第32話 誘拐
「えっ、ソフィーちゃんが誘拐された? 本当に?」
僕が父に状況を報告したら、周囲の人たちが一斉に表情を曇らせた。
「うん、本当だよ。真っ黒い服の、顔を隠した人が馬で急に走って来たんだ。その人がソフィーを抱えてそのまま走って行っちゃって……、僕は何もできなかった……」
「なるほど。その状況で何かができる人は大人でもいないよ。ウィリー、そんなに落ち込まないでほしい。ソフィーちゃんは必ず私たちが助け出すから」
父がちょうど会話をしていた戦友と顔を合わせる。
「何か手がかりはないだろうか?」
「最近、大きめの盗賊団が組織だって行動してるってよく聞くぜ。そいつらかもな。富豪の子女がよく狙われているらしいぞ」
「なんてことだ……。たしかにヴァレリー卿の家は富豪に間違いないな。誘拐犯がうちの子に目もくれなかったことにも合点がいく」
父よ……。自虐が過ぎます……。
戦友さんは特にツッコミは入れないようだ。
「うへぇ。よりによってヴァレリーのところのお嬢さんかよ。これはヴァレリー卿は荒れるだろうな。娘さんへの溺愛っぷりは有名だからな。心配だ。すぐに動こう。俺は街の兵に連絡を入れに行く」
「では、私は攫われたソフィーちゃんを探そう。ウィリー、馬が走って行った方向を教えてくれるかい?」
「うん。あっちだけど、そろそろ誘拐犯の逃げた先が分かるかも」
「え、どういうことだい?」
フェリシーにスキル〈フェアリーマウス〉を使ってもらっていたんだよね。それでネズミに教会の建物を駆け上がらせて、一番高いところにまで行ってもらっていたんだ。
ネズミの足では馬には追いつけないし、教会の建物はここらで最も高い。だからこれがベストかなって僕は思ったんだけど――。
「フェリシーとネズミの視力次第だけど、ネズミの目を通して馬が逃げ去った先が見えてるかもしれなくて」
少し離れたところにいるフェリシーのところへと行く。
フェリシーがすっごく目を細くして、黒板の文字がよく見えないときの学生さんみたいな表情をしていた。逃げた誘拐犯をフェアリーマウスの目を通して、しっかりと見てくれているんだろう。
「どう? フェリシー」
「大丈夫……。大丈夫だからもうちょっと待って……」
固唾を呑んでみんなでフェリシーを見守った。
「あっ、止まったわ。あっちの方向の馬車の停泊場の向こう――。何かの倉庫かなぁ」
「大手柄だ。フェリシー、よくやったよ。私をそこまで案内してくれるかい?」
父がフェリシーの頭を撫でた。フェリシーが嬉しそうにする。
ちょうど兵士が数人、駆けつけたところだった。悲鳴を聞いて駆けつけてくれたんだろう。戦友さんが事情を説明してくれて、これからみんなでソフィーの救出に行くことになった。
みんなでぞろぞろと街を歩いて行く。
フェリシーにお願いをしてネズミを先に倉庫に忍び込ませてもらった。周囲を確認してもらうと、どうやらそこにはたくさんの棚があって作りかけのチーズがいっぱい置かれているらしかった。
兵士さんたちが「あー、あそこかー」と口々に言う。
あの辺りには倉庫が多い上にひとけがないのだそうだ。前から防犯上よろしくないなと兵士さんたちの間で話題にあがっていたらしい。
15分ほど歩いてそのチーズ倉庫へとやってきた。たしかにこのあたりには人がぜんぜんいないし、倉庫ばっかりで隠れる場所がいくらでもあるって感じだった。
ああ……、入り口に立っただけでチーズの良い香りが漂ってくる。
裏側に馬が停められていたし、ここで間違いないと思う。
ちょび髭でかっぷくの良い兵士さんが、姿勢をよくして父の前に立った。たぶんリーダー格の兵士さんだと思う。
「ストラトス卿、このたびはご協力ありがとうございました。ここからは危険が伴いますので、我々が責任を持って対応させて頂きます」
「いえ、人質をとられていますので対応は困難を極めるでしょう。ここは私に任せていただけませんか?」
「卿の強さは耳にしておりますが……。敵を瞬殺して解決をお考えですか?」
「それでもいいのですが、ここには女神様より素晴らしいスキルを頂いた息子がいますので」
「はあ?」
「ウィリー、一人でできそうかい?」
「もちろんです」
スキル〈認識阻害〉をオンにした。僕の姿どころか気配すらも消えて誰も僕を認識できなくなったはずだ。兵士さんや戦友さんが驚いている。
父が僕の背中に声をかけた。
「私は少し遅れて倉庫に入ろう。いいかい、ウィリー。ソフィーちゃんの安全を考えつつ、速やかに敵を凍らせるんだよ」
魔法は父に見てもらって力をしっかりとコントロールできるようになっている。今の僕なら何も問題なくソフィーを助けられると思う。
チーズの倉庫に入っていく。
うわー、チーズの天国だ。棚にいっぱいチーズが並べられている。これは発酵させているのだろうか。すごく美味しそうな香りがいっぱいで幸せな気持ちになったよ。
あっ、フェアリーマウスみっけ。棚の一番下に隠れて顔をちょこっとだけ出していた。ネズミ返しがあるからチーズをかじったりはできそうにないね。
ポンポンとネズミの頭を撫でつつ、僕は早歩きで倉庫の奥へ奥へと歩いていった。
さあ、誘拐犯とソフィーはいるだろうか。ソフィーに暴力を振るっていたりはしないだろうね。あんな天使みたいに可愛い女の子を怪我でもさせていたら、ただじゃおかないぞ。
あ、いた。
誘拐犯は倉庫の一番奥の一番隅っこにいた。ソフィーは縄で縛られてちょこんと座っていた。
思ったよりも怖がっていないな。これから絶対に助けが来ると思って目を輝かせて待っている。そんな感じだった。
怪我はなさそうかな。一安心だ。
よし、ソフィー、すぐにきみを助けてあげるからね。




