第9話 この力はなんだろうか?
冴えなかった僕の転生ライフが始まって数日が経過した。
新しい身体と人生にだいぶ慣れてきたかなって思う。周囲の人たちに恵まれたのもあって、かなり幸せな人生が待っていそうだなって思えたよ。
さあ、この人生こそは出世するし、絶対に素敵な女性と出会って結婚するぞ。頑張るぞー、おーっ!
まあでも、それはまだずっと先の話か――。
なにせ僕はまだ5歳児だからね。だから当面は自分を磨き上げて、魅力的な人間に成長できるように頑張っていこうと思う。
「さしあたって、気になることが一つあるんだよね」
どうも心の中に不思議な感覚があるんだ。父と剣の稽古をした次の日からその感覚が芽生えたんだよね。心の中に押したら凄い力が出てきそうなスイッチがあるって感じなんだ。
思い切ってそのスイッチを心の中で押してみる。
「んー……、やっぱり何も変化がないか……」
髪が逆立って金色になって超パワーが出てきたりとかを期待したんだけどな……。
父いわく「ウィリーは何か特別な力を持っているのかもしれないね」って嬉しそうに言っていたっけ。心の中にあるこのスイッチは、きっとその特別な力のことだと思うんだけど……。
「何も特別感がないんだよなぁ……」
もう一度、スイッチをオンにしてみる。
うーん、やっぱり何も起きない。おかしいなあ。超スピードで走れるわけじゃないし、瞬間移動ができるわけでもない。筋力だって上がっていないようだ。
父と稽古をしたときに、僕は父に一回だけ攻撃を入れられたよね。だから強くなる系の効果が何かあるスイッチだと思うんだけど……。う~む、まったく分からない。
「ウィリーくーん、おーい、ウィリーくーん」
フェリシーが一階から僕を呼んでいる。
「お稽古おわったよー。一緒に遊ぼー」
フェリシーは近所の騎士の家に貴族女性の礼儀作法を学びに行っていたはず。それがもう終わったみたいだ。
「はーい」
僕は階段を下りていった。
フェリシーが階段を上ってくる。
「おーい、ウィリーくーん。お昼寝してるのー?」
とっとっとっ、とフェリシーが軽やかに階段を上がってくる。
あ、あれ……? 僕のことが見えていない?
「フェリシー? ちょちょちょちょっ、止まってっ。ふぎゅっ!」
「ん? 今、何かが私の身体に当たったような。ていうかこれ以上、階段を上れないんだけど。なんで? あれれー?」
「フェ、フェリシー、僕がつっかえてるんだけど。なんで僕のことが見えてないの?」
「……。……んー? お姉ちゃん、分かっちゃったかもしれないぞー」
フェリシーがなんとも可愛いドヤ顔を見せてくれた。
腕を大きく広げたと思ったら、僕をぎゅーっと抱きしめてくれた。
「やっぱり何かがここにある気がする。きっとウィリーくんがいるんでしょー。お姉ちゃんにはもうバレてるぞー。出てきてー」
「どういうこと? 僕はずっとここにいるけど……。あ、そうか!」
僕はずっと心の中のスイッチをオンにしたままだった。きっとそれのせいだ。
僕は心の中のスイッチをオフにしてみた。すぐにフェリシーの表情が輝いた。
「わあ、やっぱりウィリーくんがいたー!」
「ねえ、どういうこと? さっきまで僕のことが見えてなかったの? ずっと目の前にいたんだけど」
「そうなの? お姉ちゃんにはぜんぜん見えてなかったよー」
「僕、透明人間になってたのかな」
「なってたなってたー」
「つまり、僕って病気か何か?」
「違う違う。つまりね、ウィリーくんはスキルを持って生まれてきたってことだよ。それって凄いことだよ。スキルはめったに持てないものだからね」
「へえー。僕、凄いんだ」
透明人間……。透明人間……だとっ。
つまり……。つまり……。つまり、母の入浴シーンを毎日見放題じゃないかっ!
