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腹黒インテリ枠の攻略対象

 見た目が派手な貴族の息子に転生した。


 前世は現代日本人、地方出身、都市部在住というよくある経歴を持っていて、やたら忙しい会社に勤めていた。娯楽作品でよく見たような、典型的な異世界転生だと思う。記憶の中の日本人男性は三十歳を過ぎていたが、今の自分はまだ子供である。フォーテスキュー侯爵の一人息子で、十一歳のレイ君だ。

 そんなことを唐突に理解した。


 気がついたのが今だというだけで、前世の記憶そのものは、以前からずっとレイの中にあったのだと思われる。そうでもなければ、年齢に似合わぬ頭の良さで神童扱いされたりはしないだろう。前世の日本人男性は大学を出ていたのだから、知識はあって当然だし、勉強の仕方も知っている。

 そんなわけで、今のレイは神童からちょっと物知りなただの人に移行している最中だ。神童と派手に持ち上げられることはもうないが、それでも同世代の子供よりは物を知っているし、侯爵家当主の一人息子という立場もある。加えて顔の出来が良いのである。さらさらストレートな青灰の髪に、黒い瞳がアクセントになっていて、幼さと理知的な気配が同居する、とか言われてしまう見た目なのだ。我ながら属性盛りすぎな気もするが、おかげで十代の女性たちに大変モテるという、前世の自分からは考えられないような恵まれた人生を送っている。なかなか居心地がいい状態なので、この環境と立場は大切にしておきたい。

 そんな感じで、心の中は打算だらけだが、表に出なければ問題はない。何も考えていなくても高貴に見える顔立ちはとても便利で、この姿を生み出してくれた両親には感謝しかなかった。


 侯爵家の嫡子であるレイは、この国の王子二人の幼馴染でもある。第三王子と第四王子は、同じ乳母を付けられた乳兄弟なのだ。今日はその王子たちと同世代の子供たちを集めたお茶会があり、そこで二人は婚約者候補を探すと言われていた。

 レイからみた第三王子は、聞き分けのいい優等生だ。第四王子が年相応の小学生男子丸出しの振る舞いをしているので、余計にいい子でいようとしている節がある。第四王子は第四王子で、兄王子たちの邪魔にならないよう、敢えて幼稚に見せている節がある。

 そんなことに気を使わずに好きにすればいいのに、と思ってはいるが、まだ十歳やそこらの王子たちに指摘するのも微妙で黙っている。レイの弟分たちは、二人とも真面目すぎていけない。


 男子どもを引き連れてお見合い会場を離脱した第四王子と、残された女子の群れに集られる第三王子。

 しばらく見ていたが、優等生な第三王子は対応が丁寧すぎて殺到する女子を捌ききれていない。さすがにかわいそうなので、女子に囲まれる役目を一旦引き受け、一息つかせることにした。女の子をまとめてキャアキャア言わせる振る舞いはレイの特技だ。

 女子の波とお茶会を乗り切ったところで、第三王子に呼び止められた。会場の隅にいた令嬢たちを、後日改めて招待することになったから、それにレイも来てほしい、そんなことを言わっしゃる。大人の意図を黙って汲みがちな第三王子にしては、珍しく積極的だ。()()()その場で声をかけたんだな、と感心したレイは、第三王子のかわいい我儘を応援することにした。


 十日ほど後、改めて招待されたのは、銀の髪で有名な侯爵令嬢と、赤い髪の伯爵令嬢、その弟にあたるくすんだ金の髪の伯爵令息の三人だった。主催側は第三王子と第四王子で、レイも一応招待客という扱いだ。

 侯爵令嬢と伯爵令嬢の仲がいいとは知らなかったが、どうやらあの日に意気投合したらしい。令嬢一人だけの招待だと、周囲に向かって婚約者候補を名指しするようなものだし、王子一人に令嬢二人では面接、王子二人に令嬢二人では集団見合いだ。そこにレイと令嬢の弟を加えるのは、なかなかうまい手だと思う。

 第三王子の本命は、赤い髪の伯爵令嬢のようだった。やっぱりね、とレイ思った。()()()()()()()()()()()気がする。一方の第四王子は、侯爵令嬢が気になるようだ。体の使い方を教える、と意気込む第四王子と、期待に目を輝かせる侯爵令嬢。そこに、なんだか舎弟っぽい動きを見せる伯爵令息が追従しそうな雰囲気だったので、レイもそちらに行くことにした。この小動物っぽい少年が、王子たちの恋路の邪魔にならないようにしなければならない。


