第26話 盗賊
馬車が走る走る走る――。
わりとまっすぐな森の中の道だったから、スピードを出してどんどん進むことができた。おかげでわりとすぐに、さっき保護した男性の乗っていた馬車に追いつくことができた。
うちの馬車で御者をやっている父の隣に、保護した男性が身を乗り出すようにする。
「あ、あれです。あの馬車です。でも、本当につっこむんですか? 相手は盗賊ですし、何人もいますよ」
「はい、大丈夫ですよ。安心して全て私に任せてください。一瞬で終わらせてきますから」
僕は保護した男性に声をかけた。
「僕のパパは剣神って呼ばれている強い人ですから、心配はいらないと思いますよ」
「剣神? ええっ、あの剣神ですか? つまり、あなたのお父様は、あの有名なエルヴィス・ストラトス様ですか?」
「はいっ。ご存知だったんですか?」
「ええ、もちろんですよ。この国で最強じゃないかと評判ですから。勇名は私の耳にも入っていました。ただ、もっと大柄な男性だと思っていましたが――」
うわっ、びっくりした。父が急に静かになったと思った瞬間に、周囲百メートルくらいの範囲が父の戦闘領域内に入った気がした。その領域内にいるありとあらゆる生命は父によって一瞬で命を刈りとられてしまう。そんな恐怖を感じた。
「す、すご……」
父は僕の想像以上に強そうだった。
父は馬に止まれと指示を送った。そして自身は、御者台を飛び降りて前を走る馬車へと駆けて行く。
見える範囲では盗賊の数は5人だろうか。馬車の御者台に座っているのが1人で、馬車を囲むように馬に乗って走っているのが4人だ。あっ、あと、上空にはグリフォンが1匹いた。
父が馬よりも速い速度で駆けて行き、あっという間に盗賊たちに追いついていた。
とんでもない殺意に気がついたんだろう。一番後ろにいた盗賊が明らかにビクッと震えた。そしてその盗賊は、後ろを向いた瞬間に叫び声をあげた。
「うっぎゃあああああああああああああああああああっ!」
斬られる前から悲鳴をあげるなんて。それほど父の迫力は凄かったってことなんだろう。
父があっさりとその盗賊を斬って倒す。その剣が速いのなんの。僕はぜんぜん何が起きたのか分からなかったよ。
これはもっと近くで見たいかも。僕は止まった馬車から飛び降りた。
父が次の盗賊に迫っていく。
「な、なんだこいつっ。ぐええええええええええええええええええええっ!」
「どうかしたのか? ひえっ。いってえええええええええええええええええええっ!」
「ん? 相手は一人か? 何やってんだよ。って、うわああああああああああっ。く、来るなああああああああっ!」
「バケモノか貴様ああああああああああああああああああああっ!」
あっさり全ての盗賊を斬り捨てていた。
あ、グリフォンが恐れをなして逃げていく。空を飛んでいるからさすがに逃げ切れるかなと思った。
しかし――。
父は剣を一回鞘にしまい、居合いみたいな構えを見せた。そして集中力を高めると、僕にはまったく見えない速度で剣を横に超高速で振ったようだった。
「うわっ!」
剣の振る速度が凄すぎて、僕は風圧でちょっと飛ばされそうになってしまった。
「ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
グリフォンは空中で真っ二つにされて林の奥へと落下していく。
こ、こわ……。モンスター相手だと容赦ないな。というか、今のってどうやったのだろうか。今度教えてもらいたいなって思った。剣で遠くにいる敵を切るって漫画のキャラしかできない技だと思っていたよ。
父が気を抜かずに馬車の中を見る。
「……まだいるのか」
馬車の中に盗賊がもう一人いるようだ。馬車の窓から悪そうな男が顔を出す。
「う、動くなっ! 俺に手を出したらこの女の首を斬るぞっ!」
うわっ、人質をとっていたようだ。どうやら馬車の中に誰かが乗っていたみたいだね。これは面倒なことになったもんだ。
ただ、父なら馬車ごと盗賊の男を真っ二つにしてしまえるだろう。だからあっさりと解決できると思うんだけど……。でもそれをすると、人質になっている誰かが酷い心の傷を負ってしまうかもしれない。
それはちょっと可哀想だから、ここは僕の出番かな。
僕は父に大きく手を振って、自分が行くよと指を自分に向けてアピールをした。
そして僕はスキルをオンにして姿を消した。
父が盗賊の注意を引こうとしてくれているのだろう。殺意をしぼませながら、リラックスした表情で盗賊に話しかけていた。
「まさか人質をとっていたとはね。まいったよ。きみの要求はなんだい?」
「俺を見逃して立ち去れっ。そうすりゃこの女たちには何もしねーよっ」
「そんな言葉を信られるとでも?」
「うっせーよ。女たちが生き残るには、普通に考えて俺の要求を聞くしかねーだろっ」
げーっ、僕の背が足りなすぎて馬車の入り口を開くことができないーっ。これが5歳児の限界だっていうのか……。現実って厳しいな……。ってなにを簡単に諦めてるんだ。
「【マジカルブリザード】」
地面に氷を出して足場を作った。滑るのに注意しながら、僕はその氷の足場に乗ってドアを開け、馬車の中へと入っていく。
馬車の中には、なんと女性が三人も乗っていた。人質に取られているのは一人の若い女性メイドさんだった。
「さあ、とっととどこかへいきなっ! おらぁ!」
よし、僕に気がついてないぞ。父の存在が圧倒的に怖すぎて目を離せないんだろうね。
ということで盗賊の顔面に向けて魔法を撃とうと思う。魔力をしっかりと込めて――。
「【ウォーターショット】!」
フェリシーから教えてもらった魔法の一つだ。圧縮された強烈な水の塊を盗賊の顔面に叩きつけてあげた。
「あがっ!」
あまりの衝撃に盗賊の男が白目を剥いて窓から上半身を出していた。
父がその盗賊を引っ張って地面へと落っことす。しっかりと気を失っていることを確認したようだ。
これで一件落着かな。
僕はスキルをオフにした。僕の姿が急に現われて女性たちが驚いていた。
「みなさん、お怪我はございませんか?」
ぽかーんとされてしまった。僕が急に現われたことにびっくりしただろうし、5歳児が助けに来てくれたことにも驚いたんだと思う。
僕は一人一人の顔をチェックした。十代後半くらいのメイドさんに四十代くらいのメイドさん。そして、ちょっと僕は衝撃を受けた。ぽかーんと口を開けて目が離せなくなってしまったと思う。
馬車の一番奥になんとも美しく可愛らしい、まるで天使のような少女が座っていたからだ。




