◆第八章 氷の中の告白(最終話)
港は深い静けさに包まれていた。
この夜はイベントでも観光向けの演出でもない――二人だけのテスト運転だった。
観光客の目にはまだ見せられない、最終調整のためのリハーサル。港の灯は最小限に絞られ、街は眠っている。
空には無数の星が瞬き、吐く息さえ白く輝く。
坑道の海側出口に並んだ機器が低く唸り始めた。
「冷却装置、稼働開始」
悠介が操作盤のスイッチを押す。
坑道の奥から押し出された冷気が送風機で一気に吹き出し、同時に霧状の水が散布された。
「……これで条件は揃うはず」
彼の横で、エミリアが吐息を白く染めながら見上げる。
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最初は何も変化がなかった。
だが数分後、港の暗い空間に小さな白い粒が浮かび始める。
それは次第に数を増し、星明かりと港のわずかな灯に照らされ、宝石のような光を放った。
「……これが人工のダイヤモンドダスト……」
エミリアの声は、寒さでかすかに震えていた。
風に舞う無数の氷の粒が、二人の間にも降り注ぎ、髪や肩に静かに積もっていく。
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「エミリア」
悠介はポケットから手を出し、彼女の冷えた手をそっと握った。
「俺は……ずっと、この計画を成功させることだけ考えてきた。でも、気がついたら、毎日君のことを考える時間のほうが長くなってた」
彼は言葉を選びながら、ゆっくりと息を吐いた。
「この場所を、これからも一緒に作っていきたい。仕事としてじゃなく、君と歩く未来として」
エミリアはしばらく何も言わなかった。
氷の粒が彼女の頬に落ち、それが溶けて小さな雫になったのを、悠介は見た。
そして、彼女はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「……答えは、本番の時まで待ってもらおうかと思ったけど……」
一歩近づき、彼の手を強く握り返す。
「やっぱり今、言うわ。――はい。あなたとなら、この先どこへ行っても」
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港の静けさの中、二人は氷の粒とオーロラに包まれた。
それは、極北の夜が二人だけの未来を祝福する光だった。