◆第三章 港と山のあいだで
翌日、悠介とエミリアは港に面した広場に立っていた。
冬の低い太陽が、水平線の下から淡い光を投げている。港の奥には、氷で縁取られた貨物船が静かに停泊していた。
「港の近くは観光客がすぐ来られるけど、景観規制があります。建物の高さや色が制限されるんです」
エミリアは地図を広げ、港側の候補地を指差す。
「もう一つは山側、坑道の近く。こっちは自由度が高いですが、冬場はアクセスが悪くなります」
「ホテルの稼働率を考えると港側。でも菜園の電力効率を考えると山側が有利……」
悠介は地図を見つめながら唸った。
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その日の午後、地元関係者との会議が行われた。
長机の向こうには、ノルウェー政府の開発担当官ハンセン氏(偶然にもエミリアと同姓)、Store Norskeの施設責任者、観光局の代表が並んでいる。
会議室の窓の外では、粉雪が横に流れていた。
「我々としては、坑道を活用する案は非常に魅力的です」
Store Norskeの責任者が言う。
「ただし、観光客が出入りするホテル部分と、発電・菜園のインフラ部分は明確に分ける必要があります」
「安全基準のためですね」
「はい。火災や騒音、機械の稼働音をホテルに伝えないためにも、防音・耐火の隔壁を設けたい」
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悠介はスケッチを机に広げた。
坑道の山側半分を発電・菜園エリアとし、海側近くにホテル棟を配置。
二つのエリアは長い坑道でつなぎ、中間地点に観光用の展示スペースと試食コーナーを設ける――そんな構想だった。
「この形なら、観光客は坑道ツアーの途中で菜園を見学でき、最後にホテルで食事を楽しめます」
エミリアが補足する。「そして港からも山からもアクセスできます」
開発担当官が頷いた。「港側にホテル、山側にエネルギー施設。この組み合わせは、持続可能性のモデルケースになりますね」
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会議後、港を歩きながらエミリアが笑った。
「うまくいきそうですね。田中さんの描く線は、港町の未来そのものに見えます」
「でもまだ始まったばかりです。ここからが本番ですから」
悠介は吐く息の白さを見つめた。
冷たい空気の中、その白さがゆっくりと上に昇っていくのを見ながら、彼は自分の計画が本当に形になりつつあることを感じていた。