第10話 探検
スキル、オン!
はい、透明人間になった。
僕は他者から見えなくなるスキルがあると知ってから、このスキルの練習を毎日するようになった。
「いってきまーす」
堂々と家のドアを開けて外へと出る。
本当なら5歳児が一人で家の外に行くのなんて絶対に止められるだろうけど、スキルを使えば誰にも見えることはないから安心だ。決して誘拐されることはないし、怖い生き物に襲われることもないだろう。
いや、待てよ。案外、モンスターには僕が見えていたりするのだろうか。たとえ見えていなくても、匂いで分かってしまうなんてことがあるかもしれない。
これは実験しないといけないな。
でも、モンスターってどこにいるのだろうか。僕はまだ見たことがないから、どのあたりにモンスターがいるのかまったく分からない。
さすがに人里の傍にはいないと思うけど……。
とりあえずご近所の家畜の目の前に立ってみたり触ってみたりしたけど、完全に無反応だった。少なくとも普通の動物には僕の存在は分からないみたいだ。
一人歩きの冒険を続ける。
「もう街の中はぜんぶ歩いたかなー」
街って言っても、家とかお店とかがぎっしりって感じのところじゃないけどね。家から家までの距離がけっこうあって広々としている感じだ。
お店はいろいろとあるみたいだけど、そんなに種類は多くなさそうだった。みんな畑を持っていたり家畜を飼っていたりして、わりと自給自足と物々交換で生活しているのかもしれない。
街の住人は数百人くらいかな。うちの領土には街の他にもいくつかの村があるらしいけど、そこの領民をたして数えてみてもきっと千人はいかないと思う。
「のんびりした良いところだっていうのはよく分かったかな」
おや、ちょっとおしゃれな人たちが集まっているぞ。父と何やら相談をしているようだ。
近づいてみて話を聞くに、どうやらおしゃれな人たちは隣の領地から移住してきた人たちのようだった。
移住かー。理由は分からないけれど、それは税収が上がってうちとしては嬉しいかもしれない。
いや、そう簡単な話じゃないか。彼らの衣食住をどうにかしてあげないとって話をしているようだった。それはかなり大変な話だと思う。うちの領地は貧しいらしいし、大きな問題にならないといいけど。
よし、大人の会話を子供が聞き過ぎるのはよくない。子供の僕はもう少し探険を続けようか。
「あれ……? 見るからに怪しい人たちがいるぞ」
大きな木の陰に隠れるようにして何やら密談をしている。中年の男性が二人だ。
格好的に戦士……、いや、傭兵だろうか。5歳児の身で関わるにはあまりにも危ない感じがする。僕は静かにその場を離れた。
「ふう、今日はこのくらいかな」
そろそろ母にバレて心配させてしまっているかもしれない。家に帰ろうっと。
「ただいまー」
家に帰ってドアを閉めてからスキルをオフにした。ふう、楽しい散歩だった。
「あ、いたいた。ウィリー、ママと一緒にお買い物に行きましょう」
「えー」
今、帰ってきたばっかりなのに。
まあ5歳児に拒否権なんてないか。一緒にお買い物に行くことになった。まあデートと思えば悪くない。
……前世から数えても初めてのデートだな。いや、やっぱりむなしいから母をカウントに入れるのはやめよう。
「ウィリー、今日は何を食べたい?」
「んー、コロッケ」
「あら、コロッケって食べられたかしら。いつのまにか大人になっていたのね」
中の人は大人ですからね。
じゃあ、コロッケにしましょうかと母はごきげんな様子でじゃがいもを購入していた。
これでお買い物は終わりだろうか。ってあれ、なんだか長い立ち話が始まってしまったぞ。八百屋のおばちゃんとがっつり話すのならなぜ僕をつれてきたし。
あーあ、ヒマだなぁ。
あれ、よく考えたらコロッケって和食っぽい気がする。ファンタジー世界にもあるのだろうか。似たような別の料理かなと思ったら、夜に母は日本のコロッケと似た感じのを作ってくれた。
僕、この世界の食生活に馴染めるかもしれない。わりと強くそう思えた。
翌日――。
僕はまたもスキルを使って外に遊びに行くことにした。
ちょうど母はお昼寝をしている。今なら長時間、出歩けるだろう。
ちょっと遠出をして、街の近くにある小さな山のふもとまで行ってみようかな。モンスターを遠目にでも見ることができたら楽しそうだなって思う。
あと、あまり目立たない場所があったら魔法の練習をしたいなって。
「スライムってこの世界にいるのかなー」
いるのなら一回は見てみたいな。モンスター界の人気アイドルみたいな存在だし。
15分ほど歩いて、さあ、山のふもとについたぞ。モンスターはどこだろうか。ドキドキしながら周囲を確認してみる。
「なんだ。何もいないや」
つまんねー。でもまあ、そんなものかもしれないな。こんなすぐ傍に家があるところにモンスターが出たりしたらたまったものじゃないし。
魔法の練習をちょっとだけして帰るかな。木に隠れれば小さい魔法くらいは出せると思うし。
そう考えたときだった。
「たーすーけーてーっ!」
ちっちゃい子供が助けを求める声が、僕の耳に聞こえてくるのだった。