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異世界居酒屋『あかね食堂』

異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした 〜隠しキャラ解放しました〜

作者: Kei
掲載日:2026/02/14

※本作は、短編

『異世界居酒屋を開いたら、常連が全員攻略対象でした』

シリーズの第三作目です。


一作目:攻略対象の恋愛相談

二作目:ヒロインの人生相談


前作を未読でもお楽しみいただけますが、

居酒屋『あかね食堂』の空気感や常連たちを知っていると、

より味わっていただけるかもしれません。


 異世界で居酒屋をやっていると、攻略対象やヒロイン──

 いろいろな出会いがある。


 すでに常連だった攻略対象たちに続いて、ヒロイン──リアナが『あかね食堂』の常連になったのは、彼女が初めてうちに来てから、三日後のことだった。


 最初は、恐る恐る。

 次は、用事があるふりをして。

 三度目には、もう迷いなく、暖簾をくぐってきた。


 扉の鈴が鳴る。


「……こんばんは」


 控えめにこちら様子を窺うリアナは、やっぱりうちの妹に似ている。

 素直になれないくせに、きちんと目を見て挨拶するところまで含めて。


「いらっしゃい。今日のおすすめは、鶏の生姜焼き。

 あと、味噌汁はなめこ」


「……それ、食べたいです」


 声は小さいのに、視線はまっすぐで。

 私は、その不器用な正直さが好きだと思った。


 席に案内して、湯呑みにお茶を注ぎ、いつものように食事を出す。


 けれど今日のリアナは、料理が届いても、すぐには箸を取らなかった。


 胸元のリボンをそわそわといじりながら、言い出すきっかけを、何度も探している。


「……女将さん」


「ん?」


「……その、先日の。……あの料理、覚えてます?」


「卵焼きのこと? 覚えてるよ。あれは、気合い入れて作ったんだから」


「……あれ、私の“前世の”姉が……よく作ってくれた卵焼きの味に、そっくりで」


 前世。


 私は鍋の火を弱め、リアナの顔を見る。

 彼女は目を伏せたまま、唇を噛んでいた。

 言ってしまった、とドキドキしながら相手の反応を待っている顔。


 だから私は、あえて軽く笑った。


「……なるほどね。よくある話だ」


「……っ」


 リアナが顔を上げる。

 驚きで目が丸い。さすがヒロイン、驚いた顔も可愛い。


「やっぱり、女将さんも……?」


「私は転移。リアナは……転生、でしょ?」


 その言葉に、リアナの肩が一気に落ちた。

 安心したときの人の反応って、こんなにも分かりやすい。


「……はい。気づいたら、リアナになってました。

 『つきこい』の、ヒロインの」


 『月恋の王都と三つの誓い』、略して『つきこい』。

 それが、この世界──乙女ゲームのタイトルだ。


「だよね。王子が舞踏会の相談してきた時点で、ほぼ確定だった」


「やっぱり王子……相談に来てるんですか」


「来てるどころじゃない。常連。ここはもう、完全に相談窓口」


「……ふふ」


 リアナが、初めてちゃんと笑った。

 その笑顔は、少しだけ悔しいくらい、可愛い。


「でも、良かった。ここで、同じ“プレイヤー”に会えるなんて……」


「まあ、この世界での私は、プレイヤーというよりNPCだけどね」


「それでも……この世界、ひとりで攻略するの、しんどくて」


 その言葉が、胸にすとんと落ちた。


 ──私と、一緒だ。


 私は皿を置き、リアナの前に味噌汁を差し出す。

 湯気が、ふわりと立ち上る。


 リアナはそれを見つめてから、ようやく箸を取った。


「……いただきます」


 その声は、小さいけれど──

 誰かと同じ食卓に座ったときの温度が、確かにそこにあった。




 ──それから。

 私たちが打ち解けるのは、思った以上に早かった。


 私たちは、食器を洗う音の合間や、煮物を煮る時間に、ぽつぽつと話をした。

 前世の話。家族の話。仕事の話。


 そして当然、最後はこうなる。


