異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした 〜隠しキャラ解放しました〜
※本作は、短編
『異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした』
シリーズの第三作目です。
一作目:攻略対象の恋愛相談
二作目:ヒロインの人生相談
前作を未読でもお楽しみいただけますが、
居酒屋『あかね食堂』の空気感や常連たちを知っていると、
より味わっていただけるかもしれません。
異世界で居酒屋をやっていると、攻略対象やヒロイン──
いろいろな出会いがある。
すでに常連だった攻略対象たちに続いて、ヒロイン──リアナが『あかね食堂』の常連になったのは、彼女が初めてうちに来てから、三日後のことだった。
最初は、恐る恐る。
次は、用事があるふりをして。
三度目には、もう迷いなく、暖簾をくぐってきた。
扉の鈴が鳴る。
「……こんばんは」
控えめにこちら様子を窺うリアナは、やっぱりうちの妹に似ている。
素直になれないくせに、きちんと目を見て挨拶するところまで含めて。
「いらっしゃい。今日のおすすめは、鶏の生姜焼き。
あと、味噌汁はなめこ」
「……それ、食べたいです」
声は小さいのに、視線はまっすぐで。
私は、その不器用な正直さが好きだと思った。
席に案内して、湯呑みにお茶を注ぎ、いつものように食事を出す。
けれど今日のリアナは、料理が届いても、すぐには箸を取らなかった。
胸元のリボンをそわそわといじりながら、言い出すきっかけを、何度も探している。
「……女将さん」
「ん?」
「……その、先日の。……あの料理、覚えてます?」
「卵焼きのこと? 覚えてるよ。あれは、気合い入れて作ったんだから」
「……あれ、私の“前世の”姉が……よく作ってくれた卵焼きの味に、そっくりで」
前世。
私は鍋の火を弱め、リアナの顔を見る。
彼女は目を伏せたまま、唇を噛んでいた。
言ってしまった、とドキドキしながら相手の反応を待っている顔。
だから私は、あえて軽く笑った。
「……なるほどね。よくある話だ」
「……っ」
リアナが顔を上げる。
驚きで目が丸い。さすがヒロイン、驚いた顔も可愛い。
「やっぱり、女将さんも……?」
「私は転移。リアナは……転生、でしょ?」
その言葉に、リアナの肩が一気に落ちた。
安心したときの人の反応って、こんなにも分かりやすい。
「……はい。気づいたら、リアナになってました。
『つきこい』の、ヒロインの」
『月恋の王都と三つの誓い』、略して『つきこい』。
それが、この世界──乙女ゲームのタイトルだ。
「だよね。王子が舞踏会の相談してきた時点で、ほぼ確定だった」
「やっぱり王子……相談に来てるんですか」
「来てるどころじゃない。常連。ここはもう、完全に相談窓口」
「……ふふ」
リアナが、初めてちゃんと笑った。
その笑顔は、少しだけ悔しいくらい、可愛い。
「でも、良かった。ここで、同じ“プレイヤー”に会えるなんて……」
「まあ、この世界での私は、プレイヤーというよりNPCだけどね」
「それでも……この世界、ひとりで攻略するの、しんどくて」
その言葉が、胸にすとんと落ちた。
──私と、一緒だ。
私は皿を置き、リアナの前に味噌汁を差し出す。
湯気が、ふわりと立ち上る。
リアナはそれを見つめてから、ようやく箸を取った。
「……いただきます」
その声は、小さいけれど──
誰かと同じ食卓に座ったときの温度が、確かにそこにあった。
──それから。
私たちが打ち解けるのは、思った以上に早かった。
私たちは、食器を洗う音の合間や、煮物を煮る時間に、ぽつぽつと話をした。
前世の話。家族の話。仕事の話。
そして当然、最後はこうなる。
「……『つきこい』、どのルートが好きでした?」
「来たね。オタクトーク」
「だって女将さん、絶対詳しいですよね。あの助言の的確さ、攻略サイト級だった」
「私を攻略サイトと同列にするの、微妙に褒め言葉じゃないけど」
「褒めてます」
真顔で言うから、私は負けを認めた。
「……で。女将さんの推し、誰だったんです?」
リアナが身を乗り出す。
その目がきらきらしている。
「……こっそりね」
「こっそり」
私はカウンター越しに顔を寄せ、耳元に口を近づけた。
こういうことをすると、女将じゃなくて女子高生みたいな気持ちになるから不思議だ。
「……レオンハルト」
リアナの目が、ぱちぱちと瞬いて。
「きゃーっ、わかる……!」
両手で口を押さえて、肩を震わせる。
声が出るのを必死に堪えているのが分かる。
可愛い。ほんとに可愛い。
「だって王子、ずるいじゃん。顔も声も、優しさも」
「わかる……! わかります女将さん……! あの“控えめな独占欲”もたまらない……!」
「あと、ため息が上手い」
「そう、それです! ため息が上手い男、罪……!」
私たちは同時に頷き、笑ってしまった。
この世界に来てから、こんなふうに笑ったのは初めてかもしれない。
笑いながら、ふと胸が熱くなる。
なんだか懐かしい気持ちだ。
「じゃあ、リアナの推しは?」
私が聞くと、リアナはもじもじして、口を尖らせた。
「……言うと、引かれません?」
「引かないよ。誰の推しも尊い」
「……じゃあ、言いますね」
リアナが顔を寄せてくる。
私の耳に、息が触れた。
「……ガルドです」
「……なるほどね」
私はニヤニヤしてしまった。
「な、なんですかその顔」