 ……とかやっていたら、その小動物っぽい伯爵令息に懐かれた。


 赤い髪の伯爵令嬢の弟であるグラントリーは、将来伯爵家を継ぐ立場だ。が、あまり勉強は得意ではないと言う。グラントリーの家は典型的な領地持ちの貴族で、当主にはまず領主としての能力が求められる。実務を本人がやらなくてもいいのだが、任せられる人員の見極めは当主がしなければならない。


「ぜんぜん、できる気がしないんです。そういうの、ねえさ……姉上のほうが()()()得意だろって、なんでかそう思っちゃって」


 そう言ってしょんぼり項垂れるグラントリーが横にいる。

 さっき接した限りでは、彼の姉も勉強が得意なタイプには思えなかったが、そこは弟にしかわからないものがあるのだろう。レイは今世において座学を苦に思ったことがないので、座学を苦にするグラントリーの気持ちはちっともわからない。

 もっとも、彼はまだ七歳だ。今世では七歳で神童をやっていたレイだって、前世では宿題を忘れたり棒切れを振り回したり、漢字のテストで半分しか点が取れなかったりしていた頃である。


「君、まだ七歳だろう? 今から焦らなくてもいいんじゃないかな。それに、さっきのカラトリーを武器にする話じゃないけど、どんな授業も好きなことに結び付けてしまえば、嫌々やるより実になると思うよ」

「あっ、そうか、そういう手があるのか。……師匠とお呼びしてもいいですか?」

「待て、なんでそうなる?」

「いろんなことを知ってる上に、いいことを教えてくださるので!」

「待て待て、俺もまだ勉強中の身だぞ」


 レイの前世は会社員であり、会社員役員でも代表取締役でもなかった。領主どころか、組織の上に立った経験すらない。必要なことは今世ではじめて学んでおり、もちろんまだ途上である。


「じゃあ、先輩と呼ばせてください!」

「いやいや、なんで?」

「次期領主の先輩だからです!」

「なるほど……?」


 このやり取り、()()()()()()()()()()()()()と思いつつ、愛玩動物に懐かれたようで悪い気はしなかった。





 子供にとっての四年はとても長い。それは、前世の成人男性としての記憶があるレイにとってもそうだった。意識はともかく、体は間違いなく子供だったので、認識もそちらに引きずられたのだと思われる。


 六人の子供たちは、その後もたびたび顔をあわせており、全員まとめて幼馴染と呼んでも差し支えない状態になっている。そんな仲良しグループではあるが、第三王子は赤い髪の伯爵令嬢への好意を一切隠していなかった。相変わらず優等生な王子だが、彼女に関してだけはぐいぐい行くし、時に子供っぽくなる。この、ちょっと甘えん坊な姿が彼の素なんだろう。

 伯爵令嬢のほうも、第三王子に好意的だった。彼女は基本的に真面目で、面倒見はいいがそそっかしいタイプだ。くるくる動く表情や、時にちまちました動きになるところは、弟とそっくりである。所作は最初から令嬢然として美しかったし、長じるにつれて表情のコントロールも上手くなったが、幼馴染たちの前ではただ素直で負けず嫌いな、かわいい女の子にすぎなかった。そんな子が、好意と甘えを隠さない第三王子に絆されない訳がない。反応を素直に返す伯爵令嬢に、第三王子はのめり込んでいる。

 伯爵令嬢の反応に一喜一憂する兄王子を見て認識を改めたのか、幼稚さや乱暴さが目立っていた第四王子は、周囲が驚くほどのしっかり者に成長した。おっとりした銀の髪の侯爵令嬢とは相性がいいらしく、互いに座学と運動を教えあっている。侯爵令嬢のほうも、怖がりで引っ込み思案気味だったものが、積極的な第四王子に引っ張られてか、ずいぶんと改善しているように見えた。


 一方のレイは、ずっとグラントリーに懐かれたままである。四歳年下のグラントリーがまとわりつく機会が増えた分だけ、女の子たちから熱狂的に騒がれることが減った。かわりに「年下の子供の面倒を見られる子」という印象が付いたようで、親世代のご婦人方からの評価がとても上がったらしい。縁談の申し込みでよく言われる、と母が楽しげに教えてくれた。

