#発狂令嬢と、かの男爵の結婚式
どんな身分でも貧富の差はあるもの。
たとえ貴族と呼ばれようとも、今日の食事すら儘ならない御家もあるのです。
ハノーズ侯爵家は家柄こそ立派ですが、領地の経営は赤字まみれ借金まみれ、粉飾決算が横行する没落寸前の貴族家でした。
そこに救いの手を差し伸べた者がひとり。
新興の富裕層として台頭してきたタロン男爵です。タロン男爵は稼いだ金で爵位を手に入れたものの、庶民の出であるため社交界に馴染めないことを歯痒く思っていました。
まだ三十路前の、しかも独身の彼は、結婚でこの問題が解決できることに気が付きます。
タロン男爵は、ハノーズ侯爵家への援助と引き換えに侯爵家の長女と『婚約』することを提案し、背に腹はかえられない侯爵家は渋々了承しました。
1年の婚約期間が過ぎ、今日こそがハノーズ侯爵令嬢とタロン男爵の結婚式の日。
花嫁の望まぬ政略結婚だとしても、挙式のプログラムは着々と進みます。
神父の言葉のもとに指輪を交換し、そして誓いのキスを……の瞬間、闖入者が現れました!
バンッと扉を叩き開け、ズカズカと入ってきた男は、侯爵家と男爵が交わした誓約書を持って大きく息を吸い込みました。
実は侯爵家の領地経営での赤字は、帳簿管理を任せていた執事が長年資金をくすねて別事業に使い込んでいた所為だったのだと。現在、その別事業を売買し、得た金で男爵から借り入れた援助金は利子を含めて全額返還可能であり、この結婚は無効であると男は叫びます。
闖入者の男の勢いに押されていた男爵も負けじと言い返します。ですが、侯爵令嬢が指輪を突き返し、そのまま男の方へ抱きつきいたとなればもうどうしようもありません。
タロン男爵を教会に残し、花嫁は彼女の想い人と立ち去りました。
男爵は膝から崩れ落ち、呆然と花嫁らの後ろ姿を見送ります。
……さて、『彼氏募集中』発狂令嬢マリエリ様は偶然、侯爵令嬢と男爵の結婚式に参加していた招待客のひとりでした。
クラーラ嬢に彼氏を探す努力をしろと言われたばかりのマリエリ様がなぜ他人様の結婚式に参席しているのでしょう?
マリエリが参席した理由はただひとつ。
花嫁のブーケトスをなんとしてでも勝ち取ること。花嫁のブーケを得た者は、次に結婚できるといわれますから。
しかし、その望みも潰えた今。
可哀想なことに置き去りの男爵が膝をつくのみ。
マリエリ様はその様子を見るに見かねて、彼へ手を差し伸べることが急務に思えました。
(傷心の男爵を慰めることができれば、トントン拍子に彼氏になっていただけるかも……!)
同情の裾に下心がしがみついておりますが。
マリエリ様は、自分が結婚相手になると名乗りを上げる為、バージンロード上の男爵に手を差し伸べました。
「頭を下げるのは男爵らしくありませんね」
男爵は俯いたまま、言い返しました。
「私の何を知っている。この結婚式は私にとって大事な……人生を変える転機だった、それなのに……!」
「商談も愛も同じですよ」
ハッと男爵は顔を上げました。
「なぜ屈するのです。学びを糧に、次の機会を地道に探すしかありません。今までの貴方はそうして男爵の座まで、のし上がってきたのでしょう?」
「君は……いったい……いや、哀れな私を励ましてくれた令嬢に感謝する。花嫁にも聖職者にもできなかったことだ。ありがとう」
彼女の差し出した手を男爵は握り返しました。
そして彼と手が触れた瞬間、マリエリの意識にある一場面が浮かびました。
夕焼けの渓谷を背景に男爵と少女が言葉を交わしています。
『死なせてしまった私の恋人に申し訳ない』
『いいえ、マリエリ・サースブライトは貴方の幸せを願っているはずです。彼女は真に美しい心の持ち主でしたから……』
少女は俯き、ガラスのような雫を頬からこぼしました。
『それに私は貴方の一番でなくても幸せだから』
『○○○〇○! ……すまない、今まで私は過去に囚われていたみたいだ。マリエリのことは過去の私が一番に愛している。現在の私が一番愛しているのは君だけだ!』
男爵と少女が熱い抱擁を交わします。
そう遠くない未来、男爵が結ばれる感動的な光景です。
……残念ながらマリエリは死んでしまっていますが。
「サースブライト嬢?」
「そう、そんなものよね……いつでも悪役なのよね……私ってば……」
小声で呟く声は誰にも聞こえません。
マリエリ様は絶望しましたが、切り替えは早い方なので直ぐに笑顔を見せました。
「貴方のことはキチンと社交界に紹介いたします。ハノーズ侯爵家に代わり、その大役、伯爵家が引き受けましょう」
「ありがとう。私より年下の貴女に助けられるなんて、なんとお礼を言ってよいのか」
「能ある貴族にとって当然のことですわ」
マリエリには特殊な能力がありました。
結婚対象と認めた人物の結ばれる未来を、接触で予知できる能力です。
言い換えれば、惚れた相手に触ると相手のハッピーエンドが見えるのです。
なお、マリエリが予知した未来は現在の行動によって改変可能です。
でなければ、最初の婚約者が他の令嬢と結ばれた時にマリエリは死んでいたでしょうから。
結婚式から花嫁が略奪される一大事が当事者納得の形でおさまり、参席者の皆様は解散。
マリエリ様は男爵にも、あわや男爵に婚約の不履行を追及され賠償を請求される惨事にあった侯爵家からも感謝され、手ぶらでも満足気に帰宅しました。
「……と、この前の侯爵家と男爵の結婚式であったことです。結局、花嫁のブーケは貰えませんでした……彼氏が欲しいです……」
マリエリは深い嘆きの中にいました。
もちろん、クラーラ令嬢とロミ令嬢はいつも通りのことに呆れています。
「男爵の手を取った後もう少しアプローチできなかったのですか」
「あ、それはぁ……」
触れると惚れた相手の未来が見える能力の説明をマリエリ様は省いており、今の今まで誰にも話していません。
なぜなら、ハッピーエンド直前の未来なんてものはマリエリのデッドエンド直前なのです。その時期にあらかじめ回避していなければ、彼女の死をもって予知を証明する羽目になってしまいます。
実際、マリエリも最初の婚約者の時は死の未来にたどり着く一歩手前になるまで信じていなかったのです。
きっと体験しない限り令嬢方の納得は期待できません。
「傷心の男性を目当てにする作戦……なるほどね」
クラーラ令嬢はひらめきました。
「いいでしょう。結婚相手を捕まえられない貴女の為にある舞踏会のチケットをお譲りします」
「本当!? あ、でも、私が欲しいのは彼氏であって一段飛ばしに結婚相手という訳では〜」
言い訳を吐きつつ喜ぶマリエリ様。
不運な同席者ロミ令嬢は、クラーラ令嬢へ耳打ちをします。
「何言ってるんですか!? また恋人のいない無駄話か失恋の話し相手にされるだけですよ!! 今日みたいに……5時間ぶっ通しの今日みたいに! ……今日みたいに!!!」
「そうして何もせず『また』を何度繰り返しますのっ!? さっさと良い人を見つけて家庭を持ってもらえなきゃずっと来ますわよ! この発狂令嬢は!!!」
準備よく懐から取り出された招待状がマリエリ様の手元におさまります。
「開催は明後日。準備の為に今日は帰られた方がいいわ」
「お言葉に甘えて! ありがとう、クラーラ!」
嬉しそうに舞踏会の招待状へ頬擦りするマリエリ様に丁重にお帰りいただいた後、クラーラ令嬢は高々に笑い上げました。
「ただし、参加していただくのは婚約破棄の舞踏会ですわ……!」
「え? あの……これは噂の第二王子が参加されるものでしたよね。婚約破棄される方は、お相手の令嬢だから傷心につけ込む男性はいませんよね?」
「……!」
ロミ令嬢の言葉に激震が走るクラーラ令嬢。
的確な指摘が示唆する展開は最悪そのものでした。
「マリエリ様が善人なら、理不尽な婚約破棄をした第二王子に突っかかりそうです。いいえ、突っかかります。そうしたら、クラーラ令嬢の紹介で来たのが発覚して、王家を敵に回しますよ」
「うぐ……ぐ、はやる気持ちが裏目に出てしまいましたわ。……しようがありません……何かしら手を打っておきましょう」
前途多難。
クラーラ令嬢の脳裏に浮かぶのは、マリエリをお茶会に招待した前主催者の憎たらしい面でした。