「いやあ。ガルド推しの人って、“守ってほしい”だけじゃなくて、“守りたい”も同時に持ってるタイプが多い」
「……なんで分かるんですか」
「分かるよ。リアナ、母性本能強そう」
リアナは動きを止め、それからぷいっと横を向いた。
「……そ、そんなことないです」
「あるある」
「……女将さん、意地悪」
でも、その声は少しだけ嬉しそうだった。
推しはいる。
けれどリアナは、推しだけを追いかけていなかった。
「……私、全員のルート見たいんです」
「出た。コンプ勢」
「もちろん、現実は同時攻略なんて無理なんですけど……
せめて、全キャラと仲良くしたい」
「それは……分かる。分かりすぎる」
リアナは頷いて、指を折りながら説明を始めた。
「しかも『つきこい』って、隠しキャラ出すのに条件があるじゃないですか」
「……隠しキャラ?」
「え」
リアナが固まった。
「女将さん……もしかして……」
「私は無課金勢。基本無料で、推しのボイスパックだけ買って満足してた」
「……それ、無課金勢言わない……じゃなくてっ!」
リアナに肩を掴まれ、少し身を引く。
「女将さん、隠しキャラ知らないんですか」
「知らない。何それ。そんなのいたの?」
「います! いるんです! 最高の“隠し”が……!」
リアナが必死に肩を揺さぶってくる。
私は笑いながらも、ちょっとだけ緊張した。
隠しキャラ。
この世界がゲームの世界である以上、存在していてもおかしくない。
でも──ゲームの隠しキャラが店に来たら、どうなるんだ。
顔も知らないから、モブ扱いするぞ。
「で、その隠しキャラを出すには?」
「全員の好感度が高い必要があるんです。一定以上。……だから、私、がんばってる」
「全員の好感度……」
私は思わず天井を見上げた。
王子も魔導師も騎士団長も、すでに好感度は高そうだ。
リアナは彼らのイベントを無難にこなしつつ、全員のルートをギリギリまで生かしたいんだろう。
大変だ、それ。
「……リアナ、えらいね」
「えらくないです。必死なだけです」
リアナは笑って、でも目の奥は真剣だった。
「私、前世で……ずっと空気みたいに扱われてたんです。
だから今度は、ちゃんと“誰かの物語”にいたい。
……そのためには、逃げたくない」
その言葉は、静かに私の胸を打った。
私は何も言えなくなって、代わりにお茶のおかわりを注いだ。
「……ほら、冷める。食べな」
「……はい」
湯気の向こうで、リアナが頷いた。
その表情は、強くて、無謀で、ちょっと不器用な。
フルコンプを目指す、立派な肉食系女子──じゃなくて、ヒロインのものだった。
──そして、数日後。
いつものように夕方。
私は仕込みをしながら、暖簾の外の足音を聞いていた。
王子が来る音は軽い。
騎士団長は重い。
魔導師は、気配が薄い。
それなのに、今日の足音はどれでもなかった。
静かで、迷いがない。
それでいて、妙に“場の空気”が整う気配。
扉の鈴が鳴る。
「……失礼」
入ってきたのは、見たことのない顔だった。
黒に近い紺のコート。
手袋。
整った横顔。
視線は冷たいわけじゃないけど、どことなく距離の取り方が上手そう。
そして何より、年上の余裕があった。
──大人の、男性だ。
「いらっしゃい。おひとり?」
「ああ。空いている席で」
声が低い。落ち着いている。
その声だけで、店の空気が少し静まった気がした。
私はカウンターの端を指さす。
「どうぞ。今日は冷えるから、まずは一杯どう?」
「……酒か」
「ええ。喉を温めるくらいのやつ。無理ならお茶にするけど」
「いや……酒をもらおう」
言葉は少ないのに、丁寧だ。
……誰だろう。
下町の住人にしては、妙に洗練されている。
でも王子ほど貴族っぽくない。
騎士団長ほど荒くない。
魔導師ほど無機質でもない。
私がおしぼりを出すと、男はそれを受け取り、軽く頭を下げた。
「この店は……店主が一人で?」
「女将。店主って言われると、なんか寿司屋みたいでしっくりこない」
ちなみに、この世界には普通に寿司屋もある。
さすが、ジャパニーズ乙女ゲームの世界。
男の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……女将は面白いな」
「そう? 私は普通だよ」
注文を聞く。
「何にする?」
「おすすめを。任せる」
「……任せる系は、あとで後悔しても責任取れないよ?」
「責任、か」
男の目が細められる。
その視線に、なぜか喉が乾いた。
私は自分の動揺をごまかすように手を動かし、鍋に火を入れた。
とりあえず、最強の安定を出す。
「じゃあ、鯖の味噌煮定食。
汁物は豆腐と三つ葉。漬物つけるね」
「……良いな」
その“良いな”が、さらっとしているのに色気がある。
なにそれ。反則。
料理を出すと、男は箸を手にした。持ち方が綺麗。
一口食べて、目を伏せる。
そして、ぽつり。
「……こういうのは、久しぶりだ」
「こういうの?」
「満たされる味がする」
思わず、手が止まった。
顔を上げると、男は視線を落としたまま、淡々と味噌汁を口にしている。
そのとき、扉の鈴が鳴った。
「こんばんはー……って、あ」
リアナだ。
彼女は店に入った瞬間、カウンターの男を見て固まった。
顔色が変わる。
目が見開かれる。
そして、次の瞬間。
「……っ、え。嘘。なんで……」
リアナの声が震える。
男はゆっくり顔を上げ、リアナを見た。
そして──ほんの少しだけ、困ったように眉を動かした。
……なに、この反応。
知り合い?
