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「ヒィィィ!」


残った男の判断は早かった。物言わぬ死体となった仲間とビルには目もくれずに一目散にその場を逃げ出す。

慌ててビルもその場から動こうとするが両手が縛られておりうまく立ち上がれない。

まずは縄を解こうとジタバタしているとゴブリンと目が合い思わず息が止まるが、フッと視線を逸らしたゴブリンは再び逃げる男に目を向けて杖を振る。


「ぐぁぁぁあ!」


再び放たれた風の刃で右足を切り落とされた男が盛大に転ける。

満身創痍の男は歯を食いしばりながら、それでも残った左腕と左足で地べたを這うが彼が危機的状況にいることはビルの目にも明らかであった。

そんな男の苦しむ様子をゴブリンは嘲笑うかのように眺めている。

必死で逃げる男は死の脅威が後ろからゆっくりと迫っていることに気づいて声を震わせた。


「こ、ころさないでくれ! たのむ! たのむぅぅ!」


果たして言葉の意味を理解していたのか。

一層笑みを浮かべたゴブリンが杖を高く掲げる。


「お願い! お願いします! やめ……ぎゃあぁぁぁ!!」


杖の先端を勢いよく男の左胸に突き刺したゴブリンは悲鳴を堪能しながらカチカチと歯を打ち鳴らした。

離れたところから一部始終を見ていたビルは体の芯が冷えていくのを感じた。正常な思考力など残っておらずもはや目の前の光景が現実なのかも分からない。

先端が赤く濡れた杖を引き抜くとゴブリンは痙攣する男をしばらく眺めていた。

やがて獲物が完全に息絶えたことを確認するとゆっくりとこちらに振り返る。

ジッとこちらを見つめる黄色い二つの瞳が『次に死ぬのはお前だ』と語りかけているよう気がした。

今度こそ明確な死の気配を感じ取った瞬間にビルは弾かれたように立ち上がる。縄は解けていないが生にしがみ付こうとする体が己を突き動かしていた。


「誰か! 誰か助けて!」


大声で助けを呼ぶ。正直こんなところに人がいるとは思えなかったが叫ばずにはいられない。

獲物が逃げていく様子を眺めていたゴブリンは杖を振り、何かを感じ取って振り返ったビルはその拍子につまずいて転んでしまう。

しかし結果的にそれがビルの命を救うことになった。

たった今自分の頭があった位置を風の刃が通過して前方に生えていた太い木が紙のようにスパッと根本から切られる。周辺の枝を巻き込みながら崩れる木に驚いた森の鳥たちが一斉に飛び立った。

ビルはすぐに起き上がって再び走り出すがふと違和感を覚えて振り返る。


「追いかけて……来ない?」


何故かゴブリンは止まったままだった。

ビルは淡い期待を抱くがすぐに勘違いだと思い知らされることになった。

すぐに次の刃が飛んでくるがまたしても当たらず今度は前方の木々をスパッと切り倒した。

なぜ直接狙ってこないのか。当てるのが意外と難しいのだろうか。

しかし斬られた木々が進行方向の道を塞ぐ形で倒れてくるのを見てビルは全てを察した。


「そんな……」


凄まじい轟音を立てて倒れた木々を放心状態で見つめていると自然と足の力が抜ける。

こちらが上手に避けていたのではなく、そもそもゴブリンは自分を狙っていなかったのだ。

その場に膝をついて呆然としているといつの間にか奴がすぐ後ろまで迫っていた。

ドス黒い霧を身に纏ったそいつがニタァと口を広げて笑う。


「うっ」


恐怖のあまり目を瞑る。なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのだ。

もはや生きていられる時間が残りわずかだということをビルは悟っていた。


狩人。それは誰もが憧れる存在。

村の子供であれば一度は『狩人になりたい』と思うのは自然なことであった。

強靭な肉体で村の外敵を排除し、昔から村の平和を守ってきたのが狩人だからだ。

村での決め事は狩人の意見が優先され、全ての狩人を束ねる狩長かりおさの発言は大きな意味を持つ。

ビルの父親も狩人であったが、本人は自身が狩人になれないことに早くから気づいていた。

小柄で運動神経も悪いため同年代の子供から虐められることが多く、喧嘩になっても負けるのは珍しくない。狩人に必要な強さや逞しさ、勇敢さをビルはいずれも持っていなかったのだ。

そんなビルが自信を失う度に『お前は将来立派な狩人になるんだ』とおまじないように父親が暖かい言葉をかけてくれた。

しかし家にいることが多いビルは家事などの細かい仕事が得意になっていく。

狩人ではなく村の治療院で看護師になった方が良いのではと考えて始めていたが、諦める度に例のおまじないが自身を奮い立たせるのだ。

結局、狩人になる夢を捨てきれないままビルは少年時代を悶々と過ごしてきたのであった。


「……」


目の前には自身を一瞬で殺すことができる化け物。

いくら強くなっても勝てる気はしないが今日ほど自らの弱さを悔いたことはなかった。


「父さん、母さん……ごめんなさい」


果たして呟きにはどんな思いが込められていたのか。

あの風を切る音が段々大きくなってくる。死を受け入れたビルはゆっくりと目を閉じた。

しかし直後、体を襲った衝撃は想像とは違うものであった。

突然強い力で引っ張られたビルはお腹がフワッと浮かび上がる感覚に思わず目を閉じる。

そして再び目を開けた時には先ほどよりも少し離れた位置からゴブリンがこちらを見ていた。

少し経って自分が移動したことに気づいたビルが戸惑っていると見知らぬ声が聞こえてくる。


「無事か?」


少し硬いが、傷ついた人間を気遣う優しい声色。

振り向くとそこには黒髪の青年が立っており、力強さを感じさせる新緑の瞳が気遣うようにこちら見ていた。


「おい、聞いているのか」

「あ、うん……だいじょうぶ」


ポカンと口をあけていると青年が眉を顰めたので慌てて返事をする。全身擦り傷だらけだったが反射的にそう答えてしまった。

見覚えは無いが村に住む狩人だろうか。とにかく助かって良かった。

青年は背中に背負っていた大剣を抜くとビルの両手を縛っていた縄を切る。

「ここで待っていろ」

油断なくゴブリンを見つめる青年の表情は真剣そのものであった。

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