「……『つきこい』、どのルートが好きでした?」


「来たね。オタクトーク」


「だって女将さん、絶対詳しいですよね。あの助言の的確さ、攻略サイト級だった」


「私を攻略サイトと同列にするの、微妙に褒め言葉じゃないけど」


「褒めてます」


 真顔で言うから、私は負けを認めた。


「……で。女将さんの推し、誰だったんです?」


 リアナが身を乗り出す。

 その目がきらきらしている。


「……こっそりね」


「こっそり」


 私はカウンター越しに顔を寄せ、耳元に口を近づけた。

 こういうことをすると、女将じゃなくて女子高生みたいな気持ちになるから不思議だ。


「……レオンハルト」


 リアナの目が、ぱちぱちと瞬いて。


「きゃーっ、わかる……!」


 両手で口を押さえて、肩を震わせる。

 声が出るのを必死に堪えているのが分かる。

 可愛い。ほんとに可愛い。


「だって王子、ずるいじゃん。顔も声も、優しさも」


「わかる……! わかります女将さん……! あの“控えめな独占欲”もたまらない……!」


「あと、ため息が上手い」


「そう、それです! ため息が上手い男、罪……!」


 私たちは同時に頷き、笑ってしまった。


 この世界に来てから、こんなふうに笑ったのは初めてかもしれない。

 笑いながら、ふと胸が熱くなる。

 なんだか懐かしい気持ちだ。


「じゃあ、リアナの推しは?」


 私が聞くと、リアナはもじもじして、口を尖らせた。


「……言うと、引かれません?」


「引かないよ。誰の推しも尊い」


「……じゃあ、言いますね」


 リアナが顔を寄せてくる。

 私の耳に、息が触れた。


「……ガルドです」


「……なるほどね」


 私はニヤニヤしてしまった。


「な、なんですかその顔」


「いやあ。ガルド推しの人って、“守ってほしい”だけじゃなくて、“守りたい”も同時に持ってるタイプが多い」


「……なんで分かるんですか」


「分かるよ。リアナ、母性本能強そう」


 リアナは動きを止め、それからぷいっと横を向いた。


「……そ、そんなことないです」


「あるある」


「……女将さん、意地悪」


 でも、その声は少しだけ嬉しそうだった。


 推しはいる。

 けれどリアナは、推しだけを追いかけていなかった。


「……私、全員のルート見たいんです」


「出た。コンプ勢」


「もちろん、現実は同時攻略なんて無理なんですけど……

 せめて、全キャラと仲良くしたい」


「それは……分かる。分かりすぎる」


 リアナは頷いて、指を折りながら説明を始めた。


「しかも『つきこい』って、隠しキャラ出すのに条件があるじゃないですか」


「……隠しキャラ?」


「え」


 リアナが固まった。


「女将さん……もしかして……」


「私は無課金勢。基本無料で、推しのボイスパックだけ買って満足してた」


「……それ、無課金勢言わない……じゃなくてっ!」


 リアナに肩を掴まれ、少し身を引く。


「女将さん、隠しキャラ知らないんですか」


「知らない。何それ。そんなのいたの?」


「います! いるんです! 最高の“隠し”が……!」


 リアナが必死に肩を揺さぶってくる。

 私は笑いながらも、ちょっとだけ緊張した。


 隠しキャラ。

 この世界がゲームの世界である以上、存在していてもおかしくない。


 でも──ゲームの隠しキャラが店に来たら、どうなるんだ。

 顔も知らないから、モブ扱いするぞ。


「で、その隠しキャラを出すには?」


「全員の好感度が高い必要があるんです。一定以上。……だから、私、がんばってる」


「全員の好感度……」


 私は思わず天井を見上げた。


 王子も魔導師も騎士団長も、すでに好感度は高そうだ。

 リアナは彼らのイベントを無難にこなしつつ、全員のルートをギリギリまで生かしたいんだろう。


 大変だ、それ。


「……リアナ、えらいね」


「えらくないです。必死なだけです」


 リアナは笑って、でも目の奥は真剣だった。


「私、前世で……ずっと空気みたいに扱われてたんです。

 だから今度は、ちゃんと“誰かの物語”にいたい。

