24
再び商店街にやってきたフリードを待ち受けていたのは大勢の客が生み出す熱気であった。
前回のような揉め事は無さそうで、騒がしいながらも良い活気に満ち溢れているようだ。
人々を避けながら歩いていると次々と声がかかる。
「そこのあんた! うちの絶品肉料理を食べていかないかい? 安くしとくよ!」
「さぁさぁ寄っておいで〜ボアラビットの丸焼きだよ。凄いのは見た目だけじゃないよ〜」
「あんちゃん、ゴブリンの肝はどうだい? 見た目はアレだが美味いし精がつくぞ!」
「自慢の穀物炒めが焼き上がったばかりだよ〜」
なんだか変わった食べ物も混じっているがどれも旨そうに見える。
目移りしていたフリードは結局一番気になった穀物炒めの店に寄ってみることにした。
「お、兄ちゃん見る目あるね! いくつ買う?」
「とりあえず一人分くれ」
代金を支払って受け取ったフリードはさっそく料理を口に運ぶ。
小さく切った肉と白い穀物を卵と一緒に炒めて、最後に塩と胡椒をまぶした簡単な料理だ。
一口食べて早速気に入ったフリードは次々と口に運びあっという間に平らげてしまう。
「良い腕をしているな」
「がっはっは。そうだろう?」
「フリード! うちにも寄って行かないかい?」
褒められて上機嫌な店主と世間話をしていると遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
声がした方を見てみるとセーラであった。前回フリードがリンゴを気に入ったことを覚えていたらしい。
笑顔で手を振るセーラに目の前の店主が何故か羨ましそうな表情を向けてくる。
「なんだい兄ちゃん、セーラちゃんと仲良しなのかい? かぁ〜羨ましいねぇ」
「一度話しただけだ」
嫉妬が混じった店主の視線を無視してセーラの店の前まで移動する。
なんとそこには見覚えのある老人も立っていた。それは宿で出会った商人のアルトであった。
子供から杖を取り返してあげたことで妙な縁が出来たが、どうやらセーラの店でしか果物を買わない話は本当らしい。
「まだここより美味しい果物屋は見つかっていないようだな」
「ええ、ここは村で一番のお店ですよ」
フリードの言葉を聞いたアルトは優しい笑みを浮かべる。
二人の会話を聞いたセーラは満更でもない顔だ。
「相変わらず嬉しいことを言ってくれるじゃないか。お世辞じゃないだろうね?」
「はっはっは、嘘がつけない性格でしてね。商談でもつい本音を言ってしまうのが悩みです」
親しげに話す二人。どうやら短い付き合いというわけでは無さそうだ。
前回食べたリンゴをセーラが勧めてきたので二つ返事で頷いたフリードは今回も三つ購入してさっそく齧り付く。苦味の一切無いまろやかな甘さが口いっぱいに広がった。
リンゴに夢中になっているとセーラとアルトが会話を始めていた。
「商談が纏まったので今夜村を出発することにしました。しばらくは来ないので多めに買わせてもらいますね」
「あら、そうなのかい?」
「今回村で仕入れたものを捌いたらしばらく休暇に入ろうと思いまして……最近世の中も物騒ですから休める時に休んでおこうかと」
アルトの要望通り大量の果物を袋に詰めながらセーラは少し残念そうに答えた。
リンゴを食べ終えたフリードは調査の一環で村の事情に詳しそうな二人にいくつか聞いてみることにする。
「ところで、最近なにか気になることは無かったか?」
曖昧な問いかけに『何よその質問』と笑ったセーラは少し考えてから返事をした。
「店に迷惑をかけてヨミト君に退治される奴はたまにいるけど、それくらいじゃないかしら」
「でも昨日までは狩人の方々が慌ただしかったですね。もう落ち着いたようですが」
「え、それは知らなかったわ」
毎日商店街にいるセーラは例の誘拐事件を知らない。そもそも狩人以外には秘匿されている情報のため、少なからず情報を掴んでいるアルトが凄いのだ。