 この国の貴族は子供のうちから婚約していることが多い。特に高位の家だと、十歳に満たない年齢での婚約も珍しくはなかった。レイも、年齢的にはとっくに然るべき家の令嬢と婚約していてもおかしくないのだが、跡継ぎの一人息子の相手は慎重に決めたい、という両親の意向により、持ち込まれる縁談をこれまで全て断っていたのだ。家同士の都合を優先した政略結婚という形にはしない、とも言われていた。

 ただ、レイは次の誕生日で成人扱いされる年齢になる。既に家の仕事の一部は父に付いて実務を学びはじめており、名実共に次期侯爵としての立場ができる。両親に、今のうちに縁談を受けて結婚相手を決めるか、自分で見定めるかを選べと迫られ、レイは後者を選択した。家の跡継ぎである以上、結婚はしなければならないが、幼馴染の王子たちの姿を間近で見ていて、自分もちょっと夢を見たくなったのだ。これから先、素直で負けず嫌いなところがある、そんな女の子と出会えればいいなと思う。


 既に出会っているそういう女の子の情報は、その弟であるグラントリーから頻繁にもたらされている。彼ら姉弟から漏れ聞くフロックハート伯爵家は、年齢の近い子供が四人いることもあってか、だいぶ賑やかで楽しそうだ。父親のフロックハート伯爵とはレイも僅かに面識があるのだが、普通に威厳ある伯爵家の当主という感じに見えたので、「夫人によく叱られる、やや駄目なお父さん」として語られるのはかなり面白い。

 そんな家で育った姉弟は伸びやかで魅力的だ。

 より正確に言えば、それはレイにはないもので、それがとても魅力的に映るのだ。


 両親や祖父母との仲は決して悪くないが、和気あいあいと表現できる雰囲気では無かった。前世の記憶があることにより、無自覚の知識チートで神童をやっていたレイには、子供っぽさが著しく欠けていて、周囲の大人たちから見れば、とても扱いにくい存在だったことは想像に難くない。無邪気な家族の団欒は、不気味なほどに大人びた幼児相手にできるようなものではないだろう。伯爵家のような楽しげな環境にないことは、レイだけのせいではないが、レイが原因であることも否定できない。

 覚えている限りでは、前世も似たようなものだった。家族仲は悪くはなかったはずだし、兄が一人いたことも覚えているが、それだけだ。記憶に残る家族とのやり取りは、全て淡々としたものだった。

 だから少し、羨ましいだけだ。


 幼馴染たちはみんなレイの弟妹のようなものだ。好きな女の子に対してだけ子供っぽくなる第三王子も、それに対してお兄さんのように振る舞う第四王子も、ただ優等生なだけだったり、粗暴で幼稚だったりした以前の姿より、よほど幸せそうに見える。

 幸せそうな彼らの邪魔をする気はない。だから、グラントリーから聞く彼の姉のエピソードを第三王子に伝えて、先に知りたかったと悔しがるところを見て溜飲を下げるぐらいは、許されるはずなのだ。







 第三王子は赤い髪の婚約者と無事に婚姻を結んだ。新郎新婦双方と親しい者として結婚式に招待されたレイは、お披露目のパーティーを抜けて王宮内の宛がわれた客室にいた。会場では今頃、親世代の貴族家当主たちが祝いにかこつけて交流を深めているはずである。

 部屋に軽食を運んでもらって、男三人で気がねなく飲み食いをしていたのだが、第四王子――臣籍に下って今の身分は公爵だ――が、体調が優れない銀の髪の夫人を心配して早々に離脱した結果、婚約者すらいない若年独身貴族男性二人が残った。


「ハーヴィーは相変わらずだなあ」

「王子様たち、お二方とも熱烈ですよね。王族って皆様こんな感じなんですか」

「どうなんだろうね? 私はご兄弟の上の方々と親しいわけではないから、何とも言えないなあ。エルドレットもハーヴィーも、ぱっと見はそこまででは、……いや、見えるか。見えるな。あいつらいつも普通に強火だな……」

「お陰でお二方とも女性陣に人気あるんですよね。一途なところが素敵だとか」

「最近エルドレットがやたらとご令嬢に言い寄られてたのはそれでか。他になびいたら一途とは言えなくなるだろうに。そもそも婚約済みで結婚まで秒読みの状態だったんだから、今更手遅れなのにな」


