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遠ざかっていくフリードの背中を見送ったジルは狩人達を見渡して口を開いた。
「ひとまず村に戻るぞ……歩けない者は無事な奴に肩を持ってもらえ」
「ジルさん、戦死者はどうしましょう」
近づいてきたジェシカの言葉にジルは辛そうな表情を浮かべながらも『みんなで運ぶぞ』と告げる。
頷いたジェシカは早速動かない仲間を背中に担ぐが既に体が冷たくなり始めていることに気づいて目に涙が浮かぶ。生命活動を止めた人間の体温がこんなに早く下がるとは思わなかった。
それを見たジルはこれからのことを考えて気持ちが重くなる。
勝利したことは喜ぶべきことだが亡くなった狩人の家族に報告するのも狩長の役目であり、一人でも仲間を失うと素直に喜ぶ気にはなれない。
「俺たちも手伝おう」
声に振り返ると傭兵達が息絶えた狩人達を担いでくれていた。
先ほどモンスターと戦ってくれていた時に察していたが悪い奴らではないらしい。彼らの優しさに胸が熱くなったジルは疲れた笑顔で感謝を述べる。
やがて村へ歩き始めたジル達だったが、少しして一人の男がこちらに向かってくるのに気づいて足を止める。それは防衛戦力として村に残っていた狩人の一人だった。
「どうした! 何かあったのか!」
なんとなく嫌な予感がしたジルだったが彼が持ってきたのは予想外の知らせだった。
ざわつく仲間達の不安そうな顔に囲まれながら息を整えた男はついにその内容を口にして、もたらされた情報にジルは目を大きく見開いたのであった。
「実は……パイロさんがどこにもいないのです」
ミアの森に向かってフリードは全速力で駆けていた。
ヨミトもおそらくアズラスの逃げた方向を見ていたのだろうが、目を離すべきではなかったとフリードは後悔する。思えば昨日のからヨミトの様子はおかしかった。
「まったくあいつは!」
走りながら思わず悪態をつく。
盗賊団の団長であるアズラスの力は未知数であり、ヨミトが簡単に負けるとは思わないが万が一ということもある。しかも黒煙病のモンスターを放ったとされる邪神教の司祭もまだ現れていない。
しばらくして森の入り口まで辿り着いたフリードの視界に二人の人間が映る。それは激しい戦いを繰り広げるヨミトとアズラスであった。
魔法による遠距離攻撃を得意とするヨミトは小型ナイフを振り回すアズラスに防戦一方だ。苦しそうな表情で必死に攻撃を躱している。
「オラオラ! 逃げてばっかりか!」
「くっ……ファイアーボール!」
鋭い攻撃を間一髪で避けたヨミトは大きく後ろに飛び、掲げた右手の先から火球が勢いよく放たれる。しかし難なくそれを避けたアズラスは獰猛な笑みを浮かべる。
そのままヨミトに迫ろうとしたアズラスだったが突如大剣を抜いたフリードが間に入ったのを見て忌々しそうに口を開く。
「邪魔をするな、傭兵」
「旅人だ」
ナイフの切っ先をこちらに向けるアズラスをフリードは油断なく見つめる。
先ほど戦っていた盗賊達と比べると体格はがっしりしており、いくつも修羅場を潜っているような顔つきだ。しかしヨミトを圧倒するほどの強さなのだろうか。
「苦戦するなんてらしくないな。お得意の念動力であんな奴吹っ飛ばせばいいだろ」
「さっきから試しているよ。でも効かないんだ」
アズラスから目を逸らさずに告げたフリードは予想外の返答にヨミトの方を見てしまう。
二人の会話が聞こえていたアズラスはニヤリと笑うと首からぶら下げていたペンダントを手に取った。
「他者の魔力を遮断する『孤独者のペンダント』だ。お前の特異魔法は魔力を相手に流し込んで発動するらしいがこれさえあれば怖くない」
中心に赤い宝石が埋め込まれたペンダントは怪しい光を放っている。あれのせいで念動力が効かないのだ。
その言葉にヨミトは悔しそうに顔を歪ませた。まさに念動力を防ぐのに特化した道具である。
ヨミトが珍しく防戦一方な理由にフリードは今更ながら納得した。
「どうして村を襲う? なぜ邪神教に加担する?」
「そんなことを知ってどうする? だがまぁ……どうせ死ぬんだ。教えてやらんこともない」
続け様に質問をするフリードをアズラスは鼻で笑う。そしてフリードから視線を外すと今度は憎々しげにヨミトを指差した。
「すべてはそこの魔法使いを誘い出すためだ。五年前、親父と仲間を殺した奴に復讐するのが目的だったが、肝心の金髪の悪魔は死んだらしいじゃねぇか。だから息子を殺して仲間の無念を晴らすしかないのさ」
「殺してやりたいのはこっちも同じだ! お望みなら今すぐにでも……離せ!」
血走った目でアズラスに飛びかかろうとするのでフリードが羽交い締めにするとヨミトがこちらを睨みつけてくる。いつもの冷静さはまるで無い。
暴れるヨミトに哀れな視線を向けたアズラスはナイフを仕舞うと背中を向けた。
「この場で殺してやろうと思ったが、その男もいるなら面倒だ。この場は引くとしよう」
「今戦え! 逃げる気か!」
「勘違いするな、こっちが見逃してやるんだよ。それに確認したいこともあるからな……森の空き地で待っている」
ヨミトの静止を無視してアズラスは森の中へと消えて行った。
その場には追いかけようと暴れるヨミトを必死で抑え込もうとするフリードだけが残される。
「離せ! 今すぐ追いかけないと……」
「焦ってもお前の母親は帰ってこないぞ」
「そんなこと君に言われなくても分かる! 僕は母さんの仇を取るために生きてきたんだ! 死ぬ覚悟なんてとっくにできている!」
母親のためなら死ねる。
自分の命を粗末にした発言にフリードの中の何かが外れた。その結果、簡潔な罵倒がフリードの口から飛び出る。
「お前、馬鹿だろ」
真っ直ぐな台詞。
言葉の意味が一瞬理解できずにヨミトは固まるが、理解すると一瞬で頭が沸騰してヨミトも言ってはならないことを言ってしまう。
「君に何が分かる! 愛情を知っているからこそ失う悲しみも分かるんだ! 両親の顔も覚えていない君には分かるわけ……」
怒鳴るヨミトは流石に失言だったと気づいたのかそこでハッと口を噤む。
しかしフリードは真剣な表情のまま何も言わない。
やがてヨミトが力を抜いたのでフリードも拘束を解く。
「大切な人のために必死になるのが馬鹿なんだったら、僕は馬鹿でもいいよ」
「……」
フリードは相変わらず何も答えないため二人の間に沈黙が訪れる。
一瞬微妙な空気が生まれるが、ヨミトが冷静になったのを確認したフリードは今の会話など無かったかのように話を再開した。
「お前の念動力が効かない以上、一人で突っ込むのは危険だ。それに邪神教の司祭もまだ出てきていない。一緒に行くべきだ」
「分かったよ」
渋々告げたヨミトから目を離すとフリードは前方を見た。森は二人を誘い込むかのように不気味な雰囲気を放っている。
最後に一瞬視線を交錯させた二人は互いに頷くと森の中へと足を踏み入れた。




