第39話 大手柄
事態が動いたのは、小麦倉庫内で〈フェアリーマウス〉のネズミをちらっと見かけてから10分ほど経った後だった。
何かとんでもない存在が小麦倉庫の手前に来たと思ったら、鬼のような迫力の父がそこにいた。
鬼気迫るとはまさしくこのことだと、僕は強く察してしまった。狙われているのは僕じゃないのに、身の毛がよだつような恐怖を感じてしまったよ。
「おいおいおいおい、マジかよ。なんでここが分かりやがった」
盗賊の男が剣を抜きながら立ち上がった。
父が1歩だけ小麦倉庫に入ってくる。盗賊の男も僕も同時にビクッとなってしまった。
「まいったね、こりゃ。よりにもよってあんな化け物を引くとは。普通の兵士100人とかで勘弁してくれよ」
父の強さは100人の兵士とは交換できないだろう。強さの次元が違いすぎると思う。
「坊主、動くんじゃねーぞ」
盗賊の男が父との間合いを計りながら、じりじり後退して僕に近づいてくる。
怖い、怖い、怖い――。盗賊の男が一瞬でも隙を見せたら、父によってみじん切りにされてしまいそうだ。この世界に年齢を考えた視聴制限なんてないし、5歳児の僕の目の前でとんでもない殺戮ショーが開催されてしまいそうだよ。
「へへへ……、おっかねーなぁ……」
盗賊の男がどんどん後ろ向きで近づいてくる。そのまま後ろ向きで僕を脇に抱える気のようだ。
……今、盗賊の男の注意は99%が父に向いている。だから今なら僕が何をしても大丈夫なはずだ。つまり、逃げられる。
盗賊の男の左手が僕の身体に伸びてきた。でも、残念だったね。
スキル〈認識阻害〉、発動――。
「ん? は? え? あれ?」
盗賊の男の手が空を切る。何度も何度も空を切った。盗賊の男がチラッとだけ後ろを確認してくる。でも、残念。そこにはもう僕はいないんだよね。僕は奥に積まれていた小麦袋の上に乗っかって座らせてもらっている。
「い、いねえ? う、嘘だろおい。まさかのスキル持ちかよ」
盗賊の男が慌てて父に向き直った。
「冗談きっついぜ。どこまでついてねーんだよ、今日の俺はよぉ。って、ひいいいいいっ!」
動きが見えなかった……。
気がついたら父が盗賊の男を斬りつけていて、盗賊の男は剣を両手持ちにしてどうにか父の剣を受け止めているって状況になっていた。
「私の息子を返してもらおうか」
父のそんな低い声を初めて聞いた。本気の本気で怒っているようだ。
「む、息子様でいらっしゃいましたか……。たまんねーぜぇ……。女よりは丈夫だと思って男の方を攫ったんだけどなぁ。とんだハズレクジだったぜ……。女の方を攫っておくべきだったなぁ……」
なるほどね。これからこの盗賊の男は南に向かって長距離を逃亡する予定だったからね。道中で人質がへばらないように、男子の僕を人質にとってしまったわけだ。剣神の息子だとは知らずにね。
「な、なあ。せめて外でやりあわねーか。最後は騎士らしく堂々と名乗りを上げてから戦って、派手に散りてーんだよ」
「私はお前の名に、興味なんてない」
「そう言わずにさあ!」
盗賊の男が右側にある棚をつかんだ。そこには大量の小麦が山のように置かれている。
その棚を盗賊の男は父に向かって叩き付けるようにして倒した。小麦がばらまかれてしまった。
父が数歩分だけ後ろに飛んで回避した。
「はははははっ、今ので息子が下敷きになったかもなぁ!」
ほこりが舞い上がって視界が悪くなる。
盗賊の男は後退しつつ、小麦の袋が積まれている上に駆けていった。
「私の息子をあまりなめないほうがいい」
「はあ? 5歳くらいだったろ? あんな年齢じゃあ何もできねーよ」
いや、実は僕は40歳児だから、いろいろとできるんだよね。
僕、ちょっと頭にきてるんだ。みんなで苦労して作った小麦をえらそうに踏みつけちゃってさ。許せないよね。
ということで、僕は両手に魔力を込めた。
小麦袋の上に立つ男に向かって、得意の魔法を撃ち込む。
「【マジカルブリザード】!」
僕の両手の先から吹雪が発生した。その吹雪は、盗賊の男の足下から身体をどんどん氷漬けにしていく。僕はさらに魔力を込めた。
「ん? 冷たい……? うお、なんだこりゃ!」
盗賊の男の下半身が凍っていく。そして上半身まで凍り始めた。
「これ、魔法か。だ、だが、こんなにも強力な魔法を使えるだなんて……。これ、あの坊主が撃ってるのか? 身体がぜんぜん動かねぇ。いったいどんだけチートな親子なんだよ。ちくしょう。ちくしょうめええええええええええええっ!」
盗賊の男が全身氷漬けになった。
スキル、オフ。僕は姿を父に晒した。
「氷漬けにしちゃったけど、大丈夫だった?」
「……いちおうこうしておこうか」
父が剣をスパッと振った。一回しか振ってないように見えたけど、たぶん数回斬ってるね。
「ぶはっ、はあっ、はあっ、はあっ。あー、死ぬかと思った」
器用に盗賊の男の顔のところだけ氷がなくなっていた。
「おいおい、いーのか? 俺はまた逃げるぞ。絶対に逃げるからな」
「では、脚を斬り落としておこうか」
「た、大変申し訳ございませんでした……。ちょっと調子に乗ってました……」
父が剣を鞘にしまった。
ふう、これで一件落着かな。僕は肩の力が抜けた。いっきに疲れが出てきてお腹が空いてしまったよ。
おっと、僕は横から父に抱きしめられていた。
「ウィリー、怖い思いをさせてすまなかった」
「んーん、大丈夫だったよ。あのおじさんの話相手になってあげてただけだし」
「今度からはちゃんと、私がウィリーを守るから」
「僕もちゃんと強くなるよ。パパみたいにかっこいい剣士になる」
「いや、ウィリーはもうかなり強くてかっこいいぞ」
「そう?」
「なにせ今回の戦争の一番の大手柄は、ウィリーがあげたんだからね」
「大手柄?」
「あの男が盗賊団のボスなんだ」
「え――」
それでめちゃくちゃ強かったんだ。でもこれって僕が倒したことになるのだろうか。ほとんど父のおかげで勝ったようなものなんだけど。
大手柄はパパじゃないの? って聞こうとしたんだけど、小麦倉庫の外に父が視線を移動させてしまった。そこには馬に乗った騎士がいた。
「あ、早馬の人だ」
父が早馬の人を向いて立ち上がった。早馬の人はずいぶん心配した顔をしている。ひらりとかっこよく地面に降り立った。
「ストラトス卿! おぼっちゃんはご無事でしたか!」
「ああ、大丈夫だ。この通り、元気だよ。心配をかけたね」
早馬の人が小麦倉庫に入ってくる。
「良かった。安心しましたよ。……それで盗賊団のボスは。もう逃げた後だったのでしょうか?」
父がにやりと嬉しそうにしたのを僕は見逃さなかった。
「あれを見てもらえるだろうか」
父の視線を早馬の人が追いかけた。そこには氷漬けになった盗賊団のボスがいた。
「よお、盗賊団のボスでーす」
口が動くもんだから、余裕ぶった態度をとっていた。
「なんと! さすがは剣神ストラトス卿だ!」
「いや、私は魔法は不得手でね」
「そうなのですか? では、どちら様の功績でしょうか――」
早馬の人の視線が僕を向いた。父が僕の両肩に手を当てて胸を張らせた。僕はニコッと愛想笑いをした。
「ま、まさか――」
「うん。そのまさかさ」
父が誇らしげに言葉を続ける。
「急ぎ、作戦本部に伝えてくれるかい。逃亡した盗賊団のボスは、エルヴィス・ストラトスの息子、ウィリアムが生け捕りにしたと」
「はっ! その任、承りました!」
早馬の人が嬉しそうにビシッと敬礼をしてくれた。そして、かっこよく馬に乗って去って行った。
「本当によくやったよ、ウィリー」
父が大きな手で僕の頭を嬉しそうに撫でてくれた。
「うんっ!」
僕は本当の5歳児のように父に甘えながら撫でられるのだった。