 自分で言って自分に刺さった。叶わない横恋慕のようなものを抱えたまま、結局最後まで見守ってしまった自覚がレイにはある。


「結婚式までの日にち数えてるような人ですしね。聞いたときはちょっと引きましたもん」

「君も義兄に対してなかなか厳しいな」

「いえいえ、ありがたいと思ってますよ。姉も()()()()幸せになりそうですし。ただ、あの二人、仲が良すぎて見てるこっちが真顔になっちゃうことありません?」

「ああ、それは、すごくわかるな……。ただ普通の内容を話してるだけなのに、素で親密というか。ハーヴィーとフェリシアが見守りに入ってたのもそれだよな」

「そういう時のハーヴィー様って、自分もさっきまで似たような感じだったのに、だんだん雛鳥を見守るみたいな顔になるんですよね」

「で、それを見守る我々二人」


 グラントリーが声を上げて笑った。


「君もそろそろ本格的に結婚相手を決める頃合いか。大きくなったなあ」

「先輩は僕も見守ってたんですか。王族の姻戚ってことで来る縁談は増えてますけど、うちはそこら辺は毒にも薬にもならないのが売りですからね。性格が合う人がいればいいね、ぐらいの気分で探し中ですけど、王族関係を狙えるぐらいにきっちりなさったご令嬢だと、たぶん僕も父も嫌がられます」

「君ら姉弟の話を聞いてると、君んとこの父君の印象が迷走するよ」

「うちの父が威厳ある伯爵をやってるなんて、僕が知ったの最近ですよ。外向きの自己演出の作り込みがすごすぎて、ちょっと真似できる気がしません。姉もその類いなんですよね、隣にエルドレット様がいると持ちませんけど」

「エルドレットは普段から、アーリンに対しては強火だからね……」


 少しだけ痛む胸を無視して、手にしたグラスの酒を口に含む。

 姉の幸せを心から寿いでいるのだろう。グラントリーは嬉しそうな笑顔を見せた。


「そう言うレイ先輩は相変わらずご令嬢からの人気がすごそうですけど、決まったお相手は居られるんですか?」

「いない。話は頂くけど決め手に欠くことが多くてね。もうエルドレット達が片付いてからでいいかと思っていたんだ。まあ、彼らもちゃんと結婚したわけだし、そろそろ本腰入れて考えるかな……」

「レイ先輩、今度我が家で妹たちに会ってもらえませんか? 姉も家を出ましたし、先輩をうちにお招きしてもエルドレット様のジト目を貰わなくて済みそうですし」

「そういえばそうだな。話で聞くフロックハート伯爵家に憧れていたから嬉しいよ。でも、妹さんたちはまだ成人前だよね。縁談って訳じゃなさそうだし、なにか事情でも?」

「事情というか、上の妹にレイ先輩の存在がバレたというか……。僕が以前からレイ先輩にお世話になってるのはあいつらも知ってたんですけど、僕が言う『レイ先輩』がフォーテスキュー小侯爵のことだって気がついたみたいで、先に言え、なんで家に招待しいない、って感じで詰め寄られたんですよね……」

「……な、なるほど……?」

「上の妹と同世代の、十四、五歳ぐらいの令嬢たちの間で先輩のファンクラブがあるらしくて。冷静でかっこいい、大人の魅力があるって言ってました」

「そんな評価になってるとは思わなかったな……。実物は今まさに動揺してるよ」


 前世で言うところの、リアル中二の女の子たちがアイドルにキャーキャー言うような現象なんだろう。実際のレイは同世代よりちょっと物を知ってる程度で、言われるほど冷静でも大人でもない。


「ご招待頂けるなら喜んでお伺いするけど、妹さんには幻滅しても優しくしてくれるよう、お願いしておいて」

「なんというか、面倒なお願いしちゃってすみません。上の妹も父に似て外面いいんで、大丈夫だと思いますが」

「素でいいよ、そのほうが面白そうだ。でも、手加減はちょっとしてほしい」


 グラントリーとはずっと親しかったが、伯爵家の家族が揃う場には行ったことがなく、レイとは年齢が離れている下の令嬢たちとは面識がないままだった。なので、本当に実現すれば、彼女たちとは()()()()()()会うことになる。

 そこまで考えて、レイは自分の思考に引っ掛かりを覚えた。


 ――まるで、()()()()()()、会わずに()()()()ことがあるような。




 前世の記憶が何か関係しているのかもしれないが、あまり突き詰める気にはならなかった。今は楽しい振り返りの真っ最中で、この先の面白そうなことを考えている最中なのだから。



「先の予定が埋まるのはいいものだね。楽しみにしてるよ」


 口にした言葉は自分の中に染み渡り、レイは心から笑った。





お読みいただきありがとうございました。

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