第20話 鮮やかな青い花
父がモンスター討伐の遠征のため、またしばらく家を空けることになった。
騎士をいっぱい連れて行くのかと思っていたんだけど、なんか父さえいればだいたい片付くらしく、レノアさんと他に数人だけ連れて行っていた。
千匹の大きなモンスターを相手に数人で挑むなんて無謀じゃないかと僕は一瞬だけ思ってしまったけど……。父より弱いらしいレノアさんでさえ僕からみたらとんでない達人だったからなぁ。きっと剣神と呼ばれる父なら無双しまくって一瞬で千匹のモンスターを倒せてしまうんだろうね。
僕ももう少し大きくなったら、父たちと一緒に戦いの場に出られるといいなって思う。そのためにも今のうちから剣の練習をしておかないとね。
ああでも、アンジュが僕の家に遊びに来てしまった。今日は何やら鮮やかな青い花を手に持っていた。虫好きなアンジュにしては珍しいな。
「ウィリーさま、これあげる」
「ありがとう。綺麗な花だね。このへんに咲いてたの?」
「うん。いーっぱい咲いてたよ」
「どっちの方?」
「あっちの方」
あっちというと、ちょっとした森の中かもしれない。一人でそんなところに行ったらしかられる気がするけど……。
あっ、アンジュと一緒に来たアルフレッドさんがしっかり聞いていた。
「こおおおらあああああっ、アンジュ~? いつのまに探険に行ってたんだっ。探検は禁止だってパパ言ったよなぁ!」
「べ、べべべべべっ、別に探検してないし? ボクは道端に咲いていた可愛いお花をたまたま見つけて摘んだだけだし?」
「じゃあ、そのお花が咲いているところまで、パパを案内してもらおうか?」
「……。……。……うーん」
アンジュは少しだけ考えた。そして結論が出たようだ。両膝をつき、両手もついて、おでこを床につけた。そ、それは日本人特有の文化、土下座じゃないかっ。さてはこの間の僕の土下座を見て覚えたな。
「た、大変申し訳ございませんでしたああああああああああっ!」
「謝ってもダメだあああああああああああああああっ!」
「ひえええええええええええええええええええっ!」
どったんばったん。うちでアルフレッドさんとアンジュの追いかけっこが始まった。
ふーむ……、お嬢さんがわんぱくでおてんばな感じだと親は大変なんだな。
僕はアンジュからもらった花を花瓶に入れて飾ることにした。本当に綺麗な花だと思う。名前は知らないけど、好きになれそうな花だなって思った。
お昼過ぎになった。
僕はアンジュとアルフレッドさんについてきてもらってお散歩に……、というか領内の視察に行くことにした。父が出稼ぎをしないと冬を越せないんじゃあ、いつか絶対に困ると思ったからだ。
これでも僕は元はちゃんと仕事をしていた社会人だった。出世こそできなかったけれど、仕事はできていた方だったと思う。そんな僕なら、この領地で特産品になるようなものを新たに見つけて、大きな稼ぎあげることが可能かもしれないって考えたわけだ。
というわけで、領内をアルフレッドさんに案内してもらいつつ、いろいろと見て回ってみるつもりだ。
「あら、ウィリアム様、それにみなさんも。こんにちは」
通りすがりのおばさんに声をかけてもらえた。
「こんにちはー」
と元気に挨拶を返したら、おばさんは喜んでいた。
そこから少し歩いて行ったら、次は農家の男性に声をかけてもらえた。
「ウィリアム様、良い野菜が取れたんですよ。これ、おうちにお届けしますんで、ぜひ召し上がってください」
「わあ、ありがとうございます! すっごく美味しそうですね!」
心から感謝したら、おすそわけをしてくれた男性も喜んでくれた。
その後もいろいろな人に声をかけてもらったり甘い物をもらえたりした。ストラトス家って本当に慕われているんだなって嬉しくなったよ。
しかし……。特産品になりそうなものは何も見つからなかった。
畑はたくさんあるけどどこも狭かったし、牛とかにわとりがいたかと思えば頭数が少なかったし……。なんというか、みんな自給自足に近いことをしているというか……。自分とご近所さんや親戚がちゃんと生活をしていければそれでいいかなって考えで暮らしている感じがした。
大規模な畑や牧場を作って大もうけって感じではなさそうだ。
「う~ん、特産品になりそうなものはないかなぁ」
この街だけじゃなくて、領内にあるいくつかの村にも視察に行った方がいいだろうか。
「え? 特産品……ですか?」
アルフレッドさんが僕のひとり言を聞いていたようだ。説明した方がいいかな。
「たとえば、別の街に売りに行って領内を潤すことができる物のことですね。何かないかなって考えながらずっと歩いていたんですけど……」
アンジュが両方の側頭部にひとさし指を当てて首を傾げた。
「ウィリーさまが難しい話をしてる……」
ちんぷんかんぷんみたいだね。アルフレッドさんは理解してくれたみたいだ。
「おおっ、ウィリー様はまだ5歳なのにそんなに難しいことを考えていたんですね。凄く偉いですよ」
「毎年冬を越すために、パパが命がけで稼いでくるのはなんか違うなって思いまして……」
「なるほど。まあエルヴィス様は無敵なんで、モンスター千匹程度なら何事もなかったかのように元気に帰ってきますけどね」
「パパが家にいてほしいなって」
「なるほど。それはそうですよね。ちなみに、特産品と呼べるかは分からないですけど、いちおうそれっぽいものはありますよ」
アルフレッドさんがとある施設を案内してくれた。
けっこう大きな建物で、そこではたくさんの大人たちが働いていた。
「アルフレッドさん、ここは何の建物なんですか?」
「ここは蚕って虫をいっぱい飼っているところなんです。その虫に糸を作ってもらって、それを紡いで生地を作るところなんですけど……。ええと、養蚕って分からないですよね……。このあたりはそれが元々盛んな街だったんですけど。どう説明しようかな」
「養蚕! 分かりますよ。立派な特産品じゃないですか」
「すごっ。さすがはウィリー様だ。それなら話が早いです。うちで作った生地は肌触りが良いってことで、けっこう人気があるんですよ」
「へえ~。これって規模を拡大したりはできないんですか?」
「うーん……、可能かもしれないですけど、人手をどうするかっていうのと……。あと、多く作る分はストラトス家が買い取るか、販売を保証してねって話になると思うんです。そこが問題ですね」
「なるほど、人手と売り上げを保証できるかどうか、そこが問題なんですね」
どちらも簡単な問題じゃないと思うけど……。ここで作る生地が本当に良いものなら、買い手は付くんじゃないだろうか。そして売り上げがあがれば新しく人を雇うことができる。
「ここで作った生地って主な販売先はどこになるんですか?」
「西にあるヴァレリー領の商人たちですよ」
「え? ヴァレリー領? うちと仲が良かったんですか?」
ヴァレリーと言えば、ついこのあいだ僕らを襲撃してきたイヤな貴族だったはずだ。
「ヴァレリー卿がストラトス家を一方的に嫌っているだけで、商売人たちは昔から仲が良いですよ」
なるほど。政治的な話が入ってくるとややこしいことになるんだな。
「ちなみに、大ざっぱな計算でいいんですけど、ここの生産量を何倍にしたらみんなで安心して冬を越せるようになります?」
「冬を越す……ですか。いやー、それはちょっとムリだと思いますよ。生地ってけっこう売値が低いんですよ」
残酷な現実を突きつけられてしまった。
「何か付加価値をつけないとダメでしょうね」
「付加価値……」
生地に付加価値って思いつかないなぁ。あれ、アンジュが急に走り出した。
「ウサギだー」
アルフレッドさんが瞬時に反応する。
「あ、こら。それはモンスターだ。ツノが生えてるのは危ないから近づいちゃダメッ!」
ウサギが逃げていった。アンジュが急に近づいたから怖がらせてしまったのかもしれない。
ウサギがぴょんぴょん跳んで行く。そのずっと先にはテントがいっぱい集まっていた。あれ? あのテントはなんだろうか。以前、僕が一人で冒険をしていたときにはなかった記憶なんだけど。
「アルフレッドさん、あちらの人たちっていったい?」
「西のヴァレリー領からの移住ですよ。最近、どんどん増えてきているんです。空き家がもうぜんぜん足りなくて……。可哀想なんですけど、家が建つまではああやってテント暮らしをしてもらっているんです」
「そんなにたくさんうちに来てるんですか? もしかして、ヴァレリー領で何かあったんですか?」
「ひどい増税で食うに食えないってみんな言ってますね。領主に資産をぜんぶ持って行かれたとか、子供を売り払われそうになったとか……。ひどい話ですよね」
パッと見てもけっこうな人数だ。あの人たち全員にちゃんとした生活の場を整えてあげるのって簡単なことじゃないと思う。
「なんとかしてあげたいな……」
なんとなくそう思ってるんじゃなくて、絶対にどうにかしてあげたいって僕は思った。




