第5話 剣の稽古
領地内の視察に行っていた父が家に帰ってきた。なにやら血相を変えて駆け込んできたんだけど――。
「フェリシー、ウィリー、セリーヌ、無事かい!」
僕の父であるエルヴィス・ストラトスは青い髪を綺麗にセットしている好青年、というか顔の綺麗なイケメンだ。背が高くてかっこいいし、瞳は澄んでいて優しい感じっていうね。本当に文句のつけどころがないイケメンだと思う。
そんなかっこいい父が、髪を乱して汗をかきながら家に駆け込んで来たんだから驚いた。僕と母とフェリシーは三人で昼食をとっていたんだけど、手を止めてみんなで一斉に父を注目した。
フェリシーが一番に反応する。
「どうしたの? パパ」
「ああ、よかった。みんな無事みたいだね。うちから出てすぐのところに巨大な氷のかたまりがあったんだ。熟練の魔法使いでも作れない大きさの氷だったから、いったい何事が起きたのかと心配してしまって……。三人とも無事で本当によかったよ」
しかし、納得がいかないのか、父は不思議そうに首を傾げた。
「あの氷はいったい……? 天才的な魔法使いがこの領内に来てしまって、なにかいたずらをして楽しんでいるのだろうか……?」
「パパ、あの氷ならウィリーくんがやったんだよ?」
「はあ?」
「ウィリーくんが魔法でドーンって」
「はあ?」
「だ・か・ら、私の将来の夫のウィリーくんに、将来の妻であるこの私が、魔法を教えたらできちゃったんだって!」
「父親として頭の痛くなりそうな発言が聞こえてきた気がするんだけど……、まあ今はそこはいいか……。フェリシーはウィリーに魔法を教えたのかい?」
「そうよ。すぐにできちゃったよ?」
「なんてことだ……」
父が頭を抱えたそうにしながら僕の隣にやって来た。そして、姿勢を低くして僕と目を合わせてくる。
「ウィリー……」
「う、うん。僕、なにか大変なことをしちゃった……?」
父がニコッと満面の笑みを見せてくれた。
「いや、違うよ。ウィリーは天才だ! はははははっ、私の息子とは思えないよ。まさか魔法の才能があっただなんてね!」
凄く嬉しそうな父の顔を見れてしまった。親バカな顔というか、喜ぶとイケメンな顔が良い感じにほぐれるんだな。とても親しみやすい表情だった。
「いやー、ウィリーは誰の血を強く受け継いだんだろうね。たしかパパの母方のおばあさんはかなり魔法が得意だったと聞いたことがあるけど……。いや、なんにしても素晴らしいことだよ。ウィリーは私と違って天才だ。はははははっ」
「あれ? パパって魔法が苦手なの?」
「そうなんだよ。代わりに剣なら得意で、誰にも負けない自信があるんだけどね」
「ウィリーくん、パパはね、剣がすっごく得意なんだよ。それで戦争で大活躍して、この領地を貰えたんだって」
「え、超凄い」
この父は貴族の三男坊で家を継ぐことができなかったらしい。だから剣を持って戦場で必死に戦ったんだそうだ。それで男爵の位をもらえて、狭いし中央から遠いところだけれど今の領地を得たんだから本当に凄い人なんだと思う。
「そうだろうそうだろう。パパは凄いだろう。あ、そうだ。ランチを食べたらウィリーに剣を教えてあげようか。ウィリーには剣の才能もあるかもしれない。私と一緒に練習してみよう」
父は凄く幸せそうだった。
ということで、僕らは父の武勇譚を聞きながらランチをとり、終わったら剣の練習ってことで庭へと出た。フェリシーは母と編み物の練習をすることになったから午後は別行動だ。
僕は父と一緒に先ほど作ってしまった巨大な氷の山のところまでやってきた。前世で言えばドーム球場とかそれ以上とかの大きさになっている氷の山だ。
父が嬉しそうにその山を見上げる。
「改めて見るとやっぱり凄いなぁ。ウィリーは既に、王国の魔法専門部隊と一人で戦える力があるね」
「その人たちって強いの?」
「強いなんてものじゃないよ。山のように大きいドラゴンを討伐できる人たちだからね」
「ほへー……」
なにそれ。山のように大きいドラゴンって。この世界ってそんなにヤバそうな生き物がいるんだ。
「ウィリー、ちょっと見ていてくれるかい――」
父が目に見えない速度で剣を鞘から抜いた気がする。剣を一振りし、また鞘に剣を戻したようだ。見えなかったけど、何かを斬ったって僕の直感が言ってきている。
ズルズルと氷の山が斜めに滑り落ちていく。
この巨大な氷をたった一回剣を振っただけで真っ二つに斬ってしまったのか。氷の山が大きな音を立てて地面に崩れ落ちていった。
「す、すご……。今のってパパが斬ったんだよね」
「そうだね。私は魔法についてはまったくダメなんだけど、剣については大得意なんだ」
父がしゃがんで僕と視線を合わせる。イケメンに真っ直ぐに見つめられて少しドキリとしてしまった。
「魔法については残念だけど私は何もウィリーに教えてあげられない。でも、そのうちウィリーのために良い先生を探してくるから、それまでは魔法を使うのを我慢していてくれるかい」
「我慢? 危ないから?」
「そうだね。この威力の魔法は子供が使うにはちょっと危なすぎるんだ。人に当たったら怪我どころではすまないからね」
「分かった。使わないよ」
父は満足したようだ。僕は5歳児に見えるかもしれないけど本当は40歳児だから、父の言っていることは理解できる。たしかに僕の魔法は危なすぎる。父を安心させるためにも、しばらくは魔法を使うのを我慢しようと思う。
代わりに今は――。
「では、ウィリー。剣の稽古を始めようか」
この強い父から剣を学んでおこうと思う。この世界には戦争があるみたいだし、強い生き物だってたくさんいるみたいだから、自分と姉のフェリシーくらいは守れるくらいに強くならないとね。
「とりあえずこの柔らかい木刀で斬り合ってみよう」
父が持たせてくれたのは本当に柔らかい木刀だった。何の植物かは知らないけどぷにぷにしている。
「さあ、ウィリーかかってくるんだ」
「うん!」
うわっ、やっべー。この父、隙が一つもないぞ。でも子供らしく、気にせずに父に突っ込んで行くことにした。
当たり前だけど勝てるわけはない。頭にぽこっとやられたり、肩にぺこっとやられたり、脇腹にちょんと剣を当てられたり、まったく歯が立たなかった。
「ああっ! くやしい!」
「あはは、ウィリーはけっこう負けず嫌いなんだね」
「絶対に一回は当てる! パパは大人げない!」
「あっはっはっはー!」
「うおおおおおおおっ! こんどこそーっ!」
そのときだった。心の中で何かのスイッチが一瞬だけ入った気がした。明らかに父がびっくりしている。
何が起こったのだろうか。よく分からないまま父の間合いへと入って行く。
あれ、心の中で何かのスイッチがオフになったぞ。そして、気がついたら僕は父の胸に剣をぽこっと当てていた。
「え? 嘘? パパに当たったよ?」
「え? あ? え? あれー? あれー? ウィリー、今の動きは凄かったよ。今のどうやったんだい?」
「よく分かんなかったー」
「何か凄い才能があるのかもしれないね。もう一度できるまでやってみよう」
「うん、分かった!」
分かったとは元気に言ったけどさ……、まさかそれで日が暮れるまでチャンバラごっこをするはめになるとは思わなかったよ。
心身へとへとになるまで頑張ったけど、心の中の何かのスイッチが再び押されることはなかった。いったい何だったのだろうか。分からないまま、僕らは家へと帰ることになった。