第35話 手紙
とても高級とは言えないうちの馬車にゴトゴト揺られて、僕ら家族はお尻を痛くしながらストラトス領に帰ってきた。
何も無くて広々としたストラトスの街を見る。ああ、僕は故郷に帰ってきたんだなーって気持ちになった。やっぱり生まれ故郷っていいよね。
伯爵領のガロンの街は、ちょっと人が多すぎて5歳児の僕にとっては落ち着かない場所だったかなって思う。もっと大きくなったら、また行ってみたいけどね。
ストラトスの街に帰ってきてからは、しばらく平和な日々が続いた。
僕はアンジュと剣の稽古に励んだり、フェリシーはダンスやお料理のお稽古に励んだりした。父と母は二人でゆっくり過ごしているのをよく見かけたかな。
そうそう、例のヴァレリー家ご令嬢の誘拐事件についてだけど、その後について父の戦友から父へと連絡が来たらしい。
僕は父の部屋へと行き、椅子にゆったりと座っている父からその話を聞かせてもらった。
「ソフィーちゃんを誘拐した連中だけどね――」
僕らがソフィーを救出した後、盗賊団のボスがニコニコしながら無警戒にチーズ倉庫にやってきたんだそうだ。誘拐計画は見事に成功したと部下からの報告を受けていたものだから、これでヴァレリー家から身代金をたっぷり奪い取れるぞと考えてウハウハだったらしい。
しかし、チーズ倉庫には誘拐したはずの少女はいなかった。そこにいたのは怖い顔をしたたくさんの兵士たちが待ち構えていたわけだ。
「おおーっ、それならボスは捕まったよね」
「いや、ところがそう上手くはいかなかったみたいだよ」
「まさか逃げちゃったの?」
父は頷いた。
青ざめたボスは部下を見捨てて逃げて逃げて逃げて、けっきょく逃げ切れたんだとか。
「かなり足が速いのか、あるいは逃げに特化した何らかの特技でもあるのか……。思ったよりもやっかいな相手だったみたいだね」
「でも、部下は捕まえたんでしょ? アジトの場所とか分かったんじゃない?」
「そうだね。盗賊団のアジトに攻め込むために、ガロン伯爵家とヴァレリー家の合同軍が編成されたんだそうだ。両家が誇りをかけて盗賊を一網打尽にするらしい」
「ヴァレリー家も参加するんだ。凄い数の兵士さんになりそう」
「2500人だって。内訳はヴァレリー家が1500人」
「ヴァレリー家の方が多いんだ」
「どうもヴァレリー卿は、お嬢さんを2回も怖い目に遭わせた盗賊たちにそうとうお怒りだったみたいだね」
馬車に乗っていたソフィーを襲ったのも同じ盗賊団だったんだそうだ。
それでヴァレリー卿は盗賊を根絶やしにしようと兵を1500人も出したと。ていうか、ヴァレリー家って1500人も兵士を出せるんだ。うちの領の全人口を越える人数の兵士がいるとは。うちとは規模がぜんぜん違うんだなって思った。
「それで盗賊の方は何人いるの?」
「200人くらいだって」
「え、そんなに大きな盗賊団だったんだ。ほぼ軍隊じゃん」
「しかも、やっかいなことに元騎士がたくさんいるそうだよ」
「騎士が? 盗賊を? かっこわるい。どこかの家に仕えたりしないの?」
「私もそのへんは詳しくないんだけどね。私がこの土地に来る前に、このあたりの貴族って悪いことをいろいろとやっていたみたいなんだよ。その悪行にカンカンに怒った伯爵様が悪事を徹底的に調べあげて、悪い貴族たちを領地から追放したそうなんだよ。そのときに行き場をなくした悪い騎士たちが、徒党を組んで盗賊になったみたいだね」
ちなみに悪いことっていうのは、女の子を攫ってきて無理矢理に妻にしたり、ひどいときには奴隷にしたりとか。お金の流れも酷くて、犯罪集団が絡んできてどんどん私服を肥やしていったらしい。あげくの果てには真面目に働いていた善良な貴族の土地を奪い取ろうと戦争をしかけたり、暗殺を試みたり……。
「まあ、一部の悪い貴族については私もこらしめたりしたんだけどね」
「それでパパがこの領地をもらえたんだね」
「そういうことだね。粛正の最後の方でちょっと活躍しただけなのに、伯爵様にはよくしてもらえたんだよね。ありがたい限りだよ」
ただ、父の言うそのちょっとの活躍っていうのがよく聞いたらとんでもなかった。
「1人で城に乗り込んで悪い兵士や犯罪集団を3000人ほど斬って、牢屋に捕まっていた優しい領主の一家を救出しただけだよ。たいしたことはないさ」
一騎当千どころじゃなかった。そりゃあ伯爵様のお気に入りになって領地をもらえたりするわけだよ。
「パパってやっぱり凄い」
「ウィリーはもっと凄くなるんじゃないかな」
「えっ」
親の期待が大きすぎるんだけど……。1人で城攻めをして制圧しきるなんて僕なんかにできるのだろうか。
「ウィリーが強い男に成長するのをパパは楽しみにしているよ」
父はニコニコしながら僕の頭を撫でてくれた。
父とたっぷり会話をしたので次はなんとなく母に会いに行った。
母はフェリシーと一緒にダンスをしていた。将来、ダンスパーティーや社交界に出るときのための練習なのだそうだ。
「ねえ、ママ。フェリシーがどこかにお呼ばれする日は来るの?」
「パパ次第ね。うふふふ」
しばらくなさそうだなって思った。
「あ、そうそう。ウィリーにお手紙が届いているわよ」
「え、僕に手紙? 児童向け教養グッズのセールスとか?」
「それだったらさっさと捨ててるわ。だって、うちにはお金がないし」
良かった。うちは変なセールスにひっかかりそうな家じゃないみたいだ。
これかな。テーブルの上に可愛らしい封筒があった。メスの猫がオスの猫にチュウをしているイラストが描かれてる。
裏返してみると……、ふむ……、残念ながら読めないな……。僕はまだ読み書きを習っていないから。
「なんて書いてあるの?」
「うふふふ、一緒に読んでみましょうか。ソフィーちゃんからのお手紙よ」
ピクッとフェリシーが反応した。
「えっ、ソフィーってあのソフィー? お姉ちゃんが先に読むわ」
フェリシーが奪おうとしたので僕はひょいと避けた。
「あ、ちょっ。こらっ、お姉ちゃんの言うことを聞きなさーい」
「フェリシーはダメ。ママ、読んで」
母にパスした。
母がニコニコしながら封筒を開けて手紙を出してくれた。
僕とフェリシーはそれぞれ母の隣に行って三人で顔を並べるようにした。母が手紙を読んでくれる。
「大好きなウィリアム様へ」
フェリシーがイラッとしていた。
「はあ? 大好き? 手紙を焼き捨ててあげようかしら」
フェリシーの反応は気にせず、母が手紙の続きを読み進めていく。
「先日はわたくしの窮地を二度もお救いくださり、心からの感謝を捧げます」
「まあ、お姫様気分にひたっちゃって」
「あなたと出会えたことは、わたくしの人生にとって一番の喜びです。わたくしはあなたのことを想わない日は1日たりともございません」
「私だってないわよ」
「フェリシーうるさい」
「うるさくない」
「ああ、ウィリアム様に会いたくてたまりません。わたくしたちは運命で結ばれている身。あせらずともいずれ会えると分かってはいるのですが、それでもあなたへの想いを止めることはできません」
「この女やばいわね。将来、重くなるわよ」
「フェリシーと同類ってことか……」
「次にお会いしたときにはどうか熱烈なキスをしてくださいませ。私は目を瞑り、全てをあなたに捧げるつもりで受け止めます」
「キーッ! 何を言うのかと思えばこのエロ女ーっ。私のウィリーくんの唇を狙っていたのねーっ!」
「季節は秋に移ろい、冬が迫ってきておりますが、どうかお風邪をひかれませぬようお気を付けくださいませ。あと、お姉様とご両親にもどうぞよろしくお伝えください。かしこ。あなた様の運命の人 ソフィー・ヴァレリー」
「私については1行だけかいーっ! あと運命の人って誰のことよーっ」
「うふふふっ、可愛らしいお手紙ね。ママはソフィーちゃんのこと、好きになっちゃった」
「ママは私を応援してよーっ」
「うふふふふっ」
母がニコニコして幸せそうだ。息子にラブレターが来たことに当の僕よりも喜んじゃってるよ。……ん? あ、そうか。これ、ラブレターじゃん。うわあ、前世から考えても生まれて初めてもらったよ。転生できて良かった。大切にしまっておこうっと。
フェリシーは口をへの字に曲げてご機嫌ななめみたいだ。
「ぐぬぬぬ……、あの子が大人になったときに目の前でこの手紙を朗読してやるんだからね……」
フェリシーが残酷なことを呟いていた。この手紙を朗読されたらのたうち回るような恥ずかしさがあるだろうなぁ。やめてあげてーって感じだ。
「さあ、ウィリー。ママと一緒にお返事を書きましょうか」
「うん!」
「だ、ダメよ。お姉ちゃんが代わりに書いてあげるからっ。仲が進展しちゃうようなことをしたら本当にダメだからっ」
フェリシーの妨害を受けながら、僕はニコニコした母と一緒に手紙の文面を考え始めるのだった。




