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目を覚ましたビルが最初に気づいたのは『自分の体が揺れている』ということだった。

半分覚醒した脳が誰かに背負われている感覚を察知する。

次第にハッキリとしていく意識の中で今度は苛立った男達の会話が聞こえてきた。


「前から思っていたが、何で森の中にアジトがあるんだ」

「文句ならお頭に言え。それよりそろそろ代わってくれよ。ガキだと思ったが結構重い」


『森』、『アジト』。聞き覚えの無い単語が耳から入ってくる。

やがてゆっくりと目を開けたビルは視界が暗いままであることに気づいてハッとした。

肌から伝わる感触によって自分が袋に詰められていることまでは分かる。

両手は縄で縛られているようで必死にもがいていると先ほどの声が聞こえてきた。


「目が覚めたか。怪我したくなかったら大人しくしていろ」

「そうだぞ。少しくらいなら傷付けていいと言われているからな……ひひひ」


言葉の意味を理解したビルの顔が青ざめる。やはり自分は攫われたのだ。

何故こんなことになってしまったのだろう。

最後に覚えている景色は家の近くの道。些細なことで母親と喧嘩して家を飛び出したら知らない二人組に声をかけられた気がするがそれ以降の記憶はあやふやだ。

静かに考えを巡らせていると何を勘違いしたのか男が満足げに呟く。


「そうそう、暴れなければ痛い思いはしなくて済む」


それからしばらく男達は黙ったまま歩き続けた。

時折、草を掻き分ける音や虫の鳴き声は聞こえてくるが自分がどこにいるかはやはり分からない。先ほど言っていた『アジト』とやらに向かっているのだろうか。


「おい、止まれ!」


突然の大声にビルの体が硬直する。

視界が塞がれているため外の様子は分からなかったが男の一人が何かを発見したようだ。

もう片方の男は少ししてから静止された理由に気づくと呆れた反応をする。


「おいおい、ただのゴブリンじゃねぇか。脅かすなよ」

「いや、よく見ろ。体から黒い煙が出てないか? まさかあれは……」


どうやら野生のゴブリンに遭遇したらしい。

狩人が仕留めた死体を見たことはあるが人間の子供と同じくらいの大きさだった。知能は低いためさほど苦労せずに倒せるモンスターだと聞いたことがある。

その時、ビルと男達に向かって強い風が吹いた。

袋に詰められているビルにも感じられるほどの強い風が一瞬吹き、続いて床に卵を落とした時のようなビチャっという音がする。

音の正体は分からなかったが男達の反応は劇的だった。


「ぐぁぁぁ! お、おれの腕がぁぁ!」


男の悲鳴にビルの直感が危険を察知する。明らかに何かが起きていた。

一刻も早く外の様子を確認するため身を捩っていると突然の浮遊感に襲われる。


「ぐぇ!」


硬い地面に激突して思わず呻き声が漏れた。

男達の手を離れたことで袋の上部から光が差し込み、そこから勢い良く顔を突き出すとついにビルの視界が戻った。

見渡す限り鬱蒼と木々が生い茂る薄暗い空間。そこは見覚えの無い場所であった。

木は数十メートルほどの高さまで伸びており昼間にも関わらず太陽の光がほとんど地面に届いていない。


「ここ、どこ?」


頭に浮かんだ疑問がそのまま口から零れる。

去年、父親達とドリアスの街に行った時はユタ平原を東西に結ぶ街道を通ったので、どこまでも見渡しの良い風景が続いていた。

道中は護衛してくれた傭兵が色々と話をしてくれた。確か村の近くに危険な森があって。

そこまで思い出したビルは脳裏に閃くものがあった。

村に住む人なら誰もが知っている場所。絶対に近づくなと何度も父に言われた。その場所は


「ミアの森」


ポツリと呟いた瞬間に全身がブルッと震える。まさかミアの森に来ていたとは。

その時、今更ながら隣に気配を感じて振り向いたビルはあまりの光景に口を押さえた。

そこには村で声をかけてきた二人組が立っており、やはり彼らに攫われたのだと気づくがそんなことはすぐに脳裏から消え去る。

なんと片方の男は右腕が無くなっており夥しい量の血を流していたのだ。


「ぐぅぅぅ何で俺がこんな目に! おい、さっさとあいつを殺せ!」

「うるせぇ! なぜコイツが襲ってくるんだ! 話が違うぞ!」


ビルには見向きもせず男達は血走った目で何かを見つめる。

漂ってきた血の匂いにむせかえりそうになるが、彼らに釣られて前方を見たビルは即座に後悔することになった。


「うわぁ!」


一瞬、誘拐されたということを忘れる。目に飛び込んできたものはそれほど衝撃的だった。

緑色のベトっとした肌に骨張った体、手には短い杖を持ったゴブリンが黄色いギョロッとした目でこちらを凝視していたのだ。しかも体からは黒い煙のようなものが溢れておりそれが不気味さを倍増させている。


「ギィ?」


首を傾げるゴブリンの見た目は生理的な嫌悪感を抱かせるには十分だった。醜いそいつは目が合うとニヤァっと口を歪めて汚い歯をカチカチと鳴らす。

もはや頭が真っ白になったビルがその場で呆然としていると無事な方の男が剣を抜いた。


「上等だ! やってやる!」


殺意を漲らせて駆け出した男に視線を移したゴブリンはその場を動かない。

しかし接近した男が剣を振りかぶった瞬間、持っていた杖を振ると空中に直径30cmほどの円形の『何か』が現れる。

ビュンビュンと激しい音を鳴らすそれはさながら高速で回転する風の刃のようであった。


「なにっ!」


敵の予想外の行動に驚きの声をあげた男は放たれた風の刃が自身に向かってくるのを目で追うことしかできず、腰の辺りを貫かれた直後に大量の血を撒き散らしながらバタリと倒れた。

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