出してくれた二人。
今度は。
自分の娘を受け入れてくれた。
ハクレンは眠っているアオイの頬に触れる。
「アオイ」
小さく囁く。
「いつか……」
「あなたが大きくなったら」
「きっと、また会いに来るから」
アオイは眠ったまま。
小さな手を動かした。
ハクレンはその手に指を重ねる。
そして。
「……元気でね」
最後に一度だけ。
娘を抱きしめた。
それから十五年。
アオイは何も知らずに育った。
自分が何者なのか。
母が誰なのか。
そして。
十五年前。
一人の少年が自分を守るために闇へ飲み込まれたことも。
何も知らないまま。
普通の少女として。
十五歳の春を迎えた。
やがて。
七つの星を巻き込む戦争が始まる。
そして。
その戦場には――
かつてアオイを守った少年。
黒羽クロウの姿があった。
今度は。
仮面を被った、彼女の宿敵として。
番外編「光の娘」――完。




