2.とある兄弟たちの未来の話②
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『お前とアーディエンスが残した功績は大きい。使役界を救う成果を上げた』
『それはアーディエンスの手柄だよ。頑張ったのはあの子であって僕じゃない』
『またお前はそんなことを言う』
嘆息したアルシオが、緑の褥から身を起こした。天界の気を浴びてキラキラと輝く草葉が宙を舞う。
『ウォーロック。上級精霊として復帰した後のお前の軌跡を整理してやろうか? ――お前は悪神になりかかったのだったな。復帰後も良心の呵責でウジウジウジウジウジウジウジウジ悩み続けている内に、その心に呼応し、箔付けの神格が鈍黒を帯びて悪神化しかかった』
箔付けの限定的なものであるが、神格は神格。魂の状況によって悪神化することはある。だが、実際にそのような事態になったことは前代未聞だった。神々はウォーロックを無理に自分たちの前に引きずり出すことはせず、アーディエンスや世話役を通じて様子を見守った。
『だが、それが始まりだった。悪神になりかかったことで、お前は使役たちが発する負の念が美味であることに気が付いたのだからな』
醜悪な物は悪神たちの好物だ。暗い感情や濁った気も然り。老害腐れ爺となった先達たちが必死に処理して来た負の念を、ウォーロックは美味いと感じた。
『お前はそのことをアーディエンスやあの先達共の思念に打ち明けた。そして、専用の霊具を作って使役から発される負の念を集め、一定期間ごとに悪神に献上する儀式を新設する案を打ち出した。悪神様方はお喜びになるのではないかと』
完全なる神を――仕える主を利用して負の念を処理する。永き時を在った老害先達たちですら思い付かなかった、斬新な発想だった。いや、彼らは長く生きているがゆえに使役根性が最奥まで染み付いており、だからこそ主君である神々を用いるという考えに至らなかったのだろう。
『天の使役たちにとって、悪神は恐怖の対象だから。悪神を対象にした献上品が上げられることはあまり無かっただろう。下手な真似をして興味を持たれたくなかっただろうしね』
ウォーロックが遠慮がちに微笑んだ。
『でも、悪神だってれっきとした神だ。使役が礼と敬意を尽くすべき対象だよ。だから、負の念が使えるなら使おうと思ったんだ。ほんの少しだけでも良いからお喜びいただければ、使役としては本望だからね』
アーディエンスはウォーロックのアイデアをすぐに受け入れた。清廉潔白かつ真面目なアルシオやシルファールであれば、躊躇していただろう。自分たちが垂れ流したものを処理するために、畏れ多くも神々を使うような真似をしても良いのか、と。
だが、使役界の底辺と汚濁をその身で体験して来たアーディエンスは、色々な意味で精根逞しかった。
そして結果論ではあるが、悪神側も怒るどころかノリノリでその案を裁可した。
ちなみに、老害たちが最期にして最大の賭け事に巻き込む形で、問題のある使役を一掃し、使役界の負の念をごっそり昇華してくれていたことも状況を良い方に後押しした。一時的に負の気が薄まっていたのだ。霊具で受け切れるほどに。
『そんなお前の心がけが、禍神様のお気に召したわけだ。……私とお前はつくづく似ている』
やはり兄弟だという呟きが、風に乗って大気に溶けた。
使役たちが内心では軽んじる低位の神にも礼儀と忠節を尽くしたアルシオ。使役たちが恐怖し目を背ける悪神にも崇敬と真心を捧げたウォーロック。彼らの有り様と精神性は、神々に認められた。真実の意味で同胞に迎えるに相応しいと。
『悪神たちは、使役から恐れられ避けられることを全く気にしていなかった。同胞以外の存在からどう思われようが、意に介することなどないからな。……だが、それはそれとして、自分たちのための儀式ができることに悪い気はしなかったそうだ』
もはや完全に微睡みから覚めたのか、凛と開かれたアメジストの瞳が弟に据えられた。
『事の発案者であるお前に好印象を抱かれた禍神様が、他の最高神に諮り、お前の神成が決定した。お前は元から神々に愛されていたからな、誰も反対せずすんなり決まったそうだ。そしてお前に正規の神格が与えられた。……事前の通達なく授けるという異例の形で』
通常の手順で神格を下賜しようとすれば、ウォーロックは拒絶する可能性が高かった。自分にそんな資格は無いと言い張るに決まっている。箔付けの神格すら、返上したいと幾度も漏らしていたほどだ。その度に神々が却下したため、実現しなかったが。
当事者が拒否しようが否応無く神格を与えることはできる。だが、短時間でも不毛な問答を行うくらいならば、何も言わず神に上げて後から伝えよう、というのが最高神たちの出した結論だった。神は強引で身勝手なのである。ラグドールたちに幾度も神成を断られたことも影響していたのかもしれない。
かくして、ウォーロックは自身も知らぬ間に正式な神に上げられた。そのまま神格を馴染ませるための眠りに落ち、夢の中にて事後報告の形で神成を聞かされるという衝撃の展開となった。
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