第31話 スキルの名は
大司祭様と僕の家族がお祈りを終えた。みんなもう顔を上げている。
父が立ち上がり、大司祭様に声をかける。
「どうでしょう。女神様からスキルについて、お告げはありましたか?」
大司祭様が笑顔を見せる。その顔を見て父は安心したようだった。
「はい。お告げがありましたよ。きっとおぼっちゃんは女神様から大きな期待を寄せられているのでしょうね。与えられたスキルを活用して、大いに活躍せよと女神様はおっしゃられていました」
「なんと素晴らしい」
僕の隣にいるソフィーが小さい声で嬉しそうにする。
「女神様がお認めになられるとは。やはりウィリアム様は凄い人だったのですね」
「あんまり自覚はないけどね」
「そうなのですか? ウィリアム様は絶対に凄い人ですよ。どうか自信をお持ちになってください」
天使みたいな女の子に言われると、ひょっとしたら僕は本当に凄いのかもって気持ちになってきてしまうな。ちょっと自惚れたい気分になってきたよ。
「それで、うちの子のスキル名については」
「〈認識阻害〉というそうです」
「〈認識阻害〉……、初めて聞くスキルです」
「お嬢様のときもそうでしたが、歴史的にもかなり珍しいスキルだと思います。私も初めて聞くスキル名でしたよ」
「その効果については、女神様は何かおっしゃられていましたか?」
「はい。スキルを使用した対象への認識が、他者からは完全にできなくなるそうで」
父が言葉を受け止めてから少し考える様子を見せた。
僕も首を傾げながら考えた。なんだか僕が思っていたスキルの効果と違う気がする。ちょっと質問をしてみようか。
「つまり、僕の身体を透明にするわけじゃないんですか?」
「はい。透明にはしないようです。たとえば……そうですね。目の前の椅子にスキルを使ってみて頂けますか?」
「こう……ですか?」
僕は父と母が先ほどまで座っていた長椅子に手を触れて、スキル〈認識阻害〉を使ってみた。心の中でスキルのスイッチをオンにしつつ、対象をこの長椅子だけと意識してみた。すると――。
みんなの視界から長椅子が完全に消えてしまったようだ。全員が凄く驚いている。
不思議そうに長椅子に触ってみようとするけれど、たとえ手が長椅子に当たっていても何かに触れている感触が感じられないらしい。
スキルをオフにすると、長椅子がみんなの前に唐突に現れたように感じられたらしい。全員が驚いていた。
大司祭様がにこりとする。
「ほっほっほ、とても素晴らしいスキルですね。ストラトス家はますます繁栄していくこと間違いないでしょう」
誰が一番嬉しそうかと言えば父だった。僕のスキルに感心しつつ、どうやって使えばいいかをわくわくしながら考えているようだ。
「我が息子ながら本当に素晴らしいスキルを持って生まれてきたようです。息子のこれからの活躍を想像すると、本当に期待で胸が膨らむ気持ちになりますよ」
「その気持ち、伝わります。ですが、くれぐれも大事に育ててあげてくださいね。強いスキルは人の心に隙を生んでしまいますので」
「肝に銘じておきます。スキルに驕ることなく、またスキルを良い行いのみに使うよう、しっかりと指導していきたいと思います」
大司祭様が安心したように深く頷いた。
「ストラトス様ならきっと大丈夫ですね。おぼっちゃんのご活躍の報が届くのを、この教会で楽しみに待っております」
話は終わった。僕らは大司祭様にお礼を言い、寄附金を納めてから教会を後にした。
ちなみに寄附金はそんな驚くような金額ではないらしい。地方の貧乏貴族がムリのない範囲で出せる程度なんだそうだ。これは伯爵家が教会に多額の寄附をしているのが大きいんだそうだ。ただ、他の地方に行くと、もっと寄附金を払わないといけない場合が出てくるから、しっかり覚えておくようにと父から教わった。
教会から出たところで、僕らに近づいてくる男性がいた。けっこう筋肉質でたくましい男性だった。どうやら父の知り合いのようだった。
「ごめん、少し話をしてくるから待っていてくれるかい。彼は私の戦友なんだ」
父はきっと僕のスキルについての自慢話をするんじゃないかな。戦友さんはお告げを後ろの方で聞いていたらしく、父に会うなり「よう、おめでとうさん」と言っていたからね。
僕らと一緒に教会を出たソフィーが、なぜか僕の隣にぴったりくっつくように歩いている。
ちょっと歩きにくいからソフィーの顔を見てみたら、お花が咲いたような可憐な笑顔を見せてくれた。
「あのっ、ウィリアム様はこの後にご予定はありますか?」
ちょっとドキドキした感じに聞いてくる。これはきっとデートのお誘いだな。
僕はまだ女性をデートに連れて行くような甲斐性はないけれど、ここは迷いなくOKをして親睦を深めたいと思う。だって、ソフィーって文句なく可愛いから、デートのチャンスは男として絶対に逃したくないからね。
「ざんねーん。私たち超いそがしいのよー」
んんん? 先にフェリシーが返事をしてしまった。フェリシーを見てみると笑顔になりつつ眉がぴくぴくつり上がっていた。
「いや、僕らに予定は何もないはずだけど……」
「あ・る・わ・よ。これからウィリーくんはお姉ちゃんといちゃいちゃちゅっちゅっする予定よ」
ちゅっちゅは永遠にしないと思うけど……。
「そ、それでは、その……、よかったら……ですけど……」
ソフィーがもじもじしながら上目遣いをくれる。可愛くて可愛くてたまらなすぎて抱きしめたくなってしまったよ。
こんなに可愛い子がよく今日まで誘拐されずに健やかに成長できたもんだ。ソフィーを守ってきた周囲の人たちに感謝だね。
「ウィリアム様、どうかこの後、わたくしと、デ、デートをしてくださいませんか?」
フェリシーに衝撃が走っていた。
「こ、この子はっ、人の話を何も聞いてないわねっ。意外と手強いわ。いい? ソフィー、ウィリーくんとデートをしていいのはね、世界中の女性の中でお姉ちゃんであるこの私だけ――。……え?」
「あら?」
あっ、しまっ――。
デレデレしすぎてしまって、完全に油断していた。
凄いスピードで馬が走って来て、その馬に乗っていた人がソフィーの腰を抱えて持ち上げてしまった。そしてそのまま減速することなく走り去っていく。
「ゆ、誘拐っ! 誘拐だーっ!」
「え? え? 今のって悪い人ってこと? ど、どうしよう、ウィリーくん」
「僕が魔法をっ……、い、いや、ダメだ。僕の魔法だとソフィーも巻き添えになってしまう」
母とソフィーのお付きのメイドさんが同時に悲鳴をあげた。それで周辺の人たちが僕たちを注目してくれた。事態の深刻さをみんなに伝えないと。
「誘拐事件が起きました! あの馬です!」
僕は助けを求めることしかできないのか。何か他に……他にできることはないだろうか。馬はどんどん遠くへと走り去っていく。
「ウィリアム様ーっ!」
ソフィーが必死に手を伸ばすようにして僕の名前を呼んだ。
「ソフィー! 必ず助けに行くからっ!」
僕の声は届いただろうか。
誘拐なんて許せない。絶対にソフィーを助け出して誘拐犯をボコボコにしようと思う。
「フェリシー、お願いがあるんだけど」




