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酒場。

一日の仕事を終えた者、昼から酒を浴びたい者、人生に疲れた者など様々な事情を抱えた人々が集まる場所である。

かつては一万人近くの住民が住んでいたドリアスでは酒場が点在しており、ひっきりなしに訪れる客で繁盛している様子があちこちで見られた。

しかし邪神との戦いの余波はこの街にも多大な影響を及ぼしていた。店の倒壊、もしくは客の激減によって半数以上の酒場は潰れ、三年経った今でもかつての賑わいが戻ってくると言われても信じることは難しいだろう。

すっかり暗くなったドリアスの街を進むフリードの目に閉まったままの店が次々と映る。この時間になると人通りは減るが浮浪者や物乞いが目立つ。

危険な香りを漂わせる者達が近寄ってくるのを邪険にあしらいながら入り組んだ細道を進んでいるとやがて『ケビンの酒場』書かれた建物が見えてきた。


「いつも通りか」


呟いたフリードの視線の先には『閉店中』の看板。

小さな窓にはひびが入っており扉の建て付けも悪い。このボロ酒場が営業しているのは滅多に見たことがない。

しかしフリードは扉を遠慮なく押し開けると足を踏み入れた。

乾いたホコリの匂いと共に目に飛び込んできたのは小さなカウンターに椅子が四つ並べられただけの小さな店内だ。そしてカウンターの内側には熊のように大柄な男が立っていた。


「悪いがお客さん、今日も閉店……って、お前か」


食器を洗っていた男はフリードに気づくと手を拭いてエプロンをつける。

壁際に大剣を立てかけてからカウンターの椅子に座ると男は再び口を開いた。


「いつものでいいか?」

「ああ。いつも悪いな、ケビン」


心の籠っていない謝罪にケビンは軽く舌打ちをしてから準備に取り掛かる。

それからケビンが食事の準備をする間、二人の間に会話は無かった。

手際よく食材が切られる様子を見ていたフリードはフッと視線を外すと店内を見渡す。

家具や壁は傷だらけでカウンターも所々穴が空いている。言葉を選ばず言うとボロボロの酒場であったが不思議と居心地は悪くない。この店に来た回数も一度や二度ではなかった。

気づけばあっという間に香ばしい匂いのする料理が目の前に置かれていた。


「ほらよ」


荒く刻んだ肉と野菜に塩胡椒をまぶした炒め物が皿に乗っている。立ち上る湯気に含まれたニンニクの匂いは空腹な胃を刺激し、急かされるようにフォークを鷲掴みにすると熱々の料理を口に掻き込む。

大きく頬を膨らませてがっつくフリードを見やったケビンは水の入ったピッチャーとコップをドンとカウンターに置いてからタバコを咥えた。


「ふぅ〜」


宙に向かって煙を吐いたケビンは食事をするフリードに視線を向けるが同じく口を開く様子は無かった。それはこれまでの出来事を振り返っているような、懐かしんでいるような視線だったが結局胸中の思いを言葉にすることは無かった。


「……ごちそうさま」


数分で食べ終えたフリードはコップの水をチビチビと飲み始める。

タバコを灰皿に置いたケビンは空になった皿を片付けながら愚痴るように呟いた。


「相変わらず美味そうに食いやがって……ったく、俺はコックじゃねぇんだぞ」

「別に何を頼んでも良いだろう。俺のおかげでボロ酒場の客が一人増えるんだから感謝しろ」


酒場で料理しか頼まないことに苦言を呈されたフリードだったが返事は堂々としたものだ。

それを聞いたケビンが思わず声を荒げる。


「今更一人増えたって赤字経営は変わらねぇよ! というか自分で言わせんな!」

大柄の男に怒鳴られると普通は怯むが、怒られている本人は意に介した様子もなく呑気に水を飲んでいる。

ケビンは恨めしそうな視線を向けていたがフリードが全く反応しないので諦めて溜息を吐く。


「それで、今回は何日くらい滞在するんだ?」


強引に話題を変えるとケビンは皿を洗い始める。

コップに残っていた水を飲み干したフリードの返答は実に軽いものであった。


「今夜出発する」

「それはまた……えらく急だな」


驚いたケビンは洗い途中だった皿を置くとカウンターから出てきた。

そのままフリードの隣に下ろすと神妙な声で問いかけてくる。


「ということは分かったのか? 伝染病の出所が」

「ここら一帯を調査したが手がかりは無かった。残るは西だけだ」

「西と言えば……ミアの森か? 確かあそこは広さもかなり……」


言葉を続けようとしたケビンがふと何かに気づいて口を閉じる。

訝しげな表情を浮かべるがフリードは平然としているため、嫌な予感がしながらもケビンは再び口を開いた。


「まさか一人で行く気じゃないだろうな?」

「何か問題が?」

「大アリだ! あの森の近くに誰がいるか知らんわけではあるまい!」


声を荒げたケビンが拳をカウンターに叩きつけるとコップが揺れた。

服に水がかかったフリードは迷惑そうな顔をしながらコップの中身をグイッと飲み干す。


「知っているさ。あの『金髪の悪魔』だろ。でもただの噂じゃないのか?」

「本当にいたらどうする。下手をすれば遭遇した途端に死ぬぞ」

「大袈裟だな……まぁ、それらしい奴がいたら本人かどうか聞いてみるさ」


肩をすくめたフリードに緊張感は皆無だ。

焦っている自分が馬鹿らしくなってジルは舌打ちをする。


「軽く言いやがって……前から思っていたがどうかしているぞ、お前は」


呆れた口調で非難するケビン。

しかしすぐに真剣な顔を浮かべると今度はフリードの身を案ずるように口調になる。


「そこまで必死になる理由はなんだ? 邪神は倒されたんだぞ。世界は平和に向かっている」

「だがあの伝染病は元々邪神が生み出したものだ。今になって流行るのには何か理由があるはず……しかも放っておいたら後悔すると俺の直感が囁いている」


なおも言葉を続けようとしたケビンだったがすぐに思い留まった。目の前のフリードという男が頑固な性格であり一度決めたら中々意思を曲げないことを思い出したのだ。

やがて諦めたように首を振るとケビンはカウンターの中に戻って行った。


「勝手にしろ……にしても一人で行かなくていいだろう。傭兵でも雇ったらどうだ?」

「……仲間は必要ない。俺は一人でも戦える」

「けっ! 寂しい野郎だな。じゃあ今日の飯代は独りぼっちのフリード君に免じてツケにしといてやるよ、なんてな。ガハハ!」


嫌味ったらしい言い方にイラっとしたフリードはキュッと口を結んで立ち上がる。

扉に近づいたフリードは店を出る前にカウンターを振り返った。


「次に来るまでに店が潰れてないことを祈っている」

「やかましい! 潰れてもツケは無くならないぞ! 次来るときはダチでも連れて来い!」


カウンターから飛んできた怒鳴り声に小さく笑ったフリードはそのまま酒場を後にした。

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