リアナは私のほうに視線を飛ばし、口パクで叫ぶ。
(女将さん! あれ! あれです!)
(あれって、どれ?)
(隠し! 隠しキャラ!)
私は箸を持ったまま固まった。
隠しキャラ。
この人が?
え、嘘でしょ。
あのゲームに、こんな“クールで大人”な隠しが存在するの?
知らないんだけど。知らなかったんだけど。
どちらかといえば若い子向けのゲームだった『つきこい』に、こんな大人向けの追加要素があったの?
男は、リアナと私のやり取りを見て、ふっとため息をついた。
「……なんだ、知り合いか」
低い声が、店に落ちる。
リアナが震える声で言った。
「……ユスティス様、ですよね?」
ユスティス。
その名前は、無課金勢の私でも聞いたことがあった。
確か──
「……えっと。もしかして……宰相様、かな」
そう。話だけは聞いたことがある。
この国には、平民から成り上がった凄腕宰相がいるという話を。
ゲーム本編には全く絡まなかったので、すっかり忘れていたけれど。
それが──最高の“隠し”。
ユスティスは箸を置き、淡々とした顔で私を見た。
その涼やかな視線に、息が止まりそうになる。
いや、この色気。どう考えてもCERO指定が必要でしょ。
誰なの、指定し忘れたの。
「……女将。迷惑だったか」
「迷惑っていうか」
偉い人なら、この国で二番目に偉いであろう王子も来てるし。
それよりも、むしろ。
私は喉を鳴らし、正直に言った。
「……心臓に悪い」
主に、その色気が。
ユスティスの目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「そうか」
落ち着いているのに、妙に優しい一言。
そこで、私は気づいてしまった。
今、自分がときめいていることに。
──隠しキャラ。
クールで大人。
しかも“任せる”なんて、危険な丸投げをする。
やばい。
やばいぞこれ。
このときめきは、乙女ゲームをプレイしてたときに感じたものじゃなくて。
かなり、ガチ目のやつ。
リアナが、私の横で必死に口を押さえている。
笑いを堪えている顔だ。
絶対ニヤニヤしてる。
私は小声で囁く。
「……リアナ。これが隠し?」
「……はい。最高の隠しです」
「聞いてない。心の準備が」
「女将さん、今、顔赤いです」
「赤くない」
「赤いです」
ユスティスが、こちらを見て首を傾げた。
「……何の話だ」
私は慌てて姿勢を正した。
「いえ! 何でもないです!」
……しまった。声が裏返った。
リアナが肩を震わせる。
ユスティスは一拍置いて、静かに言った。
「……女将は面白いな」
その言葉が、かすかな笑顔が──
さっきより、深く刺さる。
私は心の中で叫んだ。
──だめ。私は背景。
ここは乙女ゲーム世界。
ヒロインはリアナ。
私は居酒屋の女将。台所の神。
なのに。
ユスティスが味噌汁を飲み、ふっと息を吐いた。
「……また来てもいいか」
その声が、あまりにも落ち着いて、あまりにも真剣で。
胸の奥が、変な音を立てた。
「……もちろん」
答えた声が、少しだけ震えたのは──外の寒さのせいにしておこう。
リアナが、私の耳元で囁く。
「……女将さん」
「なに」
「隠しキャラ、解放おめでとうございます」
「解放してない。私は何もしてない」
「もう解放してます」
確信のガッツポーズを決めるヒロインに、私は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。
湯気越しに、現実に現れてしまった隠しキャラを見ながら思う。
この世界、やっぱり油断すると、とんでもない追加イベントが降ってくる。
そして私は──そのイベントを、少し楽しみにしている。
……明日の唐揚げも、ちょっとだけ多めに揚げようかな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
一作目はコメディ、
二作目はしっとり、
三作目は……女将の恋の予感を描いてみました。
いかがだったでしょうか?
書いていて一番楽しかったのは、やはり女将とヒロインのオタクトークです。
異世界に来ても変わらず盛り上がっている乙女ゲーマーたちを、
作者自身も微笑ましく眺めていました。笑
今回も、居酒屋『あかね食堂』で発生するひとつの“イベント”を、
皆さまに楽しんでいただけていたなら幸いです。




