第21話 旬のニンジンと畑あらし
翌日、ちょっとした事件が起きた。
僕とアルフレッドさんとアンジュは昨日と同じように街を歩いていたんだけど、そのときに男の人の大きな声が耳に届いてきたんだよね。
「分かりきってるんだよっ! お前たちがやったんだろうっ!」
「我々はやっていないっ! 本当だっ!」
喧嘩だろうか。ひげ面の50歳くらいの男の人が怒っていて、髪を綺麗に整えた60歳くらいの男性が否定しているようだ。
周囲には人が集まっていて、みんな心配そうにしている。ちなみに喧嘩が起きている場所は移住してきた人たちの居住地だった。
「お前らはやってないっつってもなあ、人の畑を荒らすようなやつは今までこの街に一回たりとも出たことはねえんだよ!」
「違うと言っているだろう! どう言ったら信じてくれるんだ!」
「絶対に信じられるものか! お前たちは食うに困ってるんだろうが! 畑を荒らす理由なんてそれだけでじゅうぶんなんだよ!」
なるほど、畑荒らしが起きたのか。それは畑を大事にしていた農家さんは激怒して当たり前のことだと思う。
アルフレッドさんが「二人はここにいてください」と言って仲裁に入っていく。
「お二人とも、喧嘩はやめましょう。事情を聞かせてもらえますか?」
農家の人がバツが悪そうにした。
「……すんません、かっこわるいところを見せてしまって」
「いえ、畑荒らしがあったんですよね」
「ああ、夜のうちにうちのニンジンだけ何本も土から引っこ抜かれていたんだ。もうすぐ旬の時期でそろそろ収穫かなって楽しみにしていたのによぉ……」
「移住してきた人たちを疑ってましたよね。何か理由はあるんですか?」
農家の人が憎々しげに移住者の男性を睨みつけた。
「だってよ、こいつらは金も土地もないんだよ。だから普段からいろんな家に食料をめぐんでもらったりして、どうにかこうにか生きてる状態なんだよ。それだけ聞けば、人の畑に入る理由はじゅうぶんじゃないか?」
「いえ、決めつけはよくないですよ。誰もやってないんですよね」
アルフレッドさんが周囲を確認した。先ほど口論をしていた男性が代表して答える。
「我々の中に盗人はいません」
「そんな話、誰が信じるか!」
農家の人の怒りはちょっとやそっとじゃ収まりそうにない。アルフレッドさんが慌てて止めに入る。
「落ち着いてください。この件はいったん俺に預からせてください。領主にも相談してみますから」
「ちっ」
めちゃくちゃイヤそうにだけど、農家の人はとりあえず納得してくれたようだ。それでお開きになった。
いちおう現場の確認ってことで、僕らは農家の人の案内でニンジン畑に案内してもらった。
ニンジンが綺麗に並べて植えられているのに、たしかにところどころに穴が開けられていた。
アンジュがぼんやりした目で何やら土を見ている。つられて僕も土を見た。
ここらへんの土地はあまり土がよくないんだよね。ちょっと硬めで野菜も小麦も育ちが悪いって聞いている。
「じー……」
アンジュは何を見ているのだろうか。アンジュがしゃがんであちらこちらを確認していく。
「アンジュ、どうかしたの?」
「足跡、人間のはあのおじさんのしかない」
「え、そうなの? 目がいいんだね」
もしもそれが本当だとすると、おじさんの自作自演? 嘘を言ってでも移住してきた人たちをどうしても追い出したかったとか?
そうじゃないとすると……。僕は周囲を見た。先ほど口論の相手をしていた移住者の男性が心配そうに遠くから僕らを見守っていた。そのすぐ足下をぴょんぴょんと跳んでいく生き物がいた。
なんか僕は分かってしまったかもしれないぞ。
アルフレッドさんが分かりやすいくらいに困った顔をして戻ってきた。
「アルフレッドさん、お疲れさまです」
「はあー……、エルヴィス様のいないときに大変なことが起きてしまった……」
「パパはしばらくいないですし、どうするんですか?」
「犯人を捕まえられれば一番なんですけど……。俺には予想もつかないんですよね」
本当に困ったなぁとアルフレッドさんは頭を抱えていた。
夕ご飯を食べ終えて、そろそろ眠る時間が迫ってきた。
歯ブラシをとってこようと思ったら、お風呂上がりのフェリシーとすれ違った。素晴らしく良い香りを放っている。
「フェリシー、どう?」
「何もいないわ。農家の人が何回か様子を見に来たくらいね」
僕はフェリシーにお願いをしてフェアリーマウスを畑の近くに待機させてもらっているんだよね。不審人物がニンジンを盗んだらすぐに気がつけるようにだ。
「そっか……。フェアリーマウスってフェリシーが眠ったら消えちゃうの?」
「んーん、勝手に動き続けるわ」
なんて優秀で便利なスキルなんだ。
「じゃあ、畑に何かあったら僕を起こすようにフェアリーマウスに言っといてくれる」
「いいけど。ウィリーくん、夜は寝ないといいこになれないよ」
大丈夫、そもそも僕はあんまりいいこじゃないから。
というわけで僕はひとまず眠ることにした。自室に行くと、アンジュはもうベッドで大の字になって力尽きていた。
アルフレッドさんは綺麗にかけ布団をかぶった状態で顔を真っ青にさせていた。きっと畑の件で困っているのだろう。
「アルフレッドさん、部屋のドアを開けておいていいですか?」
「え、いいですけど、なんでです? 暗くて怖いからですか?」
「畑に何かあったら、フェリシーのフェアリーマウスが僕に教えてくれるってことになってるんですよ」
「あっ、その手がありましたか」
「まあ、そう簡単に犯人が見つかるものでもないと思いますけどね」
とりあえず寝ながら待機していようと思う。僕はベッドに上がった。
大の字になっているアンジュの身体をちょっとまっすぐにする。そして毛布をかけてあげた。これで僕が眠るスペースができたぞ。
あれ、どたどたどたとフェリシーが走ってくる音が聞こえてきた。大量のフェアリーマウスと一緒だった。
「ウィリーくん、出たよ!」