 ……そのためには、逃げたくない」


 その言葉は、静かに私の胸を打った。

 私は何も言えなくなって、代わりにお茶のおかわりを注いだ。


「……ほら、冷める。食べな」


「……はい」


 湯気の向こうで、リアナが頷いた。


 その表情は、強くて、無謀で、ちょっと不器用な。

 フルコンプを目指す、立派な肉食系女子──じゃなくて、ヒロインのものだった。




 ──そして、数日後。


 いつものように夕方。

 私は仕込みをしながら、暖簾の外の足音を聞いていた。


 王子が来る音は軽い。

 騎士団長は重い。

 魔導師は、気配が薄い。


 それなのに、今日の足音はどれでもなかった。


 静かで、迷いがない。

 それでいて、妙に“場の空気”が整う気配。


 扉の鈴が鳴る。


「……失礼」


 入ってきたのは、見たことのない顔だった。


 黒に近い紺のコート。

 手袋。

 整った横顔。

 視線は冷たいわけじゃないけど、どことなく距離の取り方が上手そう。

 そして何より、年上の余裕があった。


 ──大人の、男性だ。


「いらっしゃい。おひとり?」


「ああ。空いている席で」


 声が低い。落ち着いている。

 その声だけで、店の空気が少し静まった気がした。


 私はカウンターの端を指さす。


「どうぞ。今日は冷えるから、まずは一杯どう?」


「……酒か」


「ええ。喉を温めるくらいのやつ。無理ならお茶にするけど」


「いや……酒をもらおう」


 言葉は少ないのに、丁寧だ。


 ……誰だろう。

 下町の住人にしては、妙に洗練されている。

 でも王子ほど貴族っぽくない。

 騎士団長ほど荒くない。

 魔導師ほど無機質でもない。


 私がおしぼりを出すと、男はそれを受け取り、軽く頭を下げた。


「この店は……店主が一人で?」


「女将。店主って言われると、なんか寿司屋みたいでしっくりこない」


 ちなみに、この世界には普通に寿司屋もある。

 さすが、ジャパニーズ乙女ゲームの世界。


 男の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……女将は面白いな」


「そう? 私は普通だよ」


 注文を聞く。


「何にする?」


「おすすめを。任せる」


「……任せる系は、あとで後悔しても責任取れないよ?」


「責任、か」


 男の目が細められる。

 その視線に、なぜか喉が乾いた。


 私は自分の動揺をごまかすように手を動かし、鍋に火を入れた。

 とりあえず、最強の安定を出す。


「じゃあ、鯖の味噌煮定食。

 汁物は豆腐と三つ葉。漬物つけるね」


「……良いな」


 その“良いな”が、さらっとしているのに色気がある。

 なにそれ。反則。


 料理を出すと、男は箸を手にした。持ち方が綺麗。

 一口食べて、目を伏せる。

 そして、ぽつり。


「……こういうのは、久しぶりだ」


「こういうの?」


「満たされる味がする」


 思わず、手が止まった。


 顔を上げると、男は視線を落としたまま、淡々と味噌汁を口にしている。


 そのとき、扉の鈴が鳴った。


「こんばんはー……って、あ」


 リアナだ。


 彼女は店に入った瞬間、カウンターの男を見て固まった。

 顔色が変わる。

 目が見開かれる。

 そして、次の瞬間。


「……っ、え。嘘。なんで……」


 リアナの声が震える。


 男はゆっくり顔を上げ、リアナを見た。

 そして──ほんの少しだけ、困ったように眉を動かした。


 ……なに、この反応。

 知り合い?


 リアナは私のほうに視線を飛ばし、口パクで叫ぶ。


(女将さん! あれ! あれです!)


(あれって、どれ?)


(隠し! 隠しキャラ!)


 私は箸を持ったまま固まった。


 隠しキャラ。


 この人が?


 え、嘘でしょ。

 あのゲームに、こんな“クールで大人”な隠しが存在するの?

 知らないんだけど。知らなかったんだけど。

 どちらかといえば若い子向けのゲームだった『つきこい』に、こんな大人向けの追加要素があったの?


