1.とある兄弟たちの未来の話①
お読みいただきありがとうございます。
『神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました』に登場するサブキャラ、アルシオやウォーロックたちをメインにしたスピンオフです。
本編を読んでいなければ内容が分からないと思いますので、ご了承ください。
隔日で更新していきます。序章は全9話、第1章は全60話です。
地の文でかなり説明が多いので、何話かまとめて読んだ方が読みやすいかもです。
序章9話はアルシオとウォーロックが会話しているだけで、動きはないです。
◆◆◆
頭上から降り注ぐ暖かな神威は、おろし立ての羽毛布団のごとく。体の下に敷いたふかふかの緑の感触。天然の寝具に包まれて目を閉じていると、微かな気配を感じた。自分の側で数瞬ほど立ち止まった後、遠慮がちに隣に腰を下ろし、そのまま微動だにしなくなる。
『お前も横になったらどうだ』
『……僕は良いです』
さらに数呼吸の沈黙が流れてから唇を動かせば、小さな声が返る。きっと困ったような微笑を浮かべているのだろうと思い、アメジストの目を薄く開くと、予想通りだった。眦を下げてこちらを見ていたトパーズの瞳が、視線が合うと見事に宙を泳ぐ。
『僕はあなたの隣でのんびり昼寝できる立場じゃないですから』
『まだそんなことを言っているのか。その魂に帯びる神威はハリボテではないだろう。お前とて最高神から認められ神成した身。最高神共通の従神でもある。もっと自分に自信を持て。それに、私に対して丁寧語も不要だと言ったはずだ』
私たちは兄弟なのだから、と呟けば、ウォーロックは黙り込んだ。やがて、蚊の鳴くような声で言葉を紡ぐ。
『……ありがとう、アルシオ兄さん……』
◆◆◆
それは過ぎ去りし日の話。アルシオとウォーロックがまだ精霊であった頃。現役を退いた神格持ちの使役たちにより、ウォーロックは精神を大幅に改竄されて傀儡と化しめられ、アルシオの息子シルファールを深く傷付けた。
先達の使役たちにも事情があった。しかし、それと関係者が負った心の傷は別の話だ。シルファールは少しの間、トラウマで茶会に参加することが難しくなり、両親やフレイムなど本当に信頼できる者が作った茶菓しか口にできなくなった。
多くの使役に迷惑と心配をかけてしまったことを引きずり、元気のない顔を垣間見せることも度々あった。
だが、シルファールより遥かに深刻だったのは、自覚のない内に加害者となってしまったウォーロックだった。
可愛い甥に取り返しの付かないことをしてしまった、生涯に渡って残る傷を刻んでしまったという負い目は彼の精神を激しく苛んだ。自責と自罰の念に溺れ、自分は存在価値の無いクズだと思い込み、自己肯定感は最底まで落ちた。
下働きとして過ごす中で、自身が操られていた真相を聞かされ、一定期間が経てば上級精霊として復帰できることを教えられたが、当初はそれを断ろうとした。
結果を言えば、補佐役として側で支えて欲しいというアーディエンスの懇願により、渋々復帰はした。だが、神々の御前に出ることはほとんどなかった。中でも、アルシオ、シルファール、ミスティーナには合わせる顔がないと言い、一度も姿を見せていない。神々の前には極力出ず、特にアルシオ一家とは会わないようにしたい。それが復帰の条件だった。
なお、アルシオたちもウォーロックと対面しようとはしなかった。先達に操られていたという事情があったとしても、彼にされた行為はそう易々と割り切れるものではなかったからだ。
そして、ウォーロックがまだ下働き期間だった頃、睡眠不足の彼を寝落ちさせて夢の中に現れた元凶たち――アルシオやフレイムが老害腐れ爺と呼ぶ先達たちの残留思念は、自らの行いにより後進の心がボロボロになったことを陳謝した。謝罪を受け入れて欲しいとも、自分たちのことを理解して欲しいとも思っていないが、加害者の義務として詫びは伝えておくと。
だが同時に、自分たちの行為は使役の世界を維持するために必要な措置だったとも言った。当時は精霊であったシルファールとウォーロックも、その使役界に属する者たちなのだから、当事者だった。無関係なのに巻き込まれたわけではない。
使役界の一員として、時に己の世界を保つ歯車となることはやむを得ない。それは知っておけと明言した。
自信を失っていたこともあり、反論できず俯くだけだったウォーロックの代わりに、同じ夢の世界に招待されていたアーディエンスが笑顔で言い返してくれた。
――だとしても、何の説明もないまま陰からコソコソ操作されては、当事者としては堪ったものではありませんよ。状況を理解した上で、己の意思で進む道を決めたあなた方と、何も知らされないまま勝手に操られたウォーロック様は違います
――ウォーロック様は今、此度のことで負った心の傷を癒やすことで手一杯ですので、あなた方のために割く時間も労力もないのです。何しろ、果たすべき目的のためならば後進も洗脳し、散々に傷を負わせた後で、義務ゆえに謝罪すると宣う先達方とは、御心の作りが違いますゆえ
――先達の方々に置かれましては、最後まで己の意思と信念を貫き、こうして謝罪もなされたのですから、さぞお気が晴れたことでしょう。どうぞどうぞ、ご満足して昇華なされませ。……以降はごゆっくり
テメエらにとっての真理と理屈なんざ知るかよ、勝手にウォーロック様の心を弄りやがった耄碌爺共が、さっさと消えちまえ、と遠回しに言い放ちながら、大精霊となったばかりのアーディエンスはその神威でウォーロックを包み、守っていた。
当時のウォーロックは、自身の行いへの悔恨から、食事も睡眠も満足に取れない焦燥状態に陥っていた。また誰かに操られるのではないかという恐怖も抱いていた。
だがそれが起爆剤となり、アーディエンスは今まで以上に奮起した。自分が大精霊として大成し、何がなんでも母とウォーロックを守らねばと決意したのだ。そして、こう言った。
――今後は私があなたに結界を張ります。私は今や大精霊となりました。例え引退した元大精霊たちが再びあなたに干渉して来ようと、その力は私と互角。勝てはせずとも負けもしません。ですから、以前のごとく良いようにされることはありません。もう一度があったとしても、必ず私が察知し、あなたを守ります。私たち母子をお守り下さったあなたを、今後は私が助けてみせます
その言葉と共に厳重な結界を張り巡らせてくれたため、ウォーロックは精神を保っていられた。おそらく、先達たちはそこまで読んでいた、狂犬の如き獰猛さを持つアーディエンスが、例外的に忠犬のように素直になる対象がイルーナとウォーロックだ。ウォーロックを守るためにアーディエンスが発奮することまで見越していたのだろう。
何より、アーディエンス自身もその状況を利用していた。自分の手綱を取ることができるのは、神々以外にはウォーロックしかいないと使役たちに痛感させることで、ウォーロックの存在価値を維持する狙いがあった。ゆえに、制御不能の狂犬という顔は、多少演技を混ぜて強調していた側面もある。
そしてウォーロックとアーディエンスは、およそ5年という異例の速さで神成を達成することになる。
ありがとうございました。