……いいんだろうか、そんな心の汚れた発想で。しかも、見たい対象が実の母って。せめて女湯を覗き放題だぜ、ヒャッハーとか言う方が健全じゃないだろうか。まあ、この世界に女湯があるのかは知らないんだけどね。
ていうか、お風呂から離れようよ。えーと、他に透明人間になってできることってなんだろうか。ううむ……、心が汚れすぎた5歳児だから何も思いつかないぞ……。
「ウィリーくんって隠密行動が得意になりそうだね」
ああっ! なるほど~っ! フェリシーは僕と違って頭がいいな。
「ニンニン」
指を忍者っぽくしてみた。まあ伝わらないか。フェリシーに首を傾げられてしまった。
「なにそれ?」
「なんとなくやってみただけ……」
「まあいいや。とりあえずお姉ちゃんとかくれんぼをして遊ぼうか」
「それ、僕のことを一生見つけられないやつー」
「愛があれば分かるはずだよ」
「やめとこうよ」
「えー、そう? じゃあお姉ちゃんのスキルを見てみる?」
「え、あるの? すごいっ。見てみたい!」
5歳児らしく瞳をきらきら輝かせた。フェリシーは嬉しそうに胸を張ってドヤ顔を見せてくれた。
二人で僕の部屋へと移動する。そこで見せてくれるらしい。
「ウィリーくん、私のスキルはこれだよ」
はい、とフェリシーは両手の平を並べて僕に向けて差し出してきた。
「……んんん? 何も起きてなくない?」
言った瞬間だ。ポンッとフェリシーの手の平の上になんとも可愛らしい白い毛のネズミが現われた。リアルなネズミというよりかは少しデフォルメした感じのネズミだろうか。
「すごいっ。ネズミを出せるんだ」
「うんっ。いっぱい出せるよ」
本当だ。たくさん手の平の上に出てきて、床に下りたりフェリシーの肩や頭に乗っかったりしている。
「これはスキル〈フェアリーマウス〉っていうの。このネズミが見たものや聞いたものを私も知覚できるんだよ。弱いけど攻撃もできちゃうんだー」
「すっごーい。めちゃくちゃ強そうなスキルだ」
「ん~、強いというよりかは、ウィリーくんをずっと見ているためのスキルかなーって思うんだー」
この姉、弟に対して愛が強すぎてストーカーの気質があるな……。早めに家庭内恋愛は諦めさせた方がいいかもしれない。
「そこはほら、隠密行動でさ、情報収集に役立てることができるよー、とか考えた方がよくない?」
「えー? そんなのつまんないじゃん」
すごくイヤそうに言われてしまった。まあ女の子に隠密行動なんて言ってもロマンがないか。
「ウィリーくん、とりあえず今日はスキルで一緒に遊ぼう~」
フェリシーの提案に乗ることにした。僕は自分のスキルの効果をもっとよく知りたいからちょうどいい。
「まずは競争ね。私とウィリーくんでスキルを使って、どっちが先にキッチンにしまってあるお菓子を取ってこられるか勝負をしよう」
僕は透明人間になってキッチンへGO! フェリシーはネズミをたくさんキッチンへと走らせた。
キッチンではテーブルのところに両親がいて、二人で優雅に紅茶を飲みながら甘そうな焼き菓子を食べているところだった。
僕は普通に姿を現して父の視界に入った。
「わーっ、びっくりしたーっ。ウィリーは気配を消す達人かいっ?」
「パパとママ、こっそりお菓子を食べてるのずるーい!」
子供らしく不満をぶつけてみた。フェリシーのネズミも僕に乗っかって文句をチューチュー言っている。
あ、二階からフェリシーが駆け下りてきた。
「パパ、ママ、私もお菓子を食べるに決まってるでしょ!」
「やれやれ、子供たちに見つかってしまったね」
「うふふ、みんなでティータイムにしましょうか」
母が楽しそうに僕らの分のお菓子も用意してくれた。僕らには甘いジュースを入れてくれた。
そして、家族みんなで賑やかに焼き菓子を堪能するのだった。