 男は、リアナと私のやり取りを見て、ふっとため息をついた。


「……なんだ、知り合いか」


 低い声が、店に落ちる。


 リアナが震える声で言った。


「……ユスティス様、ですよね?」


 ユスティス。

 その名前は、無課金勢の私でも聞いたことがあった。

 確か──


「……えっと。もしかして……宰相様、かな」


 そう。話だけは聞いたことがある。

 この国には、平民から成り上がった凄腕宰相がいるという話を。

 ゲーム本編には全く絡まなかったので、すっかり忘れていたけれど。


 それが──最高の“隠し”。


 ユスティスは箸を置き、淡々とした顔で私を見た。


 その涼やかな視線に、息が止まりそうになる。

 いや、この色気。どう考えてもCERO指定が必要でしょ。

 誰なの、指定し忘れたの。


「……女将。迷惑だったか」


「迷惑っていうか」


 偉い人なら、この国で二番目に偉いであろう王子も来てるし。

 それよりも、むしろ。


 私は喉を鳴らし、正直に言った。


「……心臓に悪い」


 主に、その色気が。


 ユスティスの目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「そうか」


 落ち着いているのに、妙に優しい一言。


 そこで、私は気づいてしまった。

 今、自分がときめいていることに。


 ──隠しキャラ。

 クールで大人。

 しかも“任せる”なんて、危険な丸投げをする。


 やばい。

 やばいぞこれ。


 このときめきは、乙女ゲームをプレイしてたときに感じたものじゃなくて。

 かなり、ガチ目のやつ。


 リアナが、私の横で必死に口を押さえている。

 笑いを堪えている顔だ。

 絶対ニヤニヤしてる。


 私は小声で囁く。


「……リアナ。これが隠し?」


「……はい。最高の隠しです」


「聞いてない。心の準備が」


「女将さん、今、顔赤いです」


「赤くない」


「赤いです」


 ユスティスが、こちらを見て首を傾げた。


「……何の話だ」


 私は慌てて姿勢を正した。


「いえ! 何でもないです!」


 ……しまった。声が裏返った。


 リアナが肩を震わせる。

 ユスティスは一拍置いて、静かに言った。


「……女将は面白いな」


 その言葉が、かすかな笑顔が──

 さっきより、深く刺さる。


 私は心の中で叫んだ。


 ──だめ。私は背景。

 ここは乙女ゲーム世界。

 ヒロインはリアナ。

 私は居酒屋の女将。台所の神。


 なのに。


 ユスティスが味噌汁を飲み、ふっと息を吐いた。


「……また来てもいいか」


 その声が、あまりにも落ち着いて、あまりにも真剣で。

 胸の奥が、変な音を立てた。


「……もちろん」


 答えた声が、少しだけ震えたのは──外の寒さのせいにしておこう。


 リアナが、私の耳元で囁く。


「……女将さん」


「なに」


「隠しキャラ、解放おめでとうございます」


「解放してない。私は何もしてない」


「もう解放してます」


 確信のガッツポーズを決めるヒロインに、私は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。


 湯気越しに、現実に現れてしまった隠しキャラを見ながら思う。


 この世界、やっぱり油断すると、とんでもない追加イベントが降ってくる。


 そして私は──そのイベントを、少し楽しみにしている。


 ……明日の唐揚げも、ちょっとだけ多めに揚げようかな。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


一作目はコメディ、

二作目はしっとり、

三作目は……女将の恋の予感を描いてみました。

いかがだったでしょうか?


書いていて一番楽しかったのは、やはり女将とヒロインのオタクトークです。

異世界に来ても変わらず盛り上がっている乙女ゲーマーたちを、

作者自身も微笑ましく眺めていました。笑


今回も、居酒屋『あかね食堂』で発生するひとつの“イベント”を、

皆さまに楽しんでいただけていたなら幸いです。

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長編小説を火・金に定期投稿しています。
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『完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない』

完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
ひゃー!!!隠しキャラが解放された!! やだどうなるんですか〜!!
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