第34話 ヴァレリー卿
誘拐犯は二人とも兵士さんたちに捕らえられた。
僕の記憶では、たしかこの誘拐犯たちは、誘拐したソフィーを親分に引き渡すことになっていたはず。そう兵士さんたちに伝えたら、この倉庫で待ち伏せをして親分を捕まえようって作戦を立てていた。それで悪い人たちを一網打尽にできたらいいなって思う。
さて、僕ら親子はソフィーを保護者のところへと送り届けることになった。みんなでガロンの街の繁華街を歩いて行く。
ソフィーの父親であるヴァレリー卿は、今は伯爵様のお城にいるそうだ。あの立派なお城に行けるのはちょっと楽しみだなって思ったんだけど――。
偶然にも街の中で血相を変えたヴァレリー卿を見つけてしまった。数人の兵と共にお城の方向から大急ぎで駆けている。
父が前に出てヴァレリー卿を呼び止める。
「ヴァレリー卿、お待ちくださいっ!」
「ぬ……。ストラトス卿か?」
あからさまにイヤそうな顔をしていたけど、ヴァレリー卿はしっかり止まってくれた。
「良かった。ちょうどあなたに会いに行こうと思っていたんです」
「緊急事態だ。挨拶はいらない。要件があるのなら手短に話せ」
ヴァレリー卿は身体の大きな人だった。190センチはあるんじゃないだろうか。がっしりとした体格で、もみあげがちょっと素敵なおじさまだった。たぶん30代前半くらいだと思う。ソフィーとはまったく似ていない顔だった。
あと、ヴァレリー卿は父とはまったく違う上質なスーツを着ていた。きっと父とは違ってお金持ちなんだと思う。
「お父様! 今、大変なことが起こったんです」
お付きのメイドさんの陰にいたソフィーがぴょこっと顔を出した。
すると、厳しい顔付きをしていたヴァレリー卿が、にっこりと情けない感じのデレ顔を見せていた。表情の変化が激しすぎて僕はちょっとびっくりしてしまったよ。
「ソフィーちゃんじゃないか~! ああ、良かった~。無事だったんだね~。パパ、ソフィーちゃんが誘拐されちゃったって聞いて、気が気じゃなかったよ~」
「はいっ、誘拐はされちゃいましたけど」
「なにっ、まさかストラトス卿が犯人ではないだろうなっ」
くわっ、といっきに強面になった。表情の変化がいそがしい人だな。
「お父様、違いますっ。ストラトス様はわたくしを助けてくださったんです。特にここにいらっしゃるウィリアム様が大活躍だったんですよ」
「えっ、そ、そうなのか……。ありがとう、本当にありがとう、ウィリアム君。きみは素晴らしい人間だな。私の何よりも大事な娘を守ってくれて本当にありがとう」
僕の正面にしゃがんでくれて、両手で嬉しそうに握手をしてくれた。とても大きな手の人だった。
「お父様、ストラトス様もわたくしを助けてくださったんですよ。今回もそうですし、この街に来るときだって、馬車で盗賊に捕らわれていたわたくしを助けてくださったんです」
イヤそうーな顔でヴァレリー卿が父を見た。
「ふんっ、このたびは愛娘を助けて頂き誠にありがとうございましたっ。感謝の念に堪えませんよっ」
父の目を見ずに本当にイヤそうに言っていた。どれだけ父はこの人に嫌われているのだろうか……。
父は「ははは……」と困ったように反応するだけで精一杯だったようだ。
ヴァレリー卿が面倒くさそうにした後、姿勢を真っ直ぐにしてしっかりと立つ。そしてイヤそうにしながらも父とちゃんと向き合っていた。なんだか怖い顔になったぞ。
「ストラトス卿、一度ならず二度までもご活躍とは、さすがは剣神様ですなあ」
すっげーイヤそうー。
「個人的にはストラトス卿に助けられたのは大変に屈辱的だが、恩は恩だ。これで何も恩を返さないようではヴァレリー家の恥。世間にも笑われるだろう。だからストラトス卿、この礼は大盤振る舞いでしっかりとさせてもらうからな」
「は、はあ。いえ、困ったときはお互い様ですから別に……」
ヴァレリー卿はますます怖い顔になった。
「貴様のその優等生ヅラがむかつくのだ。いいから黙って礼を受け取っておけ、この成り上がり貧乏貴族がっ」
ソフィーが慌ててヴァレリー卿に一歩近づく。
「お父様っ、お言葉がすぎますっ」
ヴァレリー卿が破顔した。デレッデレの情けない顔になってしまう。
「ごめんね~、ソフィーちゃ~ん」
そしてまた父の顔を見て険しい顔になった。
「ちっ、礼として金をたんまり送らせてもらうからな。貴様の狭い領地では10年かかっても稼げないくらいの大金をだ。しかも、これで終わりではないぞ。金の他にも欲しいものは何かあるか? あの貧相な土地では欲しいものはいくらでもあるだろう? なんでも言ってみろ。私が調達しよう」
「い、いいのですか……?」
「ストラトス様、お父様はお金持ちです。なんでも言ってみてくださいませ」
「な、なるほど。確かにヴァレリー卿は裕福ですよね。……実は、情けない話なのですが、我が領地では毎年越冬に苦労していまして――」
「ふんっ、だろうな。ストラトス卿の前の領主は、伯爵様が激怒されるほどの無能っぷりだったからな。民は飢え、作物は何も育たなかったのだ。ゆえにきゃつは領地から追い出されてしまい……。その後釜になった貴様が苦労するのは当然の話だ」
へえー、前の領主ってそんなに酷い人だったんだ。領地を追い出されるって、つまり一般人になったってことだろうか。今はどこで何をしているんだろうね。
父はヴァレリー卿の話を聞いて、遠慮がちに欲しいものを口にした。
「も、もし、うちの領地でも育つ丈夫な小麦の種などございましたら」
「構わん。他の土地からたくさん買い付けてきてやる。今年の冬を越えるための小麦も必要だろう? うちの備蓄を貴様らが食い切れないくらいに送ってやろうではないか。他にはないか? こんな機会はめったにないぞ? ああ、家畜をいくらか送ってやろうか」
「助かります。あとできれば――」
父は染め物に使う花の種を求めた。領地に咲いていたキキョウ以外の花の種だ。それらがあった方が染め物職人さんたちが助かるからね。
「花を求めるとは、意外な趣味があったものだな。それで満足か、ストラトス卿」
「ええ、心より感謝致します」
ヴァレリー卿が凄みをきかせた顔で父に近づいて来た。ボクサーの試合前みたいな接近っぷりだった。
「いいかっ、この際だから貴様にはっきりと言わせてもらう。私はお前が大っ嫌いだからなっ!」
「は、はあ……」
「剣の腕前一つであっさりと伯爵様のお気に入りになったかと思えば、あれよあれよという間に私が狙っていた土地の領主になりおって。横取りされた気分だよ。本当にむかつくったらないわ。いいか、隙を見せたら私はお前の領地を丸ごとかっさらうからな。覚えておけ!」
「き、肝に銘じておきます」
「ふんっ、あと、顔がどうしても好みではないわ」
えっ、とその場にいた全員が父とヴァレリー卿の顔を見比べた。100人に聞いたら100人ともが父の顔の方が好きって言うと思う。だって超かっこいいし。
ヴァレリー卿がイヤそうに父から離れた。
「ではな。我らはこれで失礼させて頂く。このたびは本当にどうもありがとうございましたっ」
めちゃくちゃ悔しそうに言葉を吐き捨てて、ソフィーの手を握って歩いて行く。メイドさんが僕らに深々とお辞儀をしてくれた。そしてソフィーは僕にだけ可愛く手を振って歩いて行った。
「パパ」
「どうしたんだい、ウィリー」
「ヴァレリー卿って変わった人なんですね……」
「そうだね。見方にはよっては面白い人なんだけどね……」
「でも、決して友達になりたいタイプの面白さではないですよねぇ……」
「あと、子煩悩が過ぎるというか」
「親バカって感じでしたね」
「まあ何にしても、みんなが無事で本当に良かったよ」
「しかも、うちに小麦や家畜がたくさん届くみたいですね」
「これで来年からの冬は少し楽に越せそうだね。いやあ、本当に助かったなぁ」
良いことはしておくものだね。
というわけで、事件の解決お疲れ様っていうのと、ヴァレリー卿から良いものをもらえて良かったーっていうので、ちょっと早い時間だけど美味しいものを食べに行くことになった。
父は珍しくお酒をいっぱい飲んで酔っ払っていた。今年の冬越えは余裕があるのが嬉しいらしくて、心の底から安心したんだそうだ。
それを聞いて、いろいろとあった旅だったけど僕も頑張って良かったなって思った。




