5.一か八かで呼ぶ
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『――正気ですか』
束の間流れた黙を破り、ボソッと呟いたのはアーディエンスだ。もはや疑問符すら付けていない。
『確かにそれなら可能性はありますが、そもそも彼らはもういないでしょう。跡形もなく消滅したんですから』
『いや、蘇ってくれるよ。僕と兄さんが呼んだらね。ラグドール様ご自身がそう言っていた』
『『え?』』
アルシオとウォーロック以外が呆気に取られた声で聞き返した。あの精霊の今際の言葉を、彼らには伝えていなかったから。
『あの方々はお休みになられることを渇望されていました。復活するとは考えにくいですが、お父様と叔父様がそろってそう仰せということは真実なのですね』
『ああ』
『きっと……ううん、絶対戻って来てくれると思うよ。僕はそう信じてる』
『いや、ちょっと待って下さい。父さんとアルシオ様が呼べば蘇るって、何で……。あれだけ疲れて、もう終わりにすると決めてたのに』
解せない様子のアーディエンスに、アルシオとウォーロックは告げた。
『お前たちには話していなかったが、ラグドールは私たちの兄だそうだ。同じ天樹の雫から生まれたらしい。ついでに本当の名もラグドールではなかった。真名が何であるかは聞いている』
『弟の僕たちが本名を呼んだら戻って来てくれるんだってさ。他の先達様方も一緒に、今度は本物の神になった状態でね。神々がそうなるようにしてくれたって言ってたよ』
『『…………』』
今度こそ全員が黙り込んだ。いきなり明かされた事実に唖然としている。ただ一柱、アーディエンスは目を見開いたまま口の中で呟いていた。
『兄……そうか、だからだったのか。だからあれほどまでに……』
だが、その声は音になるほどの大きさはなかった。今は時間が惜しいと、アルシオは弟に向き直った。
『他に良い策は思い付かない。一か八かだ。呼ぼうウォーロック』
『……そうだね、兄さん。今取れる手段はそれしかないと、僕も思う』
覚悟を決めた目でウォーロックが同意した。そして、二神で並んで立つ。
『だけど、神成した使役はものすごい眠気に襲われて何日か寝込んでしまうよね。復活していただいたは良いけどすぐ眠ってしまわれるかもしれないよ。そうなったら無意識に自分の心身に神威の防御を張るから、揺り起こすこともできなくなるし』
『眠り切る前にガクガク揺さぶってでも起き続けていただく。もしくは眠った彼らの夢に出て起きろと叫ぶ。どうにか波長を合わせれられば夢を通じてコンタクトすることもできるはずだ。お前が神成した時もそうだったのだろう』
『うん、まあ……というかガクガクって……そうだね、事が済むまではどうにかして起きていていただかないと』
苦笑いしたウォーロックが頷いた。気のせいか若干引き気味だ。
『賭けてみるしかないですね。お願いしますお父様、叔父様』
『それならきっと上手くいきます。やって下さい』
さすがというべきか、シルファールとアーディエンスはさっさと平常心に立ち戻った。ミスティーナも落ち着きを取り戻し、目を白黒させるイルーナの背を撫でている。
『…………』
アルシオは横目でアーディエンスを見た。最も大切なウォーロックを好き放題に弄られたはずの彼までが、その現況を復活させる提案をあっさり受け入れた。無限の同胞愛も理由の一つだろうが、大きな要因は他にある。
アーディエンスはかつて、アルシオにこっそりと話してくれた。『神成した後に気付いたが、ラグドールたちはウォーロックの内面に干渉していた際、密かに守護の力を注いで浸透させていたようだ』と。
あまりに無防備で無警戒なウォーロックが、良いように食い潰されたりしないように。ラグドールは自身の神威で弟の魂に強力な防御を張っていた。あえてウォーロックを操作対象に選んだのは、その仕込みを奥まで届かせるためという理由もあったのかもしれない。
アーディエンスは神成した後にそのことを察し、ウォーロックを操りながらも必死に守ろうとしていた彼らは敵ではないと認定した。
加えて、実はイーネストの失脚後、彼の妻子であるアーディエンスとイルーナが神々から疎まれないよう、ラグドールたちが陰から取りなしていたことも明らかになった。アーディエンスが神成した後で、神々が教えてくれたのだ。
そのことについては、アルシオも大精霊であった頃から薄々察していた。あの腐れ爺共は汚れ役を引き受けているだけで、魂の中まで腐敗しているわけではないと知っていたからだ。
火神を含む最高神はもちろん、天界を裏から統べる狼神にすら通じていた先達精霊のフォローがあったおかげで、アーディエンスは神々から抱かれる心象を回復させることができた。だからこそ、ガルーンの息子であるガレーンのような苦境にはならなかった。そして彼自身の努力を認められ、大精霊としても受け入れられた。
ラグドールたちは思念となった後もアーディエンスの夢や意識に語りかけて彼を支えていたが、それと並行し、彼が神成する瞬間まで神々への取りなしも含めたバックアップも続けていたという。アーディエンスの神成が承認されたのは、その要素もあったそうだ。
その事実を知らされたアーディエンスは、先達たちへの認識をさらに格上げして味方認定したらしい。自分が神成したことで母イルーナにも神格を与えることができ、母子共に救われたから、と。
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