第24話 献上品
うさぎ騒動があってから数日が経過した。あれ以来、毎日平穏な日々が続いている。
「ウィリー様ー、お客様ですよー」
うちの一階からアルフレッドさんが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。お客様って誰だろうかと思いながら、僕は二階からけっこうなスピードで階段を下りていった。
あ、移住してきた人たちだった。
このあいだ農家の人と喧嘩していた男性や、染め物の話をしてくれた女性がうちに来てくれたようだった。
「こんにちは。僕に会いに来てくれたんですか?」
髪を綺麗に整えた60歳くらいの男性が深々と頭を下げてくれた。
「ウィリアム様、こんにちは。このたびは本当にお世話になりました」
「いえいえ、僕はたいしたことはしてませんよ」
「いえ、本当に助かりました。心からお礼を言わせてください。おかげさまで我々はこの街の人々に受け入れてもらえましたし、職にもありつけました。それでさっそく染め物を作って服を仕立ててみたんですよ」
一緒に来ていた40歳くらいの女性が、手に持っている袋から青い服を出す。
「この青い服が、私たちのこの街での一番最初の仕事です。これをぜひ、ウィリアム様に献上したいと思って持ってきました」
「え、僕にですか? いいんですか?」
「はい、ぜひ」
わあ、こんなに嬉しい話はないね。頑張って良かったって思ったよ。
そういえば、僕は前世で仕事をして誰かを助けたことは何度もあったけど、感謝してもらえたことなんて一度もなかったなって思い出した。
僕は献上品の服を笑顔で受け取らせてもらった。
そして、服を広げてしっかりと見てみる。
「うっわー! すっげー! 超かっこいい服ですねっ!」
自分の目がきらきら輝いていることがはっきりと分かる。
だって……だって……、あまりにも素敵で鮮やかな青色のシャツをもらえたからだ。
「あの花が、こんなにも綺麗な青色を出せるんですねっ」
花より綺麗な色が出ている気がする。これが彼女たちの技術ってことなんだろう。僕が感動しているからか、服をプレゼントしてくれた女性がにこにこしていた。
「お褒めくださりありがとうございます。実は私たちも驚いているんです。この土地のキキョウの花は鮮やかで素敵な青色が出まして」
「前に皆さんが住んでいたヴァレリー領のキキョウとは違うんですか?」
「はい。水か土が違うのか。あるいはそもそも品種が違うのか。あちらはもっと緑がかった落ち着いた色が出るんですよ」
へえ~、と思った。うちの土地は食べ物の育ちは悪いけれど、染め物に関しては適した環境なのかもしれないな。
改めて献上品の服を見てみる。本当に鮮やかでかっこいい青色だった。
「僕はこの青色が大好きだなー」
あっ、僕、ちょっと目の端に涙が浮かんでしまった。
思い出してしまったんだよね。この鮮やかな青い色は僕の前世の国、つまり日本で好まれて使われた色だったから。
パッと見たときに思ったんだけど、これってサッカー日本代表によく使われていた青色だよ。よくこの色のユニフォームを着てスタジアムに応援に行ったなぁって思い出してしまった。
「本当にものすっごく嬉しいです! 僕、気に入りました! 毎日着たいくらいです!」
「そんなに喜んでもらえて……。私たちも本当に嬉しいです。ね?」
「ええ、心から嬉しいです。それに、この生地なら商売繁盛しそうだなって、ウィリアム様のおかげで大きな手応えを感じさせてもらえました」
「この生地なら絶対に成功すると思いますよっ。僕、みなさんを応援していますし、パパが帰ってきたら、この青い生地がたくさん売れるように一緒に考えてみようと思いますっ」
いやー、本当に嬉しい。サッカーボールがあれば、今から外に行ってサッカーで遊びたいくらいだよ。
それから1時間ほどのち――。
「ただいまー。みんな元気にしていたかいー?」
父とレノアさんがモンスター討伐の仕事から帰ってきた。二人とも千匹のモンスターを相手にしてきたっていうのに怪我一つなくてピンピンしていた。
「パパ、レノアさん、おかえりなさい」
「あら、ウィリー様、可愛い服ですね」
「おや、ウィリー、その服はどうしたんだい? ママに買ってもらったのかな? 凄く良い生地の服に見えるけど……」
「えへへ、ついさっきもらったんだー」
アルフレッドさんが奥から出てきた。
「二人ともおかえりなさい。エルヴィス様、ぼっちゃんが大活躍でしたぜ。語りたい話が山ほどあるんで、みんなでお茶にしませんか?」
「大活躍? またウィリーが何か頑張ってくれたのかい?」
「それはもうもの凄く。俺も含めて街のみんながウィリー様に大感謝ですよ」
アルフレッドさんがお茶の用意をしてくれた。
父とレノアさんは武器や旅の荷物を置いてから椅子に座って、それからじっくりとアルフレッドさんの話を聞いてくれた。畑荒らしの件、うさぎモンスターの討伐の件、そして染め物の仕事の件と話は続いていった――。
「……というわけで、ぜんぶ丸く収まったどころか、俺たちが頭を抱えていた移住者問題も丸ごと片付きそうで。本当にウィリー様様なんですよ」
父はとても感心してくれたようだ。
「まさか私がいない間にそんなことが起こっていただなんて……。ウィリー、大手柄じゃないか。偉いぞ」
「えへへー」
しこたま褒めてもらえた。あと頭をいっぱい撫でてもらえた。
「あとね、ウィリー。パパとレノアも頑張ったんだよ。ね?」
「ええ、今回の仕事の働きぶりを評価して頂けて、伯爵様から報酬を弾んでもらい――」
「なんとか冬越えのメドがついたんだよ。これはみんなの協力あってのことだよ。本当にありがとう!」
それは良かった。寒いうえに飢えを耐え忍ぶような冬にはならないみたいだ。
しかも、稼いだお金で、移住者さんたちのための居住施設を急ピッチで建てられるんだそうだ。しっかりしたアパートみたいなのを建てるんだって。生活が安定するまでは父は無償でその施設を提供すると話していた。
これで移住者の人たちは、ひとまず安心して生活ができるだろうと思う。
「ところでパパ、提案があるんだけど」
僕はこの服をもらってからすぐに思いついた商売の話があるんだよね。それを提案することにした。
「なんだい、ウィリー。言ってごらん?」
「この青い生地だけどね、ストラトス生地っていう名前を付けてもいいかな?」
「え? うちの名前をつけるのかい? 面白いことを考えるね。でも、どうしてだい?」
「この生地をこの領地の特産品にしたくて。質が良くて肌触りの良いこの生地にこんなにも鮮やかな青色が染められれば、きっとどこに持っていっても評判になると思うんだ。そのときにただの良い生地ではなくて、ストラトス生地っていうブランド名があればきっと商売をしやすくなると思ったから……」
「……なるほど。一理ある気がする。ただ、生産者の許可が必要だね。ウィリー、明日にでも一緒に聞きに行こうか」
「うんっ!」
翌日、生産者のみなさんは二つ返事でOKを出してくれた。むしろ生産者の皆さんからお願いしたいくらいだったらしい。
それから月日が過ぎていって――。
ストラトス生地がたくさん生産できたので、父と生産者さんたちが共に大きな街にあるお店へと営業に行った。
営業先の評判は大変よかったって聞いている。
西のヴァレリー領が取り扱う生地よりも、ストラトス生地の方がはるかに鮮やかな色が出ていると気に入ってくれたんだそうだ。これは売れると大喜びで大量受注を決めてくれたらしいよ。
来年もぜひよろしくということで、ストラトス家は養蚕事業の拡大を決定した。事業を拡大するということは新たな雇用が生まれる。そして、生地がたくさん作られれば染め物職人の皆さんの仕事もはかどるだろう。
つまり、何もかも上手くいった結果になったわけだ。
僕としてもこれで一安心だ。これで冬越えのために父がいつも命を張って出稼ぎに行く必要はなくなるかもしれない。息子としてはそれが一番嬉しいかな。