一方のフリードは誘拐事件を詳細に知っている、というより深く関わっていたが知らないフリをして別の質問をしてみた。
「村人同士の揉め事はあるか? 例えばガラの悪い狩人に大量の苦情が来ている、とか」
「はは、パイロさんのこと?確かに評判は良くないけど表立って抗議する人は滅多にいないわよ。あの人も昔は良い人だったんだけどねぇ……五年前の事件から変わっちゃって」
「盗賊が攻めてきた時ですよね。確かに以前と比べると余裕が無くなった気がします。あとは狩長の地位をジルさんに奪われたのが理由で対立していると聞いたことがあります」
どうやらパイロの評判の悪さは村人の間でも有名なようだ。
最初に出会ったのがパイロ達だったため狩人のイメージは当初かなり悪かった。しかしジルや熱心に鍛錬に励む他の狩人達と知り合った今、パイロが例外なのだとフリードは思っていた。
「じゃあ問題を起こすとすればパイロくらいか」
「そうだと思いますよ。あとは……目立つという意味では、やっぱりヨミト君ですかね」
意味が理解できなかったフリードは首を傾げる。強いから有名ということだろうか。
そういえば母親と一緒に村に移住してきたとヨミトは言っていた気がする。もしかすると余所者だから目立つという意味なのかもしれない。
真剣に考えるフリードにクスリと笑ったセーラが正解を教えてくれた。
「ヨミトさんはね……信者が多いのよ。それも熱狂的な女性の信者が」
「は?」
予想外の方向に話が進んだ。思わず呆れた反応をしてしまう。
しかしそんなフリードにセーラは人差し指を立てて忠告する。
「この村で長生きしたかったらヨミト君の悪口は言わない方がいいわよ。巷では『ヨミト様』って呼ばれていて、夜な夜な素晴らしさを布教する会合が開かれているとか……」
「巷ってどこだよ」
「それはあんた……酒場とか診療所よ」
思わずツッコミを入れるとセーラが一瞬言葉に詰まる。
あの外見なら好意を寄せられるのも珍しくないだろうが、村の内情を少しでも探るために考えを巡らせていたフリードは一気に体の力が抜ける。真剣に考えていたのが馬鹿みたいだ。
「ったく。ちょっとくらい悪口を言ったからって何をされ……」
その時、何者かの視線を感じたフリードは勢いよく振り返った。
突然会話を中断したことでセーラが訝しげな表情を向けてくるが無視する。たった今、誰かに監視されていた気がしたのだ。
視線を感じた方向を注意深く眺めるが目に入ってくるのは忙しそうに働く商人と熱心に商品を眺める客だけだ。
人混みを睨んでいると目が合った者は怯えたように目を逸らす。気のせいだったのだろうか。
「どうかした?」
「いや、なんでも無い」
「そう? じゃあそろそろ私は仕事に戻ろうかな。二人とも、またね!」
そう告げたセーラは早速別の客と話し始め、フリードもそろそろ出発することにした。
今感じた視線は一体なんだったのか。気になるがこの人混みだ、特定は難しいだろう。
腹ごしらえも出来たしそろそろ探索に行った方が良いかもしれない。これ以上村にいると探索の途中で夜になってしまう。
そんなことを考えているとアルトが後ろから声をかけてきた。
「フリードさん、よければ少しお散歩でもしませんか?」
穏やかな口調だがよく見ると目は真剣そのものであった。
調査に行くので断るつもりだったが、その視線から何かを感じ取ったフリードは首を縦に振るとアルトと一緒に商店街の奥へと進んで行った。
フリート達がいなくなった直後、一人の人間が商店街の物陰から姿を現す。
そいつは背中に剣と弓を背負っており、村に住む者であれば狩人だとすぐに分かっただろう。
二人が消えた方を睨んでいた人間はしばらくすると踵を返してその場から立ち去って行った。