第4話 魔法の練習
姉のフェリシーに連れられて家からすぐ傍の空き地にやってきた。
まあ空き地というか、ただの何もないところって感じかな。
「ねえ、フェリシー。ここで何をして遊ぶの? かくれんぼ?」
我ながらナンセンスな提案をしてしまったと思う。かくれんぼをしようにも隠れられる場所がぜんぜんないからだ。何せ空き地みたいなところだからね。少し遠くまで歩いて行けば森とか山があるみたいだけど、子供だけでそこまで行くのはちょっと危ない気がする。
「ウィリーくん、今日は魔法の練習をしようと思うの」
フェリシーが胸を張ってドヤ顔でそう宣言した。
「そうか。魔法がある世界だったっけ」
「そうよ。貴族の家の子だから、魔法はしっかり練習しないといけないのよ」
「貴族の家の子って魔法が必要なの?」
「ぜったいじゃないけど、魔法の先生を雇うお金があるのは貴族の家の場合が多いから」
なるほど。魔法は生活や労働に必要な学問じゃないだろうし、余裕のある層が学ぶことが多いんだろうなって思った。あとはどうしても戦う必要のある人とかが勉強する感じかな。
「ねえ、フェリシー。魔法ってどういうのがあるの? 火とか出せる?」
「出せるわ。でも、火は危ないからあんまり出しちゃダメってパパが言ってたわ。どうしても出してみたいときは空に向かってやりなさいって」
「火は危ないもんね」
「そういうこと。ちゃんと分かっててウィリーくんはえらい!」
一回だけ火の魔法を実演してくれるらしい。
「こうやって魔力を高めて……。んんっ……」
フェリシーが目を瞑って内股気味に身体に力を入れているのだろうか。いや、身体の奥底から何かの力を引っ張り出してきているように見える。
「魔力を高めたら、先生とお勉強した魔法陣を頭の中に思い描くの」
少しの間があった。きっと頑張って頭の中に魔法陣を思い浮かべているんだと思う。
「できた。それじゃあ、いくよー」
わくわく。魔法はアニメやゲームや映画では何度も見たけど現実で見るのは初めてだ。いったいどんな感じなのだろうかと胸をときめかせてしまうよ。
「【ファイヤーボール】!」
フェリシーの両手の先にバスケットボールくらいの炎の球が現われた。炎がメラメラと燃え盛っている。これはちょっと子供が扱っていい炎には思えなかった。たき火くらいの火力がある気がする。
フェリシーの手の先から炎の球が勢いよく空に向かって飛んでいく。けっこうな速度だった。
炎の球はだいたい5秒くらい飛んで消滅しただろうか。
「んー。まだまだ弱い魔法ねー。魔法の先生はもっと大きいのを撃てたのよねー」
フェリシーは謙遜するけども、僕の感想はこうだった。
「すっげー!」
「え、そう?」
「うん! かっこよかったよ!」
フェリシーの顔が真っ赤になって嬉しそうにする。ほっぺに両手を当ててもじもじし始めた。
「そ、そんなにかっこよかったの?」
「うんっ、超かっこよかったよ!」
「そう……。じゃあ、結婚……する?」
「うん。将来ね!」
「よーし、今の約束は絶対だぞー」
あれ……。僕は特に何も考えずに返答したけど、フェリシーは本気の目をしていた。絶対にキャンセルは無効よって目をしているように見える。僕は5歳児らしい返事をできたと思ったけど、もしかしたらそれは失敗だったかもしれない。
よし、結婚の話が進まないように話題を変えようか。
「フェ、フェリシー、僕、他の魔法も見てみたいな」
「いいわ。ウィリーくんが見たいなら、私はなんでも見せてあげるわ。だって将来の妻だからねっ」
な、なんでも見せてくれる……? ごくり……。もう少し大人になってから言ってほしい言葉かもしれない。
「【ウォーターショット!】」
水の球が飛んでいった。当たったら痛いどころじゃないと思う。
「【マジカルブリザード】!」
小さな吹雪が発生して地面を氷漬けにしていた。
「【エクスプロージョン】!」
子供が怪我をしそうな爆発が起こった。
「す、すごいっ。フェリシー、すごすぎるよっ!」
僕は素直に感心していた。僕が褒めるたびにフェリシーが誇らしげに胸を張る。その仕草はとても可愛いと思った。
「よーし、ウィリーくんのハートを完全につかめたみたいねっ。これはもう結婚秒読みねっ!」
なんか変な思考を持っているから、そこは微妙に心配だけど……。僕はフェリシーのことを尊敬したよ。僕には魔法のことは何も分からないけれど、きっとフェリシーには才能があるし努力もしてるんだと思う。
「さあ、次はなんの魔法を見せてあげようかなー」
「ねえ、フェリシー。僕も魔法を使ってみたいな」
「え? まだ早いんじゃない? 魔法陣の理解は難しいよ?」
「そこは頑張る」
「んー……、じゃあ、危なくない魔法をお勉強してみようか」
やった。教えて貰えるみたいだ。
フェリシーが教えてくれるのは【マジカルブリザード】だそうだ。少し先を氷漬けにするだけの魔法だから危なくないだろうって判断らしい。
フェリシーがスカートを抑えて屈み込む。つられて僕も屈み込んだ。
フェリシーが近くにある角張った石を手に取って土に魔法陣を描き始めた。そしてその意味を解説してくれる。
「これがウィリーくんと私が住んでる世界ね。それで……これが太陽と月で……、こういうふうに傾かせると冬ってことで、雪を降らせるには……」
魔法陣の理解は思ったよりも難しかった。なるほど。これは5歳児にはムリだ。普通の5歳児ならね。
しかし、僕は違う。既に35年間も生きてきた5歳児だ。しめて40年も生きてきた僕には、8歳児の姉が理解できるお勉強なんて楽勝よ。ということで僕はあっさりと魔法陣を理解できたと思う。
念のため教えてもらった内容を自分の口でも言ってみながら、石を使って魔法陣を描いてみる。するとその魔法陣が心の奥にすとんと落ちていって、どこかにはまる感覚があった。
「うん、大丈夫。合ってるよ。ウィリーくんはすごいねー。私、この魔法陣を理解するのに三日もかかったのに。いいこいいこ」
「えへへー」
フェリシーが優しい手つきで頭を撫でてくれた。好きかもしれない。この手の温もり。
僕らは立ち上がった。
「じゃあ、やってみるね」
「5歳で魔法を使えたら本当にすごいなー」
僕は両手を前に出した。理解したばかりの魔法陣を心の中に描いていく。
よし、完璧だ。
「いくよっ。【マジカルブリザード】! って、うわああああああっ!」
身体の奥底から信じられないくらいの力が湧き出てきて驚いた。その力が両手の向こう側へと飛んでいく。
目の前に猛烈な吹雪が発生してしまった――。
野球のドームを丸ごと飲み込めそうなほどの強い吹雪だった。それが僕の両手の先から発生している。
みるみる地面から凍り付いていってるよ。そしてそれは巨大な氷の山へと成長してしまった。
「ええええええええええっ! うっそおおおおおおおおおっ!」
自分で撃っておいて引いてしまった。これはどう考えてもとんでもない威力だと思う。フェリシーの魔法の数千倍、いや、それ以上の威力じゃないだろうか。
フェリシーを見てみた。目を輝かせていた。そして僕を抱きしめてくれる。
「キャーッ、ウィリーくんすっごーい! 世界一かっこいいよー!」
褒めてもらえるのは単純に嬉しい気持ちだった。ただ、むやみやたらと僕は魔法を撃たない方がいいかもしれないって思った。
ああでも……、もう一発はちょっと撃てそうにないかな。今ので魔力がすっからかんになった感覚があるからね。ゲーム風に言うとMPが0の状態だ。
自分の魔法で作った巨大な氷の山を眺める。
「この世界って楽しいかも」
ちょっとだけわくわくし始める僕だった。