第1話 冴えない人生だった
入社して早13年か――。
この13年、僕はいったい何をやっていたんだろうなぁ。いつまで経っても雑用みたいな仕事しか任せてもらえないし。同僚たちはみんな出世したし、後輩だってとっくに僕の上司になっている。
気がつけばみんなの昇進や結婚、出産を祝ってばかりの人生だった。逆に僕が人から何かを祝ってもらえたことなんて、ただの一度たりともないっていうね。
はあ~あ……、仕事は人よりもできたはずなんだけどなぁ……。
でも、給料は来年入ってくる新人よりも少ないんだよなぁ……。僕の給料は入社してからほぼほぼ上がらなかったんだ。それなのに、時代と共に新人の初任給は上がっていってさ……。気がついたらこんなことになってしまったんだよなぁ。
「おーい、伊賀ー、そろそろ出番だぞー」
はーい、と僕は返事をした。
会社の飲み会でちょっとした出し物をするために、僕は忍者コスプレをさせられているんだよね。苗字が伊賀で忍者っぽいからって忍者コスプレをさせられたんだ。安直だよなー。
まあ、僕に道化を演じさせて、みんなで笑おうってだけの出し物だし。気楽にやって笑われてあげようと思う。そういうのがいつの間にか社内で僕に与えられた大事な役回りになってしまったからね。仕事だし、しっかりとまっとうするよ。
スモークがたかれ始めた。
「さあ、それではお待ちかね! 広告担当の伊賀さんの忍者コントです!」
わーっと盛大な拍手をもらえた。さあ、かぶいてきますか。どうせやるなら本気でやってやるさ。
僕は脇からステージに躍り出た。ステージって言っても普通の宴会場のステージだ。20センチくらいの段差があるだけの地味すぎるステージ。
でもそんな20センチの段差が命取りだった。スモークがたかれていたのもよくなかったと思う――。
「ニンニン! お集まり頂いた皆様! 楽しんでますでしょ――」
派手に動いてステージの前の方に出てみたら、片足だけがステージの下にいってしまった。20センチの段差の下だ。
そのせいで僕のバランスは完全に失われてしまった。
せめてスモークがたかれていなかったら、段差がある場所に気がついていたはずなのになぁ……。ああ、かっこわるい感じに倒れる――。
ゴッツーーーーーーーーーーーーン!
マイクが僕の転倒音を拾ったのだろうか。イヤに大きく響き渡った気がした。
やってしまった……。僕は後頭部をステージに強く打ってしまった。衝撃が強すぎて僕は意識を失ってしまった。
次にぼんやりと気がついたときには、救急車が迫ってくる音が聞こえていた。
たくさんの人が叫ぶ声が聞こえてくる。
次に意識がうっすら戻ってきたときには、救急隊員さんの懸命な処置をなんとなく感じた。
でも、もうすぐ死ぬんだなっていうのを僕は察してしまった。
心の中で一滴の涙をこぼす。
ああ……、僕の人生、こんな終わり方かぁ。なーんにもない人生だったなぁ。
生まれ変わったりとかあるんだろうか……。もしもあるのなら、次の人生ではちゃんと仕事ぶりが評価されて出世して、素敵な恋人が、いや、綺麗な妻がほしいなぁ。
今回の人生では何も良いことがなかったし、次はそれくらい望んでもいいよな。
こうして僕の35年間の人生は幕を下ろした。
ああ、冴えない人生だったなぁ。本当に冴えない人生だった――。