4.とある兄弟たちの未来の話④
お読みいただきありがとうございます。
しかも、ラグドールの言葉はまだ終わらなかった。
――私の本来の名は、従来知られているものではない。真の名が別にある
さらにいきなりのカミングアウトを始めた最古の精霊に、もしやコイツは本当に耄碌してボケたのではないかと思ったアルシオだったが、どうやら事実らしい。神々もラグドールの真名を知っているので、疑うならば確認してみれば良いと言われれば、信じざるを得なかった。
――お前たちには教えておく。私の本当の名は……
歴史の中に埋もれさせたまま秘していた真の名を開示した最長老は、続けてこう告げた。
――もし今後、お前たちが本当に困って進退窮まる状況になれば、我が名を強く呼ぶが良い。私が蘇ったからと言って、神成したお前たちの手に負えない状況をどうこうできる保証はないが、何かの力にはなれるかもしれない
思念の残滓のフリをしていた時は丁重な喋り方を崩さなかったラグドールだが、自身も正真正銘の神と同じ神威を使えると告白した後は敬語をやめていた。実質的に使役を脱したも同然であり、神成したアルシオたちと同等な立場になったからだ。
滔々と語るど腐れ爺に、アルシオは問いかけた。『あなたは神成して共にいようという神々の誘いすら幾度も断って消滅を選んだ。にも関わらず、私とウォーロックの声ならば応えるという。何故それほど私たちに重きを置くのですか?』と。
自分たちの目的のために、散々こちらを利用した負い目ゆえだろうか。だがそれならば、同じく彼らの暗躍で被害をこうむったシルファールやミスティーナも呼びかけの対象に含まれているはずだ。そうではなく、アルシオとウォーロックの声に限定しているのは何故なのか。何か別の理由があるのだろうか。
だが、返事は静かな笑声のみで、具体的な言葉は何も無かった。
そして終わりの瞬間を迎えた時、形なき想念であった意思は少しの間だけ、生きていた頃の姿を取って具現化した。
透明になって跡形も無く消えゆく先駆者たち。その中でも最古参であるラグドールが、被っていたフードを初めて外した。
現れたのは、アルシオと同じ深紫の瞳に、ウォーロックと同じ青緑の髪。彼はアルシオとウォーロックが生まれたのと同じ天樹の雫から誕生していたのだ。
――幸せにおなり、我が弟たちよ
それがラグドールの思念が遺した最期の言葉だった。驚愕で凍り付いているアルシオとウォーロックに向かって、慈愛に満ちた眼差しと温かな笑みを注ぎながら、原初の精霊はその存在を消し去った。
当時のことを回想して渋面を作っているアルシオに、ウォーロックが困ったように苦笑した。
『兄さん、老害共だなんて言ったら駄目だよ。先達の皆様と言わないと。僕も思念状態で話しかけられた時は、また何かされるんじゃないかって不安だったけど。でも、お話ししてみたら驚くほど優しかったし、色んなことを丁寧に教えてくれて、すごく物知りだったんだよ』
表向き用に被った長老の仮面の下で、ラグドールはアルシオとウォーロックのことをずっと案じていたという。先達たちの思念を見送った後、最高神や狼神など古き神々に聞き込みを入れて分かったことだ。
おかしいと思う相手であれば上司であろうと突っかかり、当時の大精霊であったイーネストから疎まれていたアルシオ。色々とすっこ抜けてガードが緩すぎるウォーロック。遥かな時を超えて生まれた弟たちが可愛くて可愛くて、心配で心配で仕方がなかった。
だが使役は皆、大なり小なり辛い思いや苦労をし、踏みにじられたり理不尽な目に遭いながら生きている。他の者たちもそれぞれに苦境を舐めている中、特定の者だけを表立って庇うことはできなかった。イーネストに睨まれていた精霊時代のフレイムのことも気にしていたが、同様の理由で大きな動きはできなかったという。
なにせ、大精霊であったイーネストは神の領域に半身を踏み入れている存在であり、広義では神々の同胞だったのだ。加えて警戒心が強いので精神を全力でブロックしており、内面に干渉してどうこうすることも難しかった。さしもの先達たちも迂闊なことはできず、本当にまずい事態になる前に、影から手を回すのが精一杯だった。
しかし他の使役と違い、アルシオとウォーロック、フレイムには光明が見えていた。神々から目をかけられているという希望だ。フレイムは未定だが、弟たちはいずれ神成できる。そして永劫に救われる。ラグドールはそう確信していたそうだ。
弟たちを愛しながらも本心のままに動くことができないラグドールが秘めていた私的な悲願は、その幸福な未来がなるべく早期に、そしてより良い形で実現することだった。
ありがとうございました。




