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フウの冒険

〈洟啜り思ふ素足は莫迦げてゐると 涙次〉



【ⅰ】


* 永田は死んだ。が、冥府↔人間界、出入り自由の許可を冥王ハーデースに貰つてゐたので、生前の愛猫・フウにも頻繁に會ひに來た。フウはカンテラ一味の事務所預かり、と云ふ事で、先住猫の文・學・隆と元氣一杯に遊んでゐたが、皆♂猫だけあつて、衝突は時として避けられない。そんな時に限つて永田はゐない。永田にもプライヴァシーと云ふものがあつて、それは冥府で戀人・八重樫火鳥と過ごす時間だつたのだが、フウは味方を喪つた氣がして、心細い。何せこの丸3年間、永田と密室で付き合つて來たのだ。永田の襤褸アパートの一室と云ふ狹苦しいスペースで、時として永田が酒に酔ひ乱れ、キャットフードを食ひつぱぐれる夜もあつたが、大體は樂しい時期であつた、永田との生活。それを思ふと、フウは何となくこの事務所での每日が、遣り切れない。



* 前シリーズ第182話參照。



【ⅱ】


カンテラ事務所での猫逹の監督者は、テオであつた。テオはご存知の通り、小説家・漫画原作者、谷澤景六としての顔を持つてゐる。今、彼は* 市上馨里に、彼とタイムボム荒磯の新作漫画、**『リトルリーグ血風録!!』第1話の感想を訊くので忙しい。フウはふらりと「お外」に出た。フウのフウは風來坊のフウ、瘋癲のフウである。永田に貰はれて來る前は、彼は「お外のコ」であつた。永田の係累が、千葉の辺鄙な場處で、老母の隠居する為の襤褸家に自ら手を入れてゐたのだが、其処の裏山でフウは拾はれて來たのだ。今でも、諸事理路整然と事が進む家の中より、フウは「お外」の世界の混沌を愛した。「お外」に出れば、「千葉のお山に帰れるかにや」と思ふフウであつた。



* 前シリーズ第82話參照。

** 當該シリーズ第21話參照。



【ⅲ】


てくてく歩くと、やがて武藏野の面影が差す、「開發センター」に着く。(* こゝのお庭に、文・學・隆の妹、せいのお墓があるんだにや)。猫らしからぬ菩提心を起こしたフウ、掌を合はせて行かう、と思つた。「センター」庭に入ると、自然、千葉のお山が思ひ出された。せいの墓の前で、永田に教はつた「ナンマンダブ」を唱へる。次は野代ミイの墓。(この人は猫にならうとした莫迦な人間)-フウは現金にもミイの墓は黙殺した。次に3基ある墓の内の「眞打ち」、ルシフェルの墓である。フウは** お正月見た骨人間、ルシフェルへの(何か起こしてくれさうだにや)と云ふ期待を持つて、テオ直傳のテレパシーで彼に話し掛けた-



* 前シリーズ第67話參照。

** 當該シリーズ第12話參照。



※※※※


〈思ひ出は冷藏庫にも仕舞へない貴女の都合も仕舞へないのだ 平手みき〉



【ⅳ】


「ルシフェルさん、コンチハ」-「お前は誰だ?」-「フウだにやん」-「フウ? あゝ、あの『貰ひつ子』の猫か」-「さつき、見慣れない男の人が、お墓の周りを彷徨いてゐたにやん」-フウは、外の世界では、一箇の冒険者であり、チャールズ・ダーウィンばりの豫感に滿ち滿ちた、犀利な観察者なのである。「儂の墓に用のある者と云へば... 『親ルシフェル派』の殘党か。然し、密告(たれこみ)屋のあいつは此井に捕縛されたし、その他は『番軍』に吸収された(前回・前々回參照)... よもや『ニュー・タイプ【魔】』迄が、儂の墓詣でか?」-其処ら邊の機微は、天才猫ならぬフウのちつぽけな脳では、理解不能であつた(大體、永田を殺したのはルシフェルの息子である事を、フウは忘れてゐた)。



【ⅴ】


「あ、また戻つて來た。僕隠れるにやん」。フウは墓裏の物蔭に身を隠した。「ルシフェルさん、あんた死んだ筈なのに、元氣過ぎるんだよ」-と、その「ニュー・タイプ【魔】」らしき男、担いで來た火焔放射器を構へ、これはルシフェルを蒸し焼きにしやうと云ふ魂胆か。(ルシフェルさん、危ないにやん!)



【ⅵ】


だがむつくりと墓から身を起こしたルシフェル、落ち着いて冷凍光線を放つた。「ニュー・タイプ【魔】」らしき男は、ぱりぱりに凍り付いてしまつた。フウ「凄いにやん」-ルシフェル「これはお前と儂だけの秘密ぢやぞ、フウ」-「何で?」-「カンテラに攻撃力の一環とカウントされても、困るからのお。儂はこれでも隠棲中の身ぢや」-「???」



【ⅶ】


だが、ルシフェルの云ひつけ通り、フウは事務所に戻つてからも、誰にもその事は話さなかつた。一應、ルシフェルとの約束は果たした譯である。テオ「フウ、何処行つてたんだよ(猫語で)」-フウ「それは内緒だにやん」。と云ふ譯で、フウの一日限りの冒険譚、お仕舞ひとしやう。



※※※※


〈鼻毛拔く嚔に昇る朝日かな 涙次〉



PS: この事、永田にだけは話してみやう、と、フウは思つたとか。永田がだうせ小説のネタにしてしまふ事も知らぬげに。猫は信頼する人間には、全てを晒すものなのだ。擱筆